クエスト4 港に出会いあり(獣の大陸・イヤーズポート編)

クエスト4-1 暗雲

 






 砂漠を抜け、荒野を抜け、商隊の馬車は走る。






 4日間の砂漠行脚を終え、砂漠地帯を出ると、懐かしき緑の景色と涼しい風が帰ってきた。



 砂漠を越えた瞬間、動きにくい黒コートを脱ぎ捨て、カルネリア滞在時の装備であるスカイジャケットと赤マントに着替える。

 やっぱり動きづらいコートよりこっちだな。



 トルカとフィンもいつもの装備の方が落ち着くらしく、トルカは黒のとんがり帽子に黒マント、その下は青ローブ、口元ごと首を覆う赤マフラーと、出会った当初の格好に戻り、フィンも初めて出会った際に身につけていた、全身をがっちり守護する鎧に着替えている。



「これが、一番……」

「やっぱりこの格好が落ち着きますね……砂漠用の装備は装甲が薄いので、不安で仕方ありませんでしたし……」

「そうか。ま、俺もこっちの方が動きやすくていいな」

「うーん、ボクも格好を変えてみたいデスね……」

「しばらく我慢だな。港町に着けば服は買えるだろうし」








 それはさておき、俺は交代制による毎晩の見張りの際や魔物との遭遇時に、2つの訓練を独自に行なっていた。




「バショウセン!」




 まずは、新しい魔法の開発。


 バショウセンはファルコンソードを大きく横薙ぎに振るい、自分を中心に扇状に突風を巻き起こす魔法。



 プッシュ・ウィンドと違い、広範囲をカバーできるものの、吹っ飛ばす距離はプッシュ・ウィンドと比べて短い。

 反動を生かしてバックステップくらいは出来るが、どちらかといえばカウンターのようにして放つもの……といったところか。




「エアー・ダッシュ!」



 2つ目の新魔法・エアーダッシュ。

 読んで字のごとく、空中での移動を目的としたものだ。


 ファルコンソードの剣先を前に突き出し、自身に追い風を付与して加速、突進する。

 格ゲーにおける突進技だったり、ダッシュ攻撃みたいな感じと言えばイメージしやすいだろうか。


 プッシュ・ウィンドのように空へ飛び上がったり、猛烈な加速からの不意打ちは困難だが、方向転換や空中に浮かない地上での加速においてはこちらの方がスムーズだ。


 ちなみに見た目通り突進攻撃に使うことは壁に突っ込む事と同義である。

 突進攻撃として使うなら発動した瞬間剣を送還しなければならない。






「出でよ、ガイアエッジ!」



 2つ目は土の精霊剣、ガイアエッジの扱いの訓練。




 ガイアエッジはファルコンソードと違い、即座に手元に来るのではなく、自分の目の前の地面から勢いよく飛び出して来る。

 その性質上、目の前の敵の不意打ちが可能だ。



 ガイアエッジは、橙色の宝石で出来た刃と、樹木のようなデザインと材質の柄を持つ。その先端からは約3mの蔦……もといケーブルが伸び、その先にはこれまた橙色の、正八面体を縦に引き伸ばした感じの宝石が付いている。



 この宝石が地面に埋まっている間は刀身が発光し、勇者の剣に匹敵しうる程の凄まじい斬れ味を放つ。にも関わらず鉄の剣よりも軽く、ファルコンソードのようにステータスの変動は無い。





 ……が、この剣のメリットはそれくらいである。




 ケーブルの先の宝石が地面から離れ、刀身が輝きを失えば斬れ味は木剣レベルまで落ち、剣の軽さも災いして打撃武器としても全く役に立たない。鉄の剣の柄で殴った方が数倍マシだ。


 そのケーブルも長さもせいぜい3m程で、空中の敵は勿論遠距離の敵も全く対応できない。それどころか一度剣を発光状態にすれば抜かない限りその場から動くこともほぼ不可能だ。ビリーの言う通り魔法は使えないし、遠距離攻撃手段も無い。


 拠点防衛などの守りとしてなら有用ではあるが、攻めに転じるとなると途端にガラクタと化す。




 総合すると、ガイアエッジは展開すれば超強力な攻撃を放てる代わり、その場からほぼ動けなくなる剣……ということだ。




 今の俺にとって勇者の剣以外で高い打点を取れる武器は重宝する。




 ……重宝するのは確かだが、流石に場面が限定的だ。

 やろうと思えばいくらでも応用が利くファルコンソードと違って、新たな使い道も限られてくる。


 それを考えるのが今後の課題だな。ファルコンソードの風魔法も含め、いつ使うかは分からない。だが、必要になってから使うのでは遅い。


 ケーブルは丈夫だし宝石はそこそこ重いので、鎖分銅として使う練習もやっている。

 ……むしろこっちがメインになりそうな気がしてきた。









 ディアマンテ遺跡の攻略で、トルカとフィンと俺との実力差がこれまで以上に目に見えて出た。


 2人の負担をこれ以上増やすわけにはいかない。俺自身が強くなって、2人を少しでも支えられるようにならなくちゃいけない。

 勇者としても、俺シンヤ・ハギ自身としても、パーティのリーダーとしても、皆に助けられてばかりでは駄目だ。






 ただでさえ砂漠行脚の4日間に起こった戦闘で俺の被弾が増えているんだ、もっと頑張らなくては。



 もっと、もっと……!







「……ヤさん、シンヤさん!」

「え? あ、ごめん。どうした?」

「魔物が出現したようです、行きましょう!」

「分かった」



 しまった、物思いに耽りすぎたか。





 馬車を飛び出し、戦闘態勢に入る。





「あれは……ダッシュリザードですね。突進と噛みつきに気をつけてください」

「ああ」





 現れたのはダッシュリザードという魔物の群れ。





 鮮やかな緑色をした、蜥蜴というよりは恐竜に近いこの魔物は集団で行動し、獲物を狩ったり冒険者や馬車、近くの町を襲撃するらしい。


 恐竜とはいっても全高は1mちょっと、全長も2、3m程であり、さほど大きいわけではない。飼い慣らすことが出来れば騎乗するのにちょうど良さそうなサイズ感。

 が、油断は禁物だ。





「偉大なる力の神よ、か弱き我らをお守りください!プロテクション!」




 自身にバリアが付与された事を確認すると、ファルコンソードを呼び出す。




「キャプチャー・ウィンド!」




 ダッシュリザードのうち一体を引き込んだ瞬間ファルコンソードを送還し、奴が体勢を崩したところを鉄の剣で斬る。



「よし、このまま……!?」



 俺が追撃するより早く、ダッシュリザードの反撃が飛ぶ。


 プロテクションによって直接のダメージは無いが、バリアに大きな亀裂が入る。




「このっ!」




 バリアの硬度によって隙が生まれたのを利用して追撃し、倒す。



「そっちに流れたぞ!」



 冒険者の声の後、更に4体のダッシュリザードがこちらへと向かってくる。



「私にお任せを! はあっ!」



 フィンが俺とダッシュリザードの間に割って入り、ポールアックスを片手で振りかざし、瞬く間に2体のダッシュリザードの首を落とす。





「唸れ、双頭の炎よ! ツイン・ファイア!」




 2体同時に飛びかかって襲い来るダッシュリザードを、トルカの魔法が撃ち落とし、撃破する。




「すみません、トルカちゃん」

「ん」




 追加の襲撃に備えていると、別のパーティがリーダーを討ち取ったのか、ダッシュリザードの群れは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。




「逃げたか……」

「ダッシュリザードは個体としては弱いですから、集団で行動しています。群れを統率する存在が死亡すると、勝てないと判断して一目散に逃げ出すのです」

「義憤に駆られて襲ってきたりはしないのか?」

「そのような事例はあまり聞いた事がありませんね……とにかく、これで退けた事ですし、素材を回収して戻りましょう」





 フィンの言う通り素材を回収する。


 今回は牙や爪、皮、尻尾。

 尻尾はローストすると美味いそうだ。


 やっぱりあるのね、魔物を食す文化。







 それはさておき、再び馬車に乗って移動を開始する。









 ……いつからだ。






 いつから、こうして剣を手から離す度に、心の中がもやもやするようになってしまったんだ。




 フィンもトルカも、一度武器を振りかざせば、瞬く間に魔物を倒してしまう。

 今回の戦闘でも見事な手腕だったし、ディアマンテ遺跡でのそれにおいても、まさに獅子奮迅の活躍といえよう。




 それに比べて俺はどうだ?




 1体の魔物の対処にすら手こずり、風の精霊剣もまだまだ制御しきれていない。

 ファフニールにだってボロクソにやられたし、グリフォン戦もワールヴェント戦も活躍したとは言いがたい。

 特にワールヴェント戦では、ファルコンソードの防御力低下という弱点を突かれてしまった。

 意図したものとは思えないが、これは大きな問題である。

 直撃していたらどうなっていたことか……





 精霊剣を抜きにしても、2人と俺には倍以上のステータスの差がある。2人に追いつける事が土台無理な事は流石に理解している。


 だけど、頼りきりになるわけにもいかない。所詮俺は平和な時代に生まれた凡庸な人間。戦闘経験も才覚も、何もかも足りないのは分かっているが、だからといって魔物は手加減などしてくれない。戦いとは良くも悪くも平等なのだ。



 いつだってそうだ。結局持っている手札だけで戦わなくちゃいけない。そして手札は簡単に手に入ったりはしない。それはこの世界でも……



「シンヤー、シーンーヤー」

「おぉう、トルカか。どうした?」




 び、びっくりした……





 気付くと、蜂蜜の瓶を抱えたトルカが目の前にいた。

 手には蜂蜜の乗ったスプーンを持っている。



「あげる。口、開けて」

「お、おう」



 唐突な施しに戸惑いつつも言われた通りにすると、トルカは俺の舌の上にスプーンで蜂蜜を垂らす。


 口の中にほんのりとした甘味が広がり、身体に染み渡る。


「おいしい?」

「ああ。でも、何故急にこんな……?」

「シンヤ、最近元気ない、から……」

「心配かけて悪いな、ありがとう」

「シンヤさん、体調が優れないなら、馬車で休んでいても大丈夫ですよ?」

「いや、大丈夫だ」




 2人が気遣ってくれたのは嬉しい。



 だが、それは2人にまた負担を強いてしまった事の証左でもある。




 頑張らなくては。






 ……………………






 ………………








 それから2日後の夜。


 商人の話だと、もう少しで中継地点となる町に着くらしい。




 俺はピスと共に見張りを行いながら、無力な自分を恨み続けていた。




 あの後も戦闘はあったが、調子は戻らず足を引っ張り、それによる自己嫌悪で精神状態が悪化し、それが肉体にも影響が出る負のスパイラルに陥っていた。極め付けは、今朝フィンから命じられた、戦闘への参加の禁止命令。

 今の貴方は戦闘に出ていいコンディションじゃない、お願いだから休んでほしい……と言われてしまった。



 相当まずい状況に陥っているのは理解できたが、もう自分でもどうすればいいのかが分からなくなっていた。




 自らの存在意義が分からない。





 もうトルカとフィンとピスがいれば戦力としては成り立つじゃないか。




 俺の価値って何だ?





 トルカには圧倒的な魔法の火力がある。

 凄まじい威力の魔法で屠った魔物は数知れず。まさに最強の矛と言える。


 フィンには強靭な肉体と防御魔法、回復がある。

 トルカが矛ならフィンは盾、危険な状況を何度も回避出来たのは彼女のおかげだ。


 ピスには探知能力や物質の収容など、便利な魔法を多く持つ。

 先の2人に比べれば地味ではあるが、彼もパーティの一員として、主にダンジョン攻略で役立っている。





 俺は?








 俺には何がある?






 魔力が無いから敵の魔力サーチに引っかからず、魔剣などの曰く付きの武器に意識を持っていかれることも無い。



 前者は風の塔の事を考えるとメリットではあるが、今のところ素で魔法を使えないという事のフォローには弱いし、後者は武器の力を行使できないので現状あまり意味が無い。




 チート級の武器である勇者の剣と、強力な2種の精霊剣を扱える。



 勇者の剣は威力が破格であろうと呪いのせいでロクに使えたものじゃないからこの長所は無いも同然、精霊剣だって両方クセが強すぎるし、そもそも俺の専用武器ってわけでもない。

 そもそもこの辺は俺個人の力じゃねぇし。









 何も無い。






 体力も、筋力も、魔力も、敏捷も、創造も、器用も、明晰な頭脳も、画期的なアイデアも、役に立つ現代知識も無い。



 何も無いなら得るしかない。





 何を?



 どうやって?





 レベルは既に22。


 レベルが20もあればこの大陸では概ね熟練扱いらしい。

 つまりそれは頭打ちを意味する。伸び代が残されていない。


 つまり現状ステータスはもう伸ばせない。


 それでも特訓だけは欠かさず行っているが、もはや現実逃避の域に入っている。




 新しい武器を扱えるようにするか?

 武器を使いこなすのは楽じゃない。剣の腕前もまだまだなのに、そんな事をしている余裕はあるのか?





「ハァ……」




 思わず溜め息が出る。




 ピスに目を向けると、彼は夜空を見上げている。






 真似して見上げると、満点の星空が飛び込んできた。






 綺麗で、幻想的で、夢みたいな景色だ。





 ……いっそ、夢であったら。


 今までの事が全部夢で、覚めたら自分の部屋で、また学校に行って……




「……シンヤ様、シンヤ様!」



 あぁ、またやっちまった。



「どうした?」

「もうすぐ見張りの時間が終わりなのでお知らせしましたのデス」

「そうか、ありがとう」

「シンヤ様……トルカ様も申していましたデスが、このところずっと変デスよ? 何かあったのデスか?」

「分からないんだ。俺の存在意義が。俺は本当に勇者なのかが」

「何を言っているのデスか、シンヤ様こそが世界を救う勇者なのデス! トルカ様を救ったのも、シアルフィア様を救ったのも、シンヤ様の勇気と行動があってこそデス!」

「そこらの冒険者にも劣るステータスでもか」

「それは……」



 ピスは口ごもった。



「シンヤ様、きっと疲れているのデス。交代の時間デスし、今日はお休みするのデス。ね?」

「……そうだな」




 馬車へ帰る足取りは、いつもより更に重くなっていた。


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