第17話

 土下座したまましばらく時間が過ぎた。


「キョン君、顔をあげて」


 恐る恐る顔をあげると、みくるさんはもう怒ってはいなかった。けれど、笑ってもいなかった。とてもまじめな顔をしていた。


「キョン君。あなたは冗談でも、軽い気持ちでキスをしたり、させようとするのは絶対にやめて。約束して欲しいの」


 真剣な顔でそんなことを言い、片手の小指を立てて差し出した。俺も黙って小指を差し出し、指切りげんまんをする。真剣なみくるさんには悪いのだが、なんだか妙に気恥ずかしい気持ちだ。指が離れた後も、みくるさんは不安そうな表情のままだった。うぅむ、さすがにちょっと調子に乗りすぎたか。ここはしっかりと未来人のためになるように指示書をこなして汚名を挽回しよう。…名誉返上だったかな。


「次に行きましょう」


 みくるさんは胸元から取り出した紙を差し出した。たしか残りの二つは締め切りが同時だったような。


「次と言っても、これが最後ね。『涼宮ハルヒが自発的に団を作るように仕向ける』、『文芸部室で涼宮ハルヒとともに長門有希と対面する』。私がキョン君と出会った日までに、この二つを達成してもらいます。その過程で涼宮さんとちゃんと仲良くなってね。むしろこれさえ達成してくれれば、他の二つは簡単だと思うわ」


 だからもう仲良しだってば。まあみくるさんは教室の様子を知らないから仕方がない。奴に…えぇと、涼宮だったか、その涼宮に話しかけているのは俺をのぞけば朝倉委員長ぐらいのものだ。そして朝倉委員長と違い、俺は数回に一度は返事があるのでクラス内ではトップクラスの好感度なのだ。考えると、さっき朝倉委員長に涼宮が返事をしたのって、初めてだった気がする。朝倉委員長もまぁ根気強いよな、俺ほどじゃないけど。


「じゃあこれから俺がみくるさんと出会った、元の時間にもどるんすね?」


「いいえ。あの時に戻ってももう間に合わせることはできません」


 言われてみればそりゃそうだ。俺がみくるさんと会った放課後に涼宮が団を作り、そこでお助けキャラという長門さんに出会うはずなのだから。じゃあ俺がこのままこの時間の俺と入れ替わるのか。


「それも違います。だって、キョン君は未来から来た自分に交代するように頼まれていないでしょう?なので、キョン君は過去のキョン君に見られてしまっても駄目です」


 なるほど、いわれてみればその通りで…いや、ちょっと待ってくださいよ。未来人の理屈ではそうなのかもしれませんが、現実問題としてちょっとそれ無理じゃないですか?過去の俺が普通に学校生活をしているのに、どうやって過去を変えるんですか。俺が尋ねると、みくるさんは何を思ったのかぐっと拳を握ってみせた。


「頑張りましょうね!」


 根性論だった。嘘だろ…?

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