サブクエスト12 その名に込めた想い

 


 黒田鉄二は厨二病である。


 だが彼が厨二病を発症したのは、単にサブカルチャーにのめり込んだからだけではなかった。








 幼少期から重度のラノベオタクだった彼は、毎日のようにライトノベルを読み耽り、サブカルチャーにのめり込む生活を送っていた。



 類稀なる想像力を持った彼はライトノベルを読むだけに留まらず、自らの手で絵と小説を書くに至った。



 どちらも大した出来ではなかったが、それでも黒田は夢中になって自らの世界を作り上げた。

 彼は作品をSNSや専用サイトにもアップロードし、評価に一喜一憂したり、自らの好きな作品について遠い世界の同志と語り合ったりしていた。







 このように、電子の海の中では活発であった反面、実生活では浮かない日々を送っていた。



 話すことは苦手ではないものの、他人との距離感が掴めずにいた彼は、うっかり相手の地雷を踏んだり、自分の好きなことばかりを話して相手を呆れさせることが多かった。

 それ故に、友達もいなかった。









 中学校に入ってから、彼はいじめの標的になった。

 そのきっかけは、誰も覚えていないほどに些細なことであった。





 同期でも有数の問題児である大和田に目を付けられ、罵詈雑言、カツアゲや暴力などの対象にされた。








 それ以降、彼は現実から逃げるようにしてますますサブカルチャーにのめり込むようになった。

 ライトノベルに留まらず、アニメやゲームにも手を出すようになった。







 それと同時に、「こんなはずではなかった」という思いを心の奥深くに募らせていった。


 本当は友達を作って、趣味について語り合いたかった、と思うようになった。








 そしてその思いは様々な感情と混ざり合い、宵闇の魔剣士アイゼンブルート・シュヴァルツという存在を形作った。




 今の自分は仮初の存在であり、隠された特別な力があると思い込むようになった。








 時を経て、それは現実となった。









 空想の中の存在でしかなかったアイゼンブルート・シュヴァルツは、自らを示す存在として確かにここにあるのだ。



 だがそれは、目の前の現実から逃げる手段の消滅と同義でもあった。























 仲間を探しに酒場を出たシンヤと、それに同行したタンデを見送った黒田ことアイゼンは、近くにあった席に腰掛ける。




「そういえば……リズさんの用事について聞いていなかったな」

「元々リズ様は転移の罠を踏んで、組んでいたパーティと離れ離れになっていたそうデス。組んでいたパーティが拠点にしていたのがこの町ということで、ここまで同行してきたのデス」

「……ということは、この町でリズさんとお別れ……」



 唐突に告げられた事実に、アイゼンはショックを受ける。




「ところでアイゼン様」

「何だ……」

「宵闇の魔剣士、不屈の勇者、太陽の戦士……これらの称号は、どのようにして決まったのデス?」

「フッ……それはだな、運命の導きが示す啓示により編み出されるのだ」




 アイゼンは少し身構えつつ、ピスの言葉を待つ。

 この後に返ってくる言葉は、大抵痛々しいの一言であったからだ。










 が、彼は違った。




「ボ、ボクもそのようなカッコイイ称号が欲しいのデス!」






 まるで好きなものを目にした子供のように目を輝かせて身を乗り出すピスにアイゼンは一瞬呆気に取られるも、次の瞬間に満足気な顔で頷く。





「いいだろう……必ずや良い啓示を受け取ってみせよう」





 アイゼンはそう言って頭をひねる。






 啓示とは言うが、結局のところは自分で考えて付けた二つ名である。


 頼まれなくても付けたことは何度もあったが、頼まれてつけるのは松山以来の出来事であった。




 頼まれたからには良い名を付けねば、と思考を張り巡らすうち、黒田の脳内に閃きが訪れる。




「来た! ピスよ、お前の称号は千変万化の吟遊詩人だ!!」

「千変万化の吟遊詩人……おおお!! とってもかっこいいのデス! 感謝感激なのデス!!」





 子供のように喜びはしゃぐピスを見て、黒田はかつての友、松山の姿を思い出す。






「アイゼン様? どうかされたのデスか?」

「いや、かつての友人を思い出してな」

「リュウノスケ様のことデスか?」

「ああ。あいつに二つ名を与えた時も、そんな風に大喜びしてくれてな……ふと、懐かしくなったのだ」

「お待たせ〜。あれ、お取り込み中だった?」




 会話の最中、リズが戻ってくる。




「いえ。ところで、首尾はいかがでした?」

「皆と会えたよ。1人おかしなことになってたけど……」

「え……それ大丈夫なんですか?」

「うーん……さっき相談してたけど治し方分かんないし、武器の攻撃担当がいないから遺跡に潜るのも難しいし……まあそんな感じで今動けないから、もう少しこっちにいることにするよ。こっちもこっちで一波乱ありそうだし」

「そ、そうですか……」

「さーてと、これからどうしよっか? シンヤは今仲間探しだからまだ戻ってこないだろうし……散歩する?」

「さ……散歩!」





 実質的にデートなのでは? という思考が頭をよぎり、アイゼンは気持ちの昂りを感じ始める。

 ピスもいるからそうではないと必死にクールダウンさせようとするも、その興奮は一向に収まらなかった。





「い、いいですね! 折角ですし、町の案内をお願いいたします」

「はいはーい。じゃ、行こっか」

「ワクワクするのデス!」





 アイゼンはピスの存在を理性を繋ぐ最後の砦と勝手に位置付け、可能な限り平常心を保ちつつ冒険者ギルドを出る。









 だが、アイゼンの平常心は、彼の予想と違う形で崩されるのであった。







「どこにしよっかなー。あの店行ったら入れ違いになりそうな気がするし……」




 周囲を見回すリズに合わせてアイゼンも周囲を見回すが、彼の視線はある一点で止まる。



「……!」



 そこにあったのは、かつて散々自身を苦しめた男、大和田の姿。







 大和田はアイゼンの存在にまだ気付いていないが、アイゼンは蛇に睨まれた蛙のごとくその場に立ち尽くしていた。





「おっ、厨二病のオタク君じゃーん。今さぁ、金に困ってんだよなー。だから金貸してくれよ。いいだろ、なぁ?」



 大和田はアイゼンに気付き、嘲笑と脅迫を含んだ声でアイゼンに迫る。



「ぁ…………ぁ………………」




 アイゼンは目を見開き、声にならない声をあげる。

 背負った魔剣クロノスの柄に手をかけるが、腕が震えて剣を抜けずにいた。





 アイゼンの脳裏に、かつて受けたいじめの光景が次々と巡ってくる。









 アイゼンは恐怖のあまり過呼吸になりながら、思わず1歩後ずさった。






 逃げよう。でもどこへ?




 なら戦おう。でもどうやって?




 だったら助けを呼ぼう。でも誰を?








 勝てるか? 自分と同じく力を手にした、かつての恐怖の象徴に。






 逃げられるか? 運動神経で完敗の相手に、せいぜい数十メートルのこの距離から。







 来るか? 恥も外聞も捨てて、助けを呼んだとして、駆けつけてくれるお人好しが。






「何だ? やろうってのか? やめとけよ厨二オタク。痛い思いしたくねぇだろ? ほら、早く出すもん出せよ。なんならそっちの女でもいいぜぇ?」





 大和田の挑発も耳に入らず、アイゼンは必死に思考を巡らせた。






 作戦、アイデア、逃走経路。

 あらゆる考えが浮かんでは消えていく。





 その間にも、1歩、また1歩と大和田は迫る。









 大和田とアイゼンの身長にはおよそ20cmの開きがある。

 だがアイゼンの目には、大和田は本来の身長以上に大きく、そして恐ろしく映っていた。







 アイゼンがさらに1歩後ずさった拍子に何かに肩がぶつかり、その方向を向く。


 そこには、リズの姿があった。









「アイゼン、どうしたの? あいつ知り合い?」







 アイゼン。







 自ら決め、何度も自身で口にした名前。

 しかし、この世界に来るまで殆ど呼ばれることのなかった名前。








 リズの呼びかけで、アイゼンは今一度思い出す。




 今の自分は黒田鉄二ではなく、アイゼンブルート・シュヴァルツであることを。



 隠されていたかどうかはともかく、特別な力を確かに持っていることを。












「リズ様、アイゼン様、ヤツはかつてシンヤ様を襲った偽物の勇者オーワダデス! ボク達だけでは太刀打ちするのは厳しいのデス!」

「アイゼン! 大丈夫!? このままじゃやられちゃうよ! ピスさん、とりあえずシンヤとタンデと呼んで!」

「がってんデス!」





 そうだ。









 ここで動かなければ、自分だけでなく、ピスもリズも大変な目に遭う。




 アイゼンブルート・シュヴァルツはそれを許す性格に設定したか?



 それでなくても、自分の理想を詰め込んだような美少女……もとい美少年の前で敵前逃亡なんて惨めな姿を晒せるか?










 答えは、否だ。











 アイゼンは心の中でそう呟き、目を閉じて深呼吸をする。




「ほら、さっさと金出せよ」

「……断る」








 声は掠れ気味。







 身体の震えは止まらない。








 心臓は破裂しそうなほどのスピードで脈打つ。







 押し潰されそうな威圧感が全身にのしかかる。









 涙が出そうなほど怖い。
















 だが、それでもアイゼンは戦うことを選んだ。








「あ? 女が出来てイキってんのかぁ?」





 ニヤついた大和田の表情は歪み、彼はパキポキと指を鳴らす。






「アイゼンブルート・シュヴァルツに……逃走の2文字は……無い!」





 締め付けられたように動かない喉から必死で声を絞り出し、アイゼンは叫ぶ。






「ギャッハハハハハ!! まだ厨二ごっこやってんのかよお前!! それじゃぁ、現実見せてやるよォ!」

「魔剣解放!!」






 殴りかかってくる大和田に対し、アイゼンは咄嗟にクロノスの力で眼前に魔法陣を展開する。


 魔法陣を通過した大和田の動きがスローになったのを確認した後、リズと共に距離を取る。







「2人が来るまで、俺が時間を稼ぎます!」

「ぼくもやるよ。1人より2人ってね」

「あ、ありが……「前!」





 反応が遅れたアイゼンは背後の大和田の攻撃に対応できず、ワンツーパンチを受けて地面に転がる。




「魔剣解放!」



 アイゼンは仰向けのまま魔法陣を発動する。



 倒れたアイゼンを蹴り飛ばそうとした大和田の動きがスローになり、その間にアイゼンは起き上がって魔剣を振り下ろす。





 魔剣クロノスは大和田の服を、皮膚をバターのようにたやすく斬り裂き、鮮血を走らせる。




 舞い散る血飛沫。




 にわかに怒りを纏う大和田の顔。











 それは一瞬だった。




 しかし、アイゼンには、ゆったりとした長い瞬間に感じられた。





「フラッシュ・バブル!」






 アイゼンが何をしたかを知覚する前に、リズの詠唱が響く。



 直後、光を帯びたバレーボール程の大きさの泡が5発大和田の元へ飛び、爆発して強力な光を放つ。




 アイゼンはバックステップで距離を取り、魔剣に手をかざして黒い稲妻を宿らせる。






「調子乗ってんじゃねえぇぇ!!」





 光の中から飛び出した大和田はアイゼンに殴りかかり、アイゼンも魔剣を構えて応戦する。






 遠目から見れば互いが同時に繰り出したように見えたその攻撃は、当人達からすれば劇的な差を持っていた。




 学生生活において喧嘩慣れしており、対人戦に関しては曲がりなりにも経験があった大和田と、学生時代は典型的な運動オンチであり、戦い慣れしていなかったアイゼンとの差は、そう易々と埋まるものではなかったのだ。




「ぐあっ……!」




 反射神経で劣ったアイゼンは攻撃が間に合わず、上段に構えていたためにガラ空きになった腹にボディーブローを受ける。




「調子こいてんじゃねぇぞ! オラッ! オラッ! オラッ!!」



 そこから何度も何度も連続で攻撃を叩き込み、アイゼンの腕を掴んでリズの方へ投げ飛ばす。





 アイゼンはリズを巻き添えにして近くにあった木箱へと叩きつけられた。







「くっ……」

「う……ぐ……」



 かつての記憶が蘇るアイゼンを、背中のリズの声が現実に引き戻す。




「リ、リズさん!?」

「動……いちゃ……だめ……」

「……? は、はい……」




 リズの言葉に首を傾げつつも、アイゼンは気持ち程度身体を浮かせる。


「アイゼン……」

「……はい」


 リズはアイゼンにしか聞こえないように小声である事を話し、アイゼンは了承する。



 そんな彼らの前に迫るのは、大和田。






「女に良いとこでも見せたかったかぁ? ざぁんねぇん! お前みたいな陰キャはそうやって惨めな目に遭う決まりなんだよ!」



 大和田の罵りを聞き流し、アイゼンは背後のリズの挙動に全神経を集中する。



 リズはというと、大和田の意識がアイゼンに向いている間に詠唱を行い、不意打ちを狙っていた。


 その旨をアイゼンに伝え、自身は大和田の魔力から位置を割り出し、小声で詠唱しつつゆっくりと自身が持つ杖の先へと魔力を集めていく。






「何シカトしてんだてめぇ? 現実世界じゃなんにもできなかったくせに、こっちじゃあ随分と生意気な態度取るじゃねぇか」




 そう言って大和田がアイゼンの服の襟を掴もうとした瞬間、




「スライム・ショット!」




 リズは重力に任せていた右腕を構え、アイゼンの背後から水の塊を射出する。




「ぐおっ!?」



 スライムのように粘度の高い水の塊は大和田の顔面にへばりつき、呼吸を封じられた大和田は必死にもがく。





「はぁっ!」





 無防備な姿を晒した瞬間を見逃さず、アイゼンは魔剣を横薙ぎに振るう。




 黒き雷鳴を纏った魔剣の一閃は大和田の腹部を斬り裂き、真一文字の傷を作る。





「てめぇ……!」




 仮面を引き剥がすようにして水の塊を取り去った大和田は、鬼のような形相でアイゼンの方を向く。






「……!?」




 そのアイゼンが切り裂いた腹部に緑色の光が集まり、傷が塞がっていく。


 その進みは亀のように遅いが、それでも着実に傷は癒えていた。




「り、リジェネ持ち……!?」

「どうやら本気で死にたいらしいな……お前ごときに使うのはちょいと勿体無いが、そんなに死にたきゃその望み叶えてやるよ!」




 その言葉と共に赤黒いオーラが大和田を包み込み、やがて炎を纏ったような姿へと変化する。



阿修羅猛悪怒あしゅらもおど……!」





 猛烈な殺気を目の当たりにし、アイゼンとリズが思わず後ずさりした次の瞬間。







「おらぁ!」






 見知った声と姿が、弾丸のように飛んできた。




「ビリビリ来るが……あの女ほどじゃねぇ」



 猛烈な勢いを利用して大和田を蹴りつけ、その勢いのまま宙返りして2人の前に降り立ったのは、タンデ。





「タンデ!」

「シンヤはどうした!?」

「すぐ来る!」





 突然の奇襲に思わず振り向いた大和田を待ち受けていたのは、タンデと同じく高速で飛んでくるシンヤの姿。






「鎧化・ホムラカズチ!」







 その声と同時にシンヤは赤い霧に包まれる。






「何だ!?」



 大和田の視界が霧に覆われた直後、彼は列車に追突されたような衝撃を受け、大きく吹っ飛ばされる。








 大和田が吹っ飛ばされたすぐ後に霧は晴れ、中からホムラカズチを送還したシンヤが現れる。










「待たせて悪かったな、2人とも」

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