クエスト4-2 つまるところは

 



 フィンに戦闘禁止を言い渡された翌日の昼頃、中継地点となる町に着いた。





 サンドラールへ行く時と同じく、冒険者と商人は各々の目的のために各自町へ赴く。




 俺はというと、頭痛に悩まされていた。





 見張りを終えてから睡眠をとったものの、起きてからずっと頭をキツツキか何かに突かれているかのような感覚が続いている。

 昨日まではあくまで調子が悪いだけだったが、とうとう具体的な症状が出てしまった。




 くそっ、調子が悪いだけでなく体調まで崩すなんて……

 情けねぇ、本当に情けねぇ……! くそっ!







「シンヤさん、今日は宿屋で大人しくしていてください。補充したい道具があれば私達が買ってきますから」

「すまない……」



 フィンに抱えられ、宿屋へと連れられる。

 宿代を払い、彼女に買ってほしい物資を伝え、部屋に向かう。


 重い足取りで部屋に辿り着くと。防具を外し、ベッド倒れ込む。

 ベッドの材質はあまり上質のものではなさそうだが、馬車で寝るよりはずっと良い。




 そのまま睡眠へ入ろうと思ったのだが、こういう時ほど眠れない。

 視覚を遮断する分余計に頭痛の痛みから逃げられない形になり、まともに寝付ける気配が無い。




 そうだ、こういう時は古典的だがアレを試すか。



 羊が1匹……

 羊が2匹……

 羊が3匹……

 ひつ



「シンヤ……」



 ガチャリ、とドアを開く音に続いて、しおらしいトルカの声が聞こえる。




「シンヤ、大丈夫?」



 トルカは心配そうな表情で俺の顔を覗き込む。



「何、ちょっと頭が痛いだけさ」

「大丈夫じゃ、ない……ちゃんと、休んで……」



 トルカは椅子を引いてきて座り、俺の手を握る。

 デュラハン戦の後の時と真逆の構図だな、はは……はぁ。



「シンヤは……無茶ばっかり、する……」

「能力が足りない奴は、人一倍努力しなくちゃいけない。世の摂理だ」

「そうじゃ、ない……! シンヤ、無茶ばっかり、だめ! 死んじゃう!」

「俺は強くならなくちゃいけないんだ。今よりも、もっと、ずっと……!」

「でも、死んじゃったら、意味無い! 意味無いよ、シンヤ……!」



 俺の手を握るトルカの手に、力がこもる。




「シンヤ……トルカは、シンヤが死んだら、嫌だよ……シンヤは、弱くても、いらない子じゃ、ないよ……」

「トルカ……」

「シンヤは……トルカを、助けてくれた……魔法が、当たらない、のを……当たるように、してくれた……失敗しても……怒らなかった……」



 そう語るトルカの目は、涙で濡れていた。



「そんなことも……あったな」

「シンヤが、トルカを、助けてくれた……だから、トルカも……シンヤを、助けたい……死んだら、助けられない……」




 助けたい……か。




「シンヤ……無茶ばかり……しないで……トルカ、辛い思い、したくない……シンヤが、死ぬのは……嫌……!」


 トルカの目から、涙が溢れる。




 ……俺は今まで、心配をかけさせまいと無茶をしてきた。

 その結果がこれだ。


 俺は、何をやっているのだろう。




「シンヤ……」




 まだ続くと思ってなかった故に、少し焦った。





「トルカは、シンヤについていく。だから……早く元気に、なって……」









 ……………………





 ………………




 気がつくと、陽は落ちていた。

 いつの間にか眠れていたらしい。



「目覚めましたか、シンヤさん。薬膳スープを作りましたので、どうぞ。頼んでいたものは、こちらに置いておきますね」

「……ありがとう。あれ? トルカは?」

「眠っていましたので、私達の部屋のベッドに寝かせました。ピスさんも一緒です」

「そうか」


 フィンからスープの入った器を受け取る。

 見た感じでは普通のスープと対して変わらないように見えるが、入っている野菜に見覚えの無いものがいくつかある。


 そういえば、朝から何も食べた記憶が無い。



「蒼月草やジガの根、トールアニヨン、鶏肉などが入っています。よく食べて、しっかり休んでください」

「悪いな……1番負担の大きい役回りを担わせているのに、ここまで気を回してしまって」

「シンヤさん、ほ……」



 フィンの言葉を遮るように、腹の音が鳴ってしまう。



「あ……その、食べながら聞いてください」

「何か……ごめん。じゃ、いただきます……」




 器を受け取り、スープを……熱っ!


 ……シャキシャキ感を残しつつ、いい感じに柔らかくなった野菜と、鶏団子が美味しい。

 入っている野菜はネギとカブは分か……いや、青紫のカブだから地球のそれと品種が違いそうだ。食感的に水菜っぽいものもあるが……うーん、色々と似ているようで違う。


 スープからは生姜に似た風味を感じる。それに加えて野菜と鶏肉の旨味がしっかり染み出している。飲む度に、身体の芯からじんわり暖かくなるような気持ちだ。



 ……何かこの言い回し前にもやったような……? 

 気のせいか。




「シンヤさん……どうして調子が悪い事をずっと黙っていたのですか?」

「……皆に、迷惑をかけたくなかったんだ。ただでさえ戦闘で足を引っ張って、負担を強いている。なのに、こんな事で皆の手間を増やしたくなかったんだ」


 フィンは何かを考えるようにしばらく俯くと、こちらへ向き直る。


「シンヤさん……パーティの中では新参者で、デュラハンに単身挑んだ私が言えた事ではないでしょうが、だからといって見過ごすわけにもいきません。自戒の意味も込めて、言わせていただきます」



 そう前置きするフィンの瞳は、子を叱る親の目に似ていた気がした。



「シンヤさん、辛い時は誤魔化さず、独りで抱え込まず、辛いってちゃんと言ってください。迷惑をかけたくない気持ちは分かります。ですが、黙っていられた方がかえって迷惑がかかるのです」

「……ごめんなさい」



 フィンの声からは、様々な感情が感じ取れた。

 俺は、謝ることしかできなかった。




「シンヤさん、人にできることには限りがあります。できない事は、頼ってもいいのです。魔王を倒し、世界を救う使命は、1人で背負うには重すぎます。どうか私にも、その荷を背負わせてください。仲間とは、そのためのものですから」

「フィン……」

「……すみません、偉そうに語ってしまって。これは、私が改善すべきところでもあるのに」

「いや、いいんだ」

「シンヤさん、私達を大事にしてくれるのは嬉しいです。ですが、自分の事も大事にしてください。勇者の代わりは存在しません。ですがそれ以前に、貴方が死んでしまったら、私は悲しいです」

「……分かった」



 俺は、再びスープを口に運んだ。




 ……………………





 ………………




「ごちそうさまでした」



 空になった器を、フィンに渡す。



「はい、お粗末さまでした。シンヤさん、今はゆっくり休んでください。元気になったら、いくらでも剣術練習に付き合います。他にも悩みがあれば、私でよければ相談に乗りますから」

「ありがとう……」

「気にしないでください。物を教えることは、教えられる側だけでなく、教える側の成長も促します。それに、私も……皆の役に立ちたいのです。シンヤとトルカちゃんとピスさんは、私が怯えずに一緒に戦えた、初めての人々ですから」

「……そうか」

「はい。では、おやすみなさい、シンヤさん」

「ああ、おやすみ」




 フィンは空になった食器を持って俺の部屋を出る。


 特にやる事もないので、そのまま眠りに就くことにした。






 ……………………







 ………………



「シンヤ様、調子はどうデスか? 部屋に戻ったら、ぐっすりと眠っていたようデスが……」

「頭痛は消えた。これなら大丈夫だ」

「それはよかったのデス!」






 翌日。




 昨日の頭痛は消え、陰鬱とした気持ちは完全には消えなかったが、マシにはなった。



 体調と精神状態はリンクしている、という話をどこかで聞いた気がするが、あれはあながち嘘ではないようだ。




 結局のところ、問題自体は解決していない。





 トルカとフィンにいくら励ましてもらったところで、俺が弱い事実と、俺が皆に負担をかけている事実が変わるわけじゃない。


 だけど、俺がやった事全てが無駄だったわけじゃないし、どうせ状況が同じなら現状を憂うより粛々と鍛錬に励んだ方がいい。


 だが、…無理をし過ぎれば結局負担を増やすだけだし、もっと頑張ろうと言ったって結局出来ることは同じ。独りで抱えるよりは、皆の力を借りればいい。



 まあ見栄張らず地道にやっていけ、仲間の事を信じろ、ってこったな。




「シンヤ、大丈夫?」

「ああ、おかげさまでな」

「良かった……心配したのですからね?」

「うん」

「すまなかった……皆、本当にありがとう」

「では、そろそろ時間デスし、馬車に戻りましょう!」

「だな」



 馬車に戻ると、商隊は再び港町を目指して進む。



 平原に突入してからというもの、行軍速度は上昇している。

 もはや自動車に匹敵しそうなスピードながら、馬は一向に疲れる様子を見せていない。

 商人に話を聞いていたところ、これでも力を抑えている方らしい。半端ねぇ。


 地球産のものとは大きさが違うのはカルネリアを発つ際に既に知っていたが、パワーは想像の遥か上を行っている。






 話は変わるが、魔物から見た商隊の馬車というのは、ハイリスクハイリターンな獲物らしい。


 襲いかかれば護衛である俺達冒険者が迎撃に出るわけだが、それらを退ければ大量の飯にありつける……という認識のようだ。

 その他にも、商隊を襲うことで自分の強さを誇示しようとする……言い換えれば度胸試しに商隊を利用する魔物もいるようだ。


 傍迷惑ではあるが、この点については人間も同じな気がしなくもない。

 〇〇を倒した俺は強い! みたいな。




 そんな魔物を屠りながら商隊は進んでいっているが、3日目を過ぎ、大きな橋を越えてから徐々に襲撃が減り、魔物の強さの質も落ちてきた。


 俺の戦闘における調子も大方元に戻ったが、日を追うごとに俺どころか俺達3人全員の戦闘機会そのものが無くなっていった。



 だって一部の冒険者が我先にと飛び出すし素材の取り合いおっぱじめるしそういうのに巻き込まれるのはちょっとなぁ……

 どうせ素材も安いから無理しなくていいって商人からも言われたし。



「出番、無い……」

「ですね……」

「そういえば、何で魔物が弱くなってるんだ……?」


 俺の問いに答えたのは、商人だった。


「あの橋の辺りからはダッシュリザードやコバルトウルフなんかの縄張りから外れるみたいなんです」

「主食であるサイクホーンは橋を渡らないから、でしょうかね。もしくは、橋のあった川が分布の変化の線引きの役割を果たしている、であるとか……」


 商人の解答にフィンが補足を入れる。



 ダッシュリザードは高い攻撃力と数の多さが特徴で、コバルトウルフはゾンビのごときしぶとさと毒の牙が特徴の狼の魔物だ。どちらもこの辺りの小型、中型クラスでは最も厄介な魔物である。

 サイクホーンは桜色の毛が特徴の羊の魔物で、大人しさもあって脅威度は低めだが、体当たりと巻き角を活かした頭突きは侮れない。


 橋を渡る前は主にそいつらが馬車に突撃してきたのだが、橋を越えてからはめっきり見なくなった。


 橋を越えてからは集団としての規模の小さいゴブリンやデスクロウという鴉の魔物、キラーマンティスという従来の4倍の体躯のカマキリ、アニヨンゴドラという玉ねぎのような魔物が主流となっている。どれもダッシュリザードやコバルトウルフよりは数段弱く、俺でもプロテクション無しに大傷を負わず倒せるくらいだ。


 強いて言うならデスクロウは鴉という性質上空から襲ってくるので少々対処が面倒ではある。




 ……………………





 ………………





 そんな感じで戦闘の出番が無いまま行軍は続き、進み続けること6日間。



「海だ……」

「あれが、海?」

「はい、あれが海です!」



 見えてきたのは巨大な水平線。

 肌に感じる風も少し変わってきた。



 そう、海だ。


 海に行ったのは、中学の臨海学校以来か……



「おお……これはまたすごい光景デスね!」

「ああ、そうだな」





 港町イヤーズポート。



 最初はそれどころではないと思っていたが、いざ目の前にしてみると、新しい街への期待と興奮が沸き起こる。


 あの街には、何が待っているのだろう。





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