クエスト4-4 めぐりあい(前編)
イヤーズポート生活2日目。
振り返れば、随分遠くまで来た。
最初は薬草漬けで行なっていた日課の腕立て等の筋トレも、今や薬草無しで600回以上をこなせるところまで来た。
頼りになる仲間も増えた。
新たな力も手に入れた。
それでも心がスッキリしないのは、まだ俺が弱いからだろう。
今日別行動を申請したのは、少し調べ物があるからだ。
まあ、ゆっくり回りたいのも嘘ではないが……
日課の筋トレを終えると、冒険者ギルドへ向かう。
「シンヤ様、今日はどちらに?」
「冒険者ギルドだ。依頼を受けるわけじゃないが、ちょっと調べたいことがあってな」
「調べたい事、デスか? それならトルカ様やフィン様と行った方が効率が良いのでは?」
「今回はあくまで軽く、だからな。本格的に調査する必要が出れば協力を要請するが、まだその段階じゃない。ピス、お前だって別に付き合わなくてもいいんだぞ?」
「いえ、お供させてほしいのデス! ボクは特に予定無しデスので!」
「すまない、助かる」
そうこうしているうちに、冒険者ギルドに到着する。
そこでクダを巻く冒険者達に、ある事を聞いて回った。
「レベルを下げる方法だぁ?」
モヒカン頭の冒険者はそう答えた。
「ああ。何か知っている事があれば教えてほしい」
俺の弱さの主たる原因は、勇者の剣でレベリングをして無駄になったレベルだ。
レベルを下げてやり直せば、伸び代が出来るかもしれない。
トルカとフィンにまた負担を強いることになるだろうが、いずれ現状より軽くなるならやる価値はある。
フィンには予めそういうものがあるか聞いてところ、存在はあるらしい。
「何でそんなもん知りたがるんだぁ? レベル下げたって損なだけだろ」
「色々事情があるんだよ。で、何か知ってるのか?」
「確か、そういう魔法を使える魔法使いがどっかにいる、って聞いた事があるぜ。どこにいるかまでは知らねぇがな」
「そうか、ありがとう」
他の冒険者にも聞いてみたが、これ以上の有用な情報は無かった。
レベルを下げてくる魔物がいるらしいので利用しようか考えたが、その魔物がサキュバスと聞いてその考えは火葬してやった。
性欲絡みは間違いなくロクなことにならない。
他にも重犯罪を犯せばレベルがリセットされる刑に処されるらしいが、流石にリスクが大きすぎる。
「うーん、流石に無理っぽいか……せめてレベルを下げる魔法使いがどこにいるか分かれば良かったんだが……」
「仕方ないデスよ。気晴らしにどこか巡りましょう」
「ごめん、その前に試したい事があるんだ。それ終わってからでいいか?」
「がってんデス!」
……………………
………………
やって来たのは町のすぐ近くの草原。
別に魔物と戦おうという魂胆ではない。
ガイアエッジでどうしても試しておきたいことがあった。
「ガイアエッジ!」
ガイアエッジを呼び出す。
すると、地面を裂いて勢いよくガイアエッジが出現する。
「ガイアエッジ!」
そして一度戻し、もう一度同じことをする。
「何をやっているのデスか?」
「クールタイム……つまり、連続で呼び出したとして、呼び出せなくなる時間があるのか試してみたんだ。結果としては10秒位だな」
「よく分かりませんデスが……それは短いのデスか?」
「短いと言えば短いし、長いといえば長い……ま、今は頭の片隅に留めておくくらいで十分だろう」
次は、ガイアエッジのケーブルを引き抜いてみる。
抜こうと思って引っ張るとあっさり抜けたが、抜くまいと思って引っ張ると全く抜けない。
意思がトリガーとなっているようだ。
次はケーブルを思いっきり乱雑に扱ってみて、耐久度を調べてみる。
移動中にある程度振り回して、ケーブルにそこそこの耐久力があるのは分かっていたが、改めて調べるとかなり頑丈に出来ており、ロープ代わりにも余裕で使えそうだ。
長さが微妙だから日用品としては厳しいだろうが、鎖分銅的使い方は勿論、戦闘時の咄嗟な簡易トラップとかには使えるだろう。足引っ掛けたりとか。
生物にケーブルを刺しても起動するかどうか調べようか考えたが、これは別で付添人がいた方が良さそうだし、今回はパス。
「さて、ちょいと早いが飯にでもすっか」
「おお、いいデスね!」
「ずっと食べたいものがあって、そいつを探すから時間取っちまうかもしれないけど、いいか?」
「がってんデス!この身体を維持するのに必要デスが、本来ボクは食事を取る必要は無いデスので、どうぞお構いなく!」
……………………
………………
イヤーズポートに戻ってきた俺達は、ある店を探す。
対象は米。
そう、米を扱っているお店だ。
異世界に来てから1年は余裕で過ぎ、2年目も見えてきた。
だが未だに米を口にしていない。
俺は元々日本人であり、日本人にとって欠かせないソウルフードといえば米である。
古来から日本人に親しまれ、小麦とトウモロコシと並んで世界三大穀物にその名を連ねる米(稲)。古来から日本の農業の中心に位置付けられ、俺が日本人としての人生を終えた2036年においても食料自給率は100%に近い数字を維持している。
炊きたての米であればそのままでも十分に美味いし、梅干しや鮭、漬物など、米と相性の良い食べ物を上げればキリが無い。
調理方法だって山ほど存在するし、そもそも米を食べる文化があるのは何も日本に限った話ではない。様々な国で米料理は作られている。
この大陸の主要な穀物は小麦のようだが、別の大陸も同じとは限らない。
というか環境が地球に似ているとするなら無い方がおかしいとさえ言える。
ベストは和食だ。だがこの際贅沢は言わない、米でさえあれば何でもいい。
カレーライス、パエリア、オムライス、ビビンバ、リゾット、ナシゴレン、ロコモコ、シルパンチョ……
とにかく何でもいい、米だ。米を探す。
この手の場合は自分でしらみつぶしに探すより聞き込み調査を行った方が早いのだが、こちらにおける米の呼び名が分からないのが問題だ。
さて、どうしたものか……
「どうかしたのデスか?」
「探したいものがあるんだが、この世界におけるそれの呼び方が分からなくてな……」
「どんなものデスか?」
「俺の世界では米……えーと、植物そのものは稲っていうんだが……」
紙と筆記用具を取り出して茶碗に盛り付けた白米の絵と稲の絵を描いて見せる。
「うーん……見た記憶はありませんデスね……」
「そうか……あっ」
「どうかしましたデスか?」
「この絵使って聞き込みすりゃいいじゃん!」
何故こんな簡単なことに、しかもかつて美術部に入っていながら思いつかなかったんだ。
よし、これなら聞き込みできるぞ!
意気揚々と聞き込みを開始するも、15人くらいから「何それ?」と返事が来た。
やっぱりこの大陸じゃマイナーなのか……?
だが、俺は諦めない。この機は逃さんぞ。
更に聞き込みを続けると、有力な情報に出会えた。
「稲料理をお探しですか? クドナ稲は分かりませんが、ミザン稲であれば、あちらの方にミザン稲を使われた料理店がありましたよ」
そう答えたのは、両手剣を背負った金髪蒼眼なポニテの女の子。前髪の一部を紫に染めている。
顔付きから見て俺とほぼ同年代のようだが、身長が高い。フィンよりは小さいがそれでも高い。
「よければ案内しましょうか?」
「良いのですか?」
「大丈夫ですよ! お構いなく!」
その女の子に案内され、その場所へ向かう。
……ワーテルの酒場の女主人は魔力は女性の方が多く持つ、と聞いたことがあるが、その割に出会う女性冒険者は前衛職っぽい人ばかりなのはただの偶然だろうか。
マイティドッグの女といい、フィンといい、マジックミサイル野郎の相方といい、この人といい……
……………………
………………
「ここです!」
女の子はある建物を指差す。
『食事処 野良犬』と渋い字体で書かれた看板のある建物。
いや野良犬って。
「すみません、わざわざ案内してもらって……」
「いえいえ、困った時はお互い様です!」
朗らかな笑顔で彼女は答えた。
「おいネーヴェ! てめぇどこをほっつき歩いていやがった!」
直後、ネーヴェと呼ばれた女の子のはるか後ろから叫び声が聞こえる。
見ると、緑色の帽子を被った、これまた年の近そうな少年が声を張り上げているのが確認できた。
「フュジ! 貴方がはぐれたから探してたんですよ!」
「うっせ!」
「すみません、お見苦しいところを……それでは失礼します」
「ありがとうございました」
女の子は頭を下げると、少年の元へ走っていった。
「さて、と……」
紹介された食事処の扉を開く。
中はバーを想起させるレイアウトだが、店主であろうおやっさんは板前のような格好をしている。
妙なチグハグ感。
「静かデスね」
「俺はこういう雰囲気も好きだな」
料理道具の手入れをしていた、いかにも頑固親父っぽい風貌な店主のおやっさんは、俺達をちらりと見て、すぐ道具に視線を戻す。
「……好きな席に座れ」
店主のおやっさんはそれだけ言うと、奥の調理場に行ってしまった。
「無愛想デスね」
小声で話すピスを手で制す。
「やめとけ、聞かれるぞ。積極的に言葉を話さない人間は周囲の声をよく聞いてるものだからな」
さて、メニュー表は……あった。
相変わらず何が何なのか分からないメニューが並ぶ中、キングサーモン定食というメニューが目に留まる。
これは……まさか……
「注文は?」
いつの間にか戻ってきた店主のおやっさんがぶっきらぼうに尋ねる。
「俺はキングサーモン定食で」
「ボクはミザン風フリッターをお願いしますデス!」
「はいよ」
店主はそう言うと、再び調理場へ引っ込む。
ちょっと嬉しそうだったのは気のせいだろうか。
「シンヤ様、フリッターって何デス?」
「俺に聞かれてもなぁ……」
「何にせよ、楽しみデスね!」
「そうだな」
「お待ちどう」
目の前に出されたのは、白米に味噌汁、鮭の塩焼き、卵焼き。
THE、日本食。
ミザン風フリッターは天ぷらだった。
THE、日本食。
やばい、泣きそう。
好物が、長いブランクを経て、ようやく食える。
ちゃんと箸だ。
ピスに軽く箸の使い方を教えた後、白米……いや、ここではミザン稲か。それを口に運ぶ。
「!」
米だ。
紛れも無い米だ。
これだ。これをずっと探していた。
程よく柔らかくふっくらとした食感、炊きたてでしか味わえないこの旨味、至福だ、極楽だ、最高だ。
次はキングサーモンの塩焼きとやらを……
おおっ、これもいい!
しっかり焼き上げられた鮭は、皮はパリパリ、身はふっくらと仕上がっている。
強めの塩味は、ご飯をより加速させる。
味噌汁の具はじゃがいもとわかめ、それから青ネギ……だろうか。素朴で優しい味付けだ。
じゃがいもではなく豆腐が理想だったが、そこまで求めるのはちょっと高望みだな。
卵焼きは綺麗な黄色をしており、ふっくらとした食感で甘くないものであった。
俺の家も甘くない卵焼きなので、こちらの方がしっくりくる。
とにかくご飯が進む。進みまくる。いくらでも食える。
悩みも、不安も、全部忘れられる気さえした。
夢中で食べていると、おやっさんがこちらを見ていることに気付く。
あの、そんなにガン見されると食べづらいのですが……
「……な、何か付いていますか?」
「いや、料理を出して泣かれたのは初めてだったもんでな」
「えっ?」
目元を拭ってみると、確かに濡れている。
えっ? 何で? いつの間に?
「……何か、思うところでもあるのか」
「……故郷の事を思い出したのかもしれません。冒険者として今までやってきて、上手くいかない事ばかりだったけど、これを食べている間は、全部忘れられる気がして」
「……故郷は帰れるうちに帰っておけ」
「……もう、遅いです」
「そうか。悪いな」
「いえ」
やべ、湿っぽい空気になってしまった。
チラッとピスの方を見るが、彼は全く気にせず飯を食っている。
自分の世界に入っている……?
「俺の馬鹿息子も、冒険者でな」
おやっさんは静かに語り始める。
「竜殺しか何だかになる、って言って家を飛び出して、ここも継がず冒険者になりやがった。最初の方は順調だったみたいだが、次第に周りに追い抜かれ、しまいにゃ笑い者……」
……実力が足りなかったのか、俺みたいに。
「それでも己を磨くというなら、手心を加えてやったさ。だが、あいつはそれを放棄した」
「どういうことですか?」
「ワーテルだかの冒険者のレベルが低い場所に行って、そこで暴君の真似事だ。あいつは立ち向かうのをやめたんだ」
大海を知って、井の中の蛙になったのか。
「坊主、覚えておけ。壁にぶち当たった時、逃げる事は恥じゃねぇ。誰かの手を借りる事も恥じゃねぇ……恥なのは、立ち向かうことをやめる事だ」
「立ち向かうのを、やめる……」
「俺だって最初はそのキングサーモンの塩焼きも焦がしてばかりだった。親方にもしこたま怒られたさ。だが、それでも必死になって、今はチンケだが店もやれてる。立ち向かう限り、道は続くんだ。いいな」
立ち向かう限り、道は続く……か。
「……悪いな、妙な事言って。どうもお前を見てると、色々思い出しちまってな」
「いえ、ありがとうございます」
…………………
………………
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまデス!」
キングサーモン定食を食べ終えてお代を払い、店を出る。
「いやー満足満足、すっげー美味かった」
「ボクも気に入りましたデス! 次はトルカ様とシアルフィア様と一緒に行きたいデスね!」
「フィンはともかくトルカは気に入るかどうか……」
店を出てそこらを散策しようとした時、目の前の冒険者と目が合う。
「……!」
「お前はあの時の……」
目の前にいたのは、ワーテル時代に戦ったマイティドッグのリーダー、ラガード。
「お前、俺の親父の店の前で何をしている?」
奴は1人、俺を見下ろしてきた。
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