クエスト5-1 流されてチャナの村

 

「うみー!」

「きもち〜!」

「ねえねえゼッカ〜、あれなに〜?」

「わかんない! ゾッカー、いってみる?」

「いく〜!」




「「ひとー!」」


「びしょびしょー!」

「ぐったり〜!」

「ねえねえ、だいじょうぶ?」

「だいじょうぶ〜?」





「おきないよ」

「おきないね」

「どうしよう」

「どうする?」

「……」

「……」




「「おにーちゃーん!!」」







 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー









「!!」

「う、うわぁっ!?」




 ゆ、夢か……よかった……




 飛び起きると、そこは見覚えの無い民家の中だった。





「……」





 藁の上に布を敷いた簡素な寝床。


 広さはあるが天井は低い木造の家。




 遠くからは波の音が聴こえる。






 にしても我ながらすごい汗だ。あんな夢の後じゃ仕方ないのかもしれないが。




 ……あれは夢だ。何でもない、ただの悪夢。


 自分史上最悪の悪夢だったがな。





 自己の振り返りを終えて周囲を見渡してみると、ひっくり返った洞窟の民の少年を見つけた。




「あの……」

「すみません、お恥ずかしいところをお見せしました……えっと、具合はどうですか?随分うなされていたようですが……」



 少年は身体を起こし、座り直す。


 なんとなくカボチャを連想させる帽子に、オレンジ色のゴーグルを装着した、栗色の髪で癖っ毛の少年。



 言われてみて、少し身体を動かしてみる。





 意外にも、特に動かして痛むところはない。

 そして、俺の左腕にピスが腕輪となって装着されていない事に気付く。


 ピスが……いない……?



「今のところ大丈夫そうですね、ありがとうございます」

「いえいえ、僕は看病してただけですよ。見つけたのは、僕の妹達ですし、服とかは僕の母がやってくれましたし……今は出かけているので、後で紹介しますね……っと、申し遅れました。僕はズッカ・ロプカといいます。それから、敬語は使わなくて大丈夫ですよ、僕の方が年下でしょうし」

「分かった。シンヤ・ハギだ。よろしく」


 名乗られて、名乗り返す。

 日本と逆の呼び名にも慣れてしまった。


「年下って言ってもそんなに変わらないだろうし、俺に対しても普通に話してくれて構わない」

「そうなの? じゃあ、僕も普通に話すね」

「ああ」



 そうだ、皆は?



 トルカとフィンはここにいるのか?

 ピスは人間態か妖精態でこの付近にいないか?



「そうだ、水色の髪の小さい女の子と、金髪のすごく身長の高い女の人、それから黄緑の髪の男の人を見てないか?俺と一緒に旅をしていた人なんだが……」

「うーん……その人達は誰も見てないかな……もしかしたら、別の島に流れ着いたのかも……」

「黄緑の羽の生えた何かボールみたいな奴はいたか?」

「それも見てないね……」

「そうか……」



 ……薄々そんな予感がしていたが、やはりいないか……だとしたら探しに行く他無い。



 今までトルカやフィン、ピスに支えられてきたせいで1人だとかなり不安だが、そうも言ってられない。

 無事でいてくれ、皆……!




「僕も手伝うよ。何かあったら言ってね」

「ありがとう」



 ズッカの優しさを噛み締めていたところで、ここが見知らぬ土地である事を思い出す。



「そういえば、ここはどこなんだ?」

「ここは集の大陸、シュティリ島にあるチャナ村って言うところなんだ。すっごい田舎だけどね……案内しようか?」

「じゃあ、お願いするよ」


 立ち上がってみると、自分が見覚え‎の無い服を着ている事に気付いた。



「この服……」

「ああ、服? ずぶ濡れだったから、母さんが洗ってたよ。もう乾いてるし、持ってくるね。確か……あったあった」



 ズッカは別の部屋に行くと、綺麗に畳まれた俺の服を持って戻ってきた。



「はいこれ。あっちの部屋に鎧とか武器とか置いてあるけど、どうする?」

「じゃあ、着替えさせてもらうよ。ちょっと待っててくれ」

「分かった」




 ズッカから服を受け取り、言われた部屋で着替え、武装する。








「……嘘だろ」





 少し前まで平然と着れていたはずの鎖帷子とブレストアーマーは、ずっしりと重く、動きを阻害し、地面へと激突させようとする。




 筋力が落ちている。




 早めにこの村を出る予定だったが、無理だ。

 ただでさえ弱いのに、防具が付けられないんじゃ話にならない。





「シンヤ、どうしたの?」

「あ、いや……何でもない。行こうか」

「うん」



 鉢金を巻き、剣を背負って外に出る。

 ブレストアーマーと鎖帷子は一度置いておくことにした。







「おぉ……」




 扉を開ければ、視界に飛び込んでくるのは自然豊かでのどかな村の景色。

 右側を向くと、魔物除けの柵の向こうには水平線が見える。


 獣の大陸で見たどの町の建物とも違う、開放感のある民家は、どことなく沖縄のそれを連想させる。



 田舎ではあるが、この世界で俺が見てきた町はある程度栄えていた場所が多かったので、これはこれで新鮮だ。




「ここが僕の家。こっちは僕の家で耕している畑と田んぼ。あっちではコッコルとノッシドンの小屋だよ」



 彼の紹介した畑には何らかの作物が植えられ、田んぼでは植えて1ヶ月程と思われる稲の合間を合鴨らしき水鳥の子供がすいすいと泳いでいる。

 畜舎の方では、鶏のような鳥が草を啄んでおり、牛より一回り大きい、背びれが一体化した薄緑のステゴサウルスのような何かがのんびりと日向ぼっこをしている。



「……あのでかいのは?」

「あれがノッシドン。見た目は大きいけど、大人しくて人懐っこい魔物なんだ。田畑を耕したり、荷物の運搬の時に活躍するよ」

「魔物を飼ってるのか?」

「ノッシドンは一応魔物だけど、滅多に襲ったりしないから大丈夫だよ。魔物としてもそんなに強くないしね。まあ、そのせいで他の魔物にしょっちゅう食べられてるけど……」



 食物連鎖の底の方、ということか。




「じゃあ、次に行こうか」





 ……………………






 ………………






 数軒の家の先にあったのは、鍛冶屋。

 武器屋と防具屋も兼ねているその店は、ズッカの父親の仕事場らしい。


 彼の一家は代々店を構えていたようで、父親はこの店を、母親は道具屋を取り仕切っているらしい。

 ズッカの姉がここで修行中だそうだ。


 挨拶しようと中に入ろうとしたが、先に入ったズッカがすぐに出てきて首を振ったので、その場を後にする。


 何やらタイミングが悪かったらしい。









 続いて道具屋を紹介される。

 ズッカは普段ここで手伝いをしている、とのこと。



「いらっしゃ……あら、ズッカじゃない」

「この前の人が目を覚ましたから、村を案内していたんだ」

「シンヤ・ハギと申します。いろいろお世話になっていたようで……本当にありがとうございます」

「あらー! 1週間以上目を覚まさなかったから心配したけど 、無事だったのね! いいのよそんなこと気にしなくて! 困った時はお互い様でしょう? これからもウチに泊まっていっていいからね。あらやだ、自己紹介がまだだったわ。あたしはクレーテ、よろしく」


 栗色のロングヘアに水色の瞳をした洞窟の民の、なんというか肝っ玉母ちゃん、といった雰囲気を持つズッカの母親、クレーテさんはやや早口でそう言う。


「よろしいのですか? クレーテさん……」

「大丈夫よ! 元から5人‎の子供の面倒を見てたもの、1人増えたって大差無いわぁ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、僕はもうちょっと案内していくから、また後で」

「分かったわ。今日は早めに店じまいするから、後で手伝いに来てちょうだい」

「はーい」






 その後は村の入り口と教会と港、集会所、それから村長の家を紹介された。

 港といっても、小さな漁船が数隻止めてあるだけの非常に簡素なものだし、教会もかなり小さいものだが。





「あとはここだね、ジェインツの館。ここにはジェインツっていう魔法使いが住んでいるんだ」



 そういって紹介された場所は、館と呼ぶにはあまりにチープなテント。

 魔法使いというより、占い師が使ってそうな雰囲気を持っている。


 何というか……建物の時点で既に胡散臭さが出ている。

 ちょっと気になるし、後で訪ねてみるか……?



「変わった魔法を使えるらしいけど……何だったかな? 思い出したら、また教えるよ」

「そうか、分かった」

「村の中の家はこんな感じかな……あとは……」





 最後に向かったのは、子供達の遊び場である海岸と、村から少し離れた所にある森。


 後者は魔物が出るらしく、入り口に立っただけだ。

 後で調べてみたいところだが、今の俺ではなぁ……




「これで大体紹介できたかな。田舎の村だけど、ゆっくりしていってね」

「ああ、しばらく世話になるよ」




 ズッカとこの村を巡って分かったが、この村の住人の殆どが洞窟の民だ。

 村長の一家は草原の民(猫)だが、荒野の民や森の民はいない、といった構成だ。

 今まで巡った町は荒野の民が大半を占めている事が多かったため、結構珍しい。


 あと冒険者ギルドが無い。まあ村の規模を考えれば無理もないが……





 さて、村巡りも終わったことだし……




「ズッカ、武器を振り回しても大丈夫そうな広い場所って無い?」

「海岸のすみっこのほうなら、大丈夫だと思うよ」

「分かった、ありがとう」





 ……………………





 ………………






 海岸の隅にやってくると、そこで剣を抜き、素振りを行う。



 今の俺は調子が下がっている事は分かったので、どれくらい下がっているかを見る。

 無論、早く調子を取り戻すための訓練でもある。



「ちょっと見ててもいい?」

「構わないが……あまり面白くはないと思うぞ?」

「僕、冒険者って見たことないから、新鮮なんだ」

「そうか……」




 確かに、村には冒険者らしき人はいなかった。

 仮にいたとしても『元』冒険者の人だろう。


 そう考えると、確かにそういう反応でもおかしくない……のか?



「とにかく、離れて見てくれよ。危ないから」

「うん、分かった」










 かつてフィンが言ったことを意識しながら、剣を振る。





 動き出すのは肘から。






 動きは柔らかく。







 何度も何度も剣を振る。








 波が寄せては返す音と、剣が空を切る音だけが周囲に響く。










 ……………………






 ………………







「ハァ……ハァ……」




 500回振った辺りで限界が来た。



 いつもは600回くらい振っても平気だった事を考えると、中々厳しいものがある。






「すごいなぁ、こんなにも長く剣を振っていられるなんて」



 息を弾ませながら汗を拭いていると、ズッカが歩み寄ってきた。



「これでもまだまださ。戦闘だって、仲間に頼ってばかりだった」

「そうなの?」

「ああ。火や氷の強力な魔法を操って魔物を蹴散らす魔法使いや、身の丈ほどもある大盾を担いで俺達を守る騎士、それから、ダンジョンの魔物を察知したり無限に道具をしまえる魔法を持った吟遊詩人……皆に比べれば、俺もまだまださ」

「でも、その人達に頼らずに強くなろうとしている事、僕はすごいと思うよ」

「そうかな……」

「! ちょっと剣見せて」


 剣を見せて、というズッカの言葉は好奇心ではなく、何かに気づいた事から発せられたもののように聞こえた。


「え? いいけど、危ないから気を付けろよ」


 そう言って、剣を渡す。



 彼は少しよろめきながらもそれを受け取り、じっと眺める。



「シンヤ、この剣大分傷んでるよ。お父さんに言って、直してもらおうか?」


 ズッカはそう言って、剣を俺に返す。

 見ると、確かに結構傷んでいる気がする。



 手入れはこまめにやっていたつもりだったが……漂流していた時に海水にさらされたのがまずかったか?



「ありがとう。でも、今はいいよ。明日頼みにいく」

「そっか」



 お金足りるかな……

 新品買った方が早かったりするのかな……




「これからどうする? 僕はお母さんの手伝いに行くけど、先に帰る?」

「いや、俺も手伝いに行くよ」

「えっ? それは嬉しいけど、シンヤは手伝わなくて大丈夫だよ? それに、動いたばっかりで疲れてない?」

「いや、色々と世話になったし、これも鍛錬の一環ってことでさ……駄目かな?」

「そう言われちゃ断れないなぁ。じゃあ、ちょっと休憩してからにしよう。お水飲む?」

「ああ、いただこう」





 ズッカから水を貰って喉を潤した後、道具屋へと向かう。







「お母さん、手伝いに来たよ」

「失礼します……」


 ズッカと共に裏手から道具屋に入る。



「ありがとう。じゃ、いつも通りおねが……あら、シンヤちゃんじゃない! どうしたの? 家が分からなくてズッカに付いてきたのかしら?」


 ズッカのお母さんは俺の姿を見るや否や、こちらに駆け寄ってくる。


「いえ、手伝いに来たのです。色々世話になりましたし、どうも身体が鈍ってしまっているので、リハビリ……ではないですが、調子を戻すための訓練の一環といいますか」

「あら〜ありがとう、助かるわぁ。じゃ、まずはこれを向こうへ運んでくれないかしら?」

「分かりました」



 ズッカとの対応の差にちょっと困惑しつつも、仕事をこなしていく。


 

 仕事の内容は、道具の運搬と店内の掃除。


 掃除は概ねズッカに任せ、俺は運搬を担当する。

 高い所の掃除となれば、(洞窟の民と比較すれば)身長の高い俺の出番だ。





 作業は約1時間程度で終わった。





「ありがとう〜! 助かったわシンヤちゃん。ほらあたし達って身長ちっちゃいからどうしても高い所の掃除は大変なのよー。ごめんなさいね、高い所全部掃除させちゃって」

「いえ、お役に立てたのなら幸いです」

「あら〜、謙虚ねぇ。きっと将来モテモテよぉ」

「は、はぁ……」






 ……………………






 ………………






 夜。



 ロプカ一家の揃った食卓の前で、改めてお礼と自己紹介を行う。




「冒険者をしております、シンヤ・ハギといいます。この度は漂着していたところを助けていただいただけでなく、宿泊の許可までくださって……本当に、ありがとうございます」

「ガッハッハ! そんなに畏まらなくても大丈夫だ! 好きなだけゆっくりしていけぃ!」


 豪快に笑うのは、立派な髭と筋肉を持つ、銀色の髪に明るい緑色の瞳を持つ、洞窟の民の少々無骨な感じのするおじさん。ズッカの父親だ。


「さて、俺達も自己紹介といくか! 俺はラーバノ、この一家の主ってとこだな! 冒険者って言ったな。なら、武器や防具の修理は任せとけ!」

「あたしは先に名乗ったけど、改めて言っておこうかねぇ。あたしはクレーテ、自分の家だと思ってくつろいでもらっていいからね。道具は必要な時はあたしに言ってちょうだいな」


「オレはザッカだ。昼間は色々なところを飛び回っているから、この村ではあまり会わないかもだが……ま、よろしくぅ」


 そう言ったのは、少しばかり顎髭を生やした、どことなく陽気そうな、ボサボサした栗色の髪の男性。



「……ジッカ。鍛冶屋の見習い。ザッカ兄の手伝いもしてる」


 その隣にいた銀髪ポニーテールで三白眼の女性が、静かに言う。


「僕も改めて紹介しておこうかな。僕はズッカ。よろしくね」

「ゼッカー!」

「ゾッカ〜!」


 ズッカが喋った直後に喋ったのは、元気いっぱいな口調での栗色のボブカットのゼッカと、のんびりした口調の銀髪ショートカットのゾッカ。髪色が違うので判別は簡単だが、顔がそっくりなので双子のようだ。



 えー、お父さんがラーバノさん、お母さんがクレーテさん、兄妹は上からザジズゼゾ……と。



「よし! 紹介も終わったことだし、飯にするか!」


 こんなに大人数で食卓を囲むのは久しぶり……いや、初めてかもしれない。


 賑やかに食事を取るのも楽しいものだ。




 ものだが…………





 トルカやフィン、ピスがいないのは、こんなにも寂しいものだとは……







 ……………………





 ………………




「ラーバノさん、明日武器の修理をお願いしたいのですが……」

「おう、任せとけ! ついでに防具も見てやろうか?」

「よろしいのですか?」

「おうとも! お代はいらねぇ、代わりにお前さんの事を教えてくれればそれでいいさ」

「ありがとうございます!」




 ラーバノさんに武器と防具の修理を依頼し、寝る準備をする。



 寝床はザッカさんとズッカと同じ部屋だ。






 皆の行方を探すこと、自分の調子を取り戻すこと、大精霊の居場所を掴むこと、船を沈めた奴らの情報を得ること……




 やることはたくさんある。


 焦っても事態は解決しないし、1つずつ解決していくしかない。







 トルカ、フィン、ピス……無事でいてくれ……



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