クエスト8-2 未だ見えぬ影

 


「お客さん、随分急いでましたね。緊急の依頼でも受けたんですかい?」

「いえ、はぐれた仲間がモリオンにいるかもしれないのです」

「それは大変なことですな。少し、速度を上げましょうか」

「無理のない範囲で、お願いします」







 ………………





 ……………………







 モリオン。



 町の規模的にはやや小さめだが、近くにダンジョンがあるせいか、町内は冒険者で溢れており、活気もある場所だ。

 冒険者ギルドの建物も、小ぢんまりした周辺の建物に対してかなり大きく、この町における冒険者の数の多さを物語っている。


 他に特徴を挙げるなら……市民区画と冒険者(商業)区画、貴族区画で分かれていること、中央の広場に領主の銅像が立っていること、領主の館がやけに大きいこと……だろうか。




 にしても、この町のレイアウト、なーんか嫌な予感がするんだよな。この不釣り合いに大きい領主の館とか、貴族区画だけ壁で明確に区切られてたりとか。

 こう、悪徳貴族というか……





「さて、まずは冒険者ギルドだな。情報収集にしろギルドカードにしろ、あそこに行かなくては始まらない」

「初手冒険者ギルドはファンタジー小説の基本だからな」

「主人公補正は無いと思った方がいいぞ」



 そんな感じのやりとりをしつつ冒険者ギルドへと入る。



 石造りの床と木製の壁、漂う酒と料理の匂い、耳を澄まさなくても聞こえてくる冒険者達の喧騒……俺にとってはすっかり見慣れた光景だ。



 が……





「こ、これが……冒険者ギルド……すげぇ……マジもんだ…………」





 アイゼンにとっては二次元でしか見れない景色が今ここにあるためか、感激しているのが見て取れる。

 俺自身も最初はそうだったしな。分かるぞその気持ち。




「リズさん、確か大事な用事があるのでしょう? 私めに構わず、先に済ませてしまってください。盟友よ、お前もだ」

「申し出はありがたいが……お前大丈夫なのか?」

「そこはボクにお任せデス! ギルドカード作成の手法はサンドラールでバッチリ学んだのデス!」

「分かった。酒場からは出ないから、何かあったら呼んでくれ」

「がってんデス!」




 アイゼン達と1度別れ、リズと共に酒場内を捜索する。



「リズの仲間の冒険者の外見的特徴ってどうだった?」

「えっと……赤くて長い髪の水着みたいな鎧の戦士、男っぽい格好の橙色の髪の女騎士、紫髪にオネエさんな僧侶だよ。そっちは金髪の身長のおっきい女騎士……だっけ」

「ああ」



 えー、赤髪のビキニアーマー、男装の麗人女騎士、オネエ系僧侶……と。しかし聞いただけでも個性の強いメンバーだな……。こちらも探そう。




「フィン! いたら返事してくれ!」

「ルージュさーん! ネリネさーん! イフェーヌさーん! どこー!?」



 これまで色々な人と出会ってきたが、フィンと同等以上の背丈をした人間はグレン村以外では殆ど見ていない。


 それ故に見間違えたり見落としたりする可能性は低いが……




 いない。





 こっちにもいない。






 こっちにも……





「あっ、いた!」



 リズの声に振り返ると、とあるテーブルへ駆け寄るリズの姿が目に入る。

 視線をそのテーブルの方に男装の麗人な女騎士とオネエ系僧侶の姿があった。

 ネリネと呼ばれた女騎士の方はショートヘアで、イフェーヌと呼ばれたオネエ系僧侶の方はウェーブのかかった髪を1つ括りにしているが、そんなに長い髪ではない。

 また、両者とも俺やリズよりも年上のようだ。



「リズ! 生きていたのか!」

「あら〜ぁ! リズちゃん! また会えるなんて嬉しいわぁ〜! これもきっと神様の思し召しだわぁ〜!」

「無事でよかったよぉー! 心配かけてごめんー!」




 女騎士は驚愕の表情を浮かべ、僧侶は感極まった表情でリズとハグをする。




「しかし……ここまでよく戻ってこれたね。大変だったろう」

「まあね。でも、目的地が同じ冒険者の人とパーティを組んでもらえたから、こうして戻ってこれたんだ。紹介するね、この人はそのパーティのリーダーのシンヤ!」

「初めまして、シンヤ・ハギと申します。彼女には色々と助けてもらいました」



 あっ彼女って言っちゃったいや待てよリズのことだから彼って言った方がまずいのでは……もういいや今更だし



「これはどうも。私はネリネだ。こっちはイフェーヌ。リズをここまで無事に送り届けてくれたこと、感謝するよ」


 ネリネさんは軍服に似た服装を着ており、どことなくタカラジェンヌにも似た雰囲気を漂わせている。

 イフェーヌさんは教会の神官に似た格好だが、冒険者だけあって服装は動きやすいようにアレンジされている他、ある程度プレートメイルで身を固めている。



「それにしてもシンヤちゃん……アナタ中々イイ顔してるわねぇ……」



 ていうかさっきからイフェーヌさんがこっちを見てるんですけどこの流れすごいデジャヴっていうか嫌な予感がするっていうか



「こら、やめるんだイフェーヌ。ところで君はどうしてここに?」

「人を探しているんです。鎧を身に纏った、金髪の長い髪の、とても背の高い女性なのですが……」

「そんな感じの冒険者は確かにいたが……最近は姿を見ていないな」

「そういえば、この近くの防具屋によく出入りしていた気がするわね。行ってみたら、何か聞けるかもしれないわ」

「ありがとうございます」

「いいのよぉ、リズちゃんをここまで連れてきてくれたことに比べれば些細なことだわぁ」

「あれ? そういえばルージュさんは? 買い出し?」



 周囲を見回しながらリズが言う。


 確かに、リズが言っていたビキニアーマーの女戦士の姿は無い。

 ビキニアーマーとかまず見落とさないだろうに。




「ルージュは……あそこだ」




 何とも言えない目つきで、ある1点を指差すネリネさん。




「え゛っ」



 素っ頓狂な声を上げるリズ。


 そこにいたのは、女戦士……にはとても見えない、酒場の従業員と同じ服を纏った褐色肌に赤髪の長身女性。



「お待たせいたしました。こちら、クリムマンティスの素揚げですわ」



 顔の傷や服では誤魔化しきれない身体のシルエットから、それなりの戦闘経験を積んだ人物であることは分かるが、戦士というより元冒険者のメイドのような、お淑やかな女性であった。

 ていうかマンティスってカマキリ……カマキリの……素揚げ?




「え……? なにこれ? え? え?」



 リズが目を点にしつつ、ネリネさんと女戦士(?)を交互に視線に移す辺り、本来の性格とはかけ離れていることは間違いなさそうだ。




「君が転移の罠を踏んだ後、捜索のために何度かブルトニオ遺跡を探索したのだが、彼女は変化の罠を踏んでしまって……」

「……ああなったの?」

「そういうことだ」




 頭を抱えるネリネさん。

 ……変化の罠にかかって性格が変わった、ということか? 仮にそうだとして、なんでウエイトレスなんかやってるんだ?




「でもぉ、あれはあれでいいと思わなぁい?」

「いやー、ぼくの知ってるルージュさんと違いすぎて気持ち悪いっていうか……」

「……あら? リーズヴェルさん!? よくぞご無事で!」



 声に気付いた女戦士は、リズに駆け寄り、抱きしめる。




「もう! 心配しましたのよ! 転移の罠で飛ばされてからというもの、どれだけ必死に探したことか……! とにかく、無事で何よりですわ……本当に……本当に……」

「あ……ありが……とう?」




 女戦士は我が子と再会する母親のごとく涙を流して再会を喜ぶが、当のリズは困惑しきった顔をしている。

 こっちを見るな。俺にどうしろってんだ。





「そちらの方は?」

「この人はシンヤ。ぼくをここまで連れてきてくれたパーティのリーダーなんだ」

「そうだったのですか……ありがとうございます、シンヤ様。こうして無事に再会できたのは、貴方のおかげですわ」

「俺だけの成果ではないです。俺の仲間や、彼女自身の頑張りのおかげでもあります。元々、ここまで連れてきたのも利害の一致によるものですし」

「そうだとしても、こうして私達を引き合わせてくれたことには変わりありませんわ。申し遅れました、私はルージュ、リズとパーティを組んでいた、元冒険者です。今は戦う力を持たないので、こうしてここで働かせてもらっていますの」

「そうでしたか……ところで、鎧を着た金髪の長身の女性を知りませんか? この町にいると聞いたのですが……」


 リズの絶句した顔は見なかったことにして、彼女にもフィンについて尋ねる。


「見覚えはありますが……そういえば最近は姿を見ませんわね。双子の洞窟の民が営む武具屋に出入りしていた姿をよく見かけましたので、そちらに行けば何か分かるかもしれませんわ」



 双子の洞窟の民が営む武具屋……なるほど。




「ありがとうございます。リズ、俺は一旦アイゼン達と合流する。リズはどうする?」

「ぼくも後で合流するよ」

「分かった。先に行っているぞ」

「うん」

「それでは、俺はこれにて」



 ネリネさん達に一礼すると、俺はアイゼン達の方に戻る。




「何かあったらワタクシ達を頼ってもいいのよぉ〜!」




 イフェーヌさんのありがたい申し出を背に、俺はアイゼン達を探す。


 恐らく受付の方だから……おっ、いたいた。





「堪能できたか?」

「ステータスに目を通してくれなかった……」

「ドンマイ。で、そのステータスってのは如何程なんだ?」



 しょぼくれた顔のアイゼンから無言で渡されたギルドカードを受け取り、目を通す。





 名前:アイゼンブルート・シュヴァルツ  種族:不明

 属性:闇  レベル:1 職業:勇者

 体力:75  魔力:150

 筋力:50  敏捷:50

 創造:255 器用:100





 ……レベル1の割に異様にステータスが高いことはまあいい、むしろ思ったよりステータスが大人しい。


 勇者判定出てるし種族不明ってなんだ。地球人だからだとすれば俺は何で荒野の民で通ったんだ。




「フッ、どうだ? 俺のステータスは」

「滅茶苦茶高いけどレベルアップはギガトロス方式かもしれないから覚悟しとけよ」

「マジで?」



 ギガトロスいうのは、俺がハマってたRPGに登場する味方の巨人で、最大レベルが異様に低い代わりにレベルアップに必要な経験値がべらぼうに多い特徴を持つ。

 その代わり上昇率も凄まじく、低レベルでもそこそこ強いので、最終メンバー入りは果たせるくらいには強い。



 ネットでの評価は思いっきり割れてるが……まあそこはいいか。




「まあ仮にギガトロス方式だとしても十分やっていけるけど、低い数値はそこらの冒険者とさして変わらないから注意しろよ」

「世の中は世知辛いな……」

「努力するこったな」

「で、連れのこと何か分かったのか?」




 タンデが横から割り込んでくる。




「ああ。この町にいたことは間違いないようだが、最近は姿を見せないらしい。双子の洞窟の民が営む武具屋によく出入りしていたらしいから、俺はそこへ行ってみるつもりだ」

「リズさんはどうした?」

「もう少ししたら戻ってくるそうさ。事情は本人から聞く方が早いだろう。そういうわけで、今から自由行動とする」

「ようし、オレも行くぜ」



 酒場を出ようとすると、タンデがついてきた。




「お前フィンの顔知らないだろ? 来てどうするんだ?」

「ヒマだから」

「まあ、好きにしてくれ。邪魔はするなよ」

「分かってるって。ほら、行こうぜ」

「フッ、俺はここで待機するとしよう……」

「何かあったら、ボクが向かうのデス」

「分かった、頼む」




 アイゼンとピスに背を向け、酒場を出る。




「あ! おはぎじゃん! おーい! おはぎー! おはぎおはぎおはぎおはぎおはぎー!」




 相手にする価値無し。




「おいシンヤ、誰か知らねぇけど呼んでるっぽいぞ。いいのか?」

「俺は忙しいんだ。馬鹿の相手をする暇は無い」

「ていうかあいつおっぱいでかくね?」

「どうでもいい」

「あー! ごめんって萩ー! 冗談だから! 冗談だから無視しないでええええええええ!!」



 チッ、せっかく情報掴んだってのに邪魔しやがって!



「何だ小倉野オグラノ! 邪魔すんな!」

「怒んないでよ〜。それより聞いてよ萩ー、このゲームどこにも餡子置いてないんだけどありえなくなーい? 餡子無いと私死んじゃうよーどっかあるとこ知らなーい? ねえねえ、ねえねえねえねえねえ」

「知らん!!」





 俺は走って逃げた。

 くそっ、これ以上こいつに構ってられるか! 鬱陶しい!





「なあ、あいつ誰だ? 知り合いか?」

小倉野杏子オグラノキョウコ。ミーティアやアイゼンと同じ、俺と同じ世界から来た人間だ」

「だったらあいつ殺した方がいいんじゃねぇのか?」

「あのアホは放っておいても勝手に自滅する」

「ほーん」



 何故かタンデは俺の顔を覗き込む。




「何だよ」

「いやぁ、おめーもキレたりするんだなぁ、って」

「タンデ、お前は俺を一体何だと思ってるんだ?」

「お人好し?」

「俺にだって嫌いな奴くらいいるさ……」





 ……………………






 ………………


「ここか……」




 武具屋や道具屋の立ち並ぶ通りに出た俺達は、1軒の武器屋の前にいる。


 件の店はこの町ではヒゲモジャ親父の双子兄弟の店……ということで有名だったらしい。





 ……まではよかったのだが、店主が有名なだけで場所は誰も覚えていない、というまさかの事態が勃発したため、探すのに手間がかかった。





「なんか特徴も何もねー店だな。こりゃ誰も覚えてねーぜ」




 タンデの言葉通り、ものすごい没個性なデザインの店であった。

 なんか……こう……ただただ普通というか……







「おう、らっしゃい!」




 扉を開けて店に入ると、出迎えたのはツノの生えたバイキング的な緑色の帽子……いや兜? を被った、もう見たまんまドワーフって感じの髭面のおっさんな店主。

だが、その顔はどこか物憂げだ。






「御所望の防具は何かな? 小手から鎧まで、何でも揃ってるぜ」

「えー、実は人を探しておりまして……」

「人? それなら冒険者ギルドに依頼でも出せばいいと思うが……まあ、話くらいは聞いてやろう」

「探している人の特徴なのですが……」



 微妙な表情の店主であったが、フィンの特徴を説明すると、瞬く間に表情を変える。




「そいつ、この間まで家に居候していた嬢ちゃんじゃねぇか!」

「本当ですか!? 彼女は今どこに!?」

「それが……数ヶ月ほど前に、領主様の甥のソロル様に連れて行かれちまってな……」

「ソロル……?」



 待てよ、聞き覚えがあるぞ。

 確か……えーと……ワーテルじゃない、イヤーズポートも関係無い…………思い出したぞ、カルネリアでフィンの親父さんから聞いた要注意人物だ!

 厄介なのにぶち当たったかもしれないな……



「ともかく、再会したければ領主様にお願いするしか無いだろうなぁ……」

「そうですか……ありがとうございます」

「……なあ、あんた……もしかして勇者様か?」



勇者様?

あれ、俺勇者なんて名乗ったか?



「そうですが……どこでそれを?」

「フィンの嬢ちゃんから聞いたんだ。勇者様と旅をしてるってな……なああんた、フィンの嬢ちゃんを助けてやってくれないか? あの子はとても良い子だった。娘とも姉のように仲良くしてくれてな……だから頼む、助けてやってくれ!」


必死の形相で懇願する店主に対し、俺は答える。


「元よりそのつもりです。俺も、彼女に助けられました。今度は俺が助ける番です」

「シンヤ様!!」



 防具屋を去ろうとした時、人間態のピスが血相を変えて現れる。




「どうした!?」

「アイゼン様が……アイゼン様が例の偽物の勇者に襲われているのデス!」

「何だと!?」



 小倉野じゃない、相澤はここには来てないはず……じゃあ誰だ!?





 とにかく、急がなくては!


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