第66話 血染めのドレス

やばい。


腹の底が冷えるような感覚があって、逃げなきゃと生存本能による警鐘は鳴るのに、足は動かない。

なんでレギーナがこんなに切羽詰まった。雇われの刺客が来ると思ってた。


手元の剣に重い感触が伝わってきて、ぞわりと背筋が泡立つ。


ナイフと剣なら、いくら子どもが持っているとはいっても剣の方がリーチが長い。

ただ私が持っていただけの剣にレギーナが突っ込んできた。衝撃と重さに耐えきれず私は剣を手放すが、すぐさまエリアスに奥様が斬り伏せられた。



「ぁ……あ、……え、セ…リャ、……トル」



レギーナの豊かな艶のある金髪に血が染み込んでいく。


なぜ、なぜ。


この人はこういう無茶をする類の人ではなかった。私の帰還をガッカリしてみせただけで、家での嫌がらせも大したことはしてこなかった。

あちこちに依頼をするだけで、実際に手を出すことはなかった。


それなのに、なぜ、この人は衆目の中、私を襲った。



「フローラさま!お怪我はありませんか!?」



この人が無理をしなければいけない状況?



「まさか、セーリャとヴィクトル?」



セーリャとヴィクトルは式典の前に駄々をこねていたからと、貴賓席に奥様が連れてきている侍女と共に残っているはずだ。

作中のスチルや会話に出てこないとはいえ、設定で出てくるのだから2人は死なないと思い込んでいた。


走り出した私の後を追ってきたのは軽い子どもの足音、期待を裏切らない素敵な私の騎士レオンだ。


私を制止するようなエリアスの声も聞こえたが、レギーナが飛びかかってきた直後に何名か観客席からこちらに飛び降りてきていた。

恐らくそちらの対応に追われているだろう。



「アドニス!フローラ様が妹弟を心配されている、貴賓席まで先導して欲しい!」



レオンの呼び声で通路配置されていた警備の騎士が駆け寄ってきて、何も聞かず私たちの前を走ってくれる。


あぁ、この人、面談会の中で話したうちの一人だ。



「危険があるかもしれません、絶対に私より前に出ないでください」



会場からは明らかに騒然とした様子が伝わってくる。だが、恐らくメイン会場の方では、もう決着はついている。


今回、オスカーに任せ過ぎた。


特に妹は私の替玉婚約変更として必要だったのに。それに弟がいなければ、このラングレー家から出れず、この国境を預かる侯爵領を私が継がなければいけなくなる。



「ちっ!こんなに早く!」

「観念しろ!!」



アントンが貴賓席の扉を開け放つと侍女が飛びかかってきた。

取り抑えようと格闘する隙間を抜けて、セーリャとヴィクトルがいたはずの場所に向かうと血溜まりに沈む幼子がいた。2人の手をとるが、既に脈がない。


私の呼吸がやけに速い、2人の血塗れの手を見つめる。私の手より更に小さいふくふくとした護られるべき幼子の手に力はない。


貴賓席から階下の会場を見渡して、床に座り込む。真っ白なワンピースが床を這って赤く染っていく。


あぁ、悔しい。悔し過ぎる。


身体の中から力を流して放出していく。魔力を加減なしに周囲に放てば、吐息が真っ白に凍りつく。



「どうして!!」



泣き声と叫び声が混ざったような、貴婦人らしさや色気が皆無な叫び声を腹の底から出す。

私が悲しんで驚いている様子を見てもらわないことにはね、せめてラングレー騎士に悪印象を持たれたら困る。


私よりも泣きそうなレオンが、私に向けて見覚えのある魔道具に力を込めているのを横目にしたところで、私の意識はブラックアウトした。

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