クエスト2-9 見直し
「!!」
……夢か。
「いってええええええ!!!」
飛び起きた俺の身体に激痛が走る。
……最悪の気分だ。
せっかくあいつの事を忘れて、第二の人生を生きてきたのに。
呪縛から解放されたと思っていたのに。
何で、今更……!
…………とりあえず、状態を確認しよう。
俺がいたのは、どこかの一室、ベッドの上。
身体を見ると、ブレストアーマーで保護されてた胸以外はそこらじゅう包帯塗れ。
ってちょっと待て、一体何がどうなってるんだ?
ここはどこだ?
何で包帯なんか巻かれてるんだ?
俺は死んだんじゃないのか?
そうだ、トルカは!?
トルカは無事なのか!?
「んぎぎぎ……駄目だこれ、動けねぇ」
身体をうごかそうとするとあちこちが痛む。
かといってもう一度横になるのも痛いパターンだ。
上半身だけを起こした状態から、改めて周囲を見回してみる。
俺が寝かされていたベッドは、宿屋のものとは比較にならないくらい高品質。
部屋の大きさは泊まってた宿屋の4倍くらいだろうか。
ベッド横のサイドテーブルと椅子以外はほとんど物は置いていないが、天井も床も石造りで、清潔に保たれている。
サイドテーブルには俺が装備していた剣や防具と、ハンドベルのようなものが置かれていた。なにこれ?
壁には何かの絵が描かれている。2人の女神と1人の……男神?
何かこれ名前あったよな。何だっけ?
記憶を漁っていると、ノックと共にドアが開く。
……と同時に鈍い音が聴こえる。
「あだっ!? っ痛ぁ……」
「貴方また頭ぶつけたの? これで何度目よ……」
シアルフィアさんとあの時の女神官……? なんでこんなところに?
「あっ、目が覚めたのですね! えっと……」
「シンヤです」
「良かったです、シンヤさん……も、もしこのまま目覚めなかったらどうしようかと……」
「回復魔法が通じたのだから目覚めない訳が無いでしょう。多重詠唱までして治したの久々だったから私もちょっと心配したけど」
ちょっと待って、理解が追いつかない。
「貴方……シンヤ・ハギと言いましたね。事の経緯について説明しましょうか」
「あ、お願いします」
女神官の説明によれば、こうだ。
カルネリア町内で俺とトルカが冒険に出るところをシアルフィアさんが目撃。
父親であるカルネリア領主から目的地を聞き出し、心配になった彼女は装備を固めて風穴の洞窟に向かった。
で、通路でゴブリンの群れに遭遇し、餌になりかけてた俺達を助けて脱出し、治療してここまで運んだ……と。
「五体満足で治せたのは奇跡でしたね。あともう少し遅ければよくて寝たきり、最悪の場合、治せず介錯する他ない状況でしたからね」
「本当にありがとうございました。ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません」
お、お辞儀をするにも身体が痛む……!
「いえ、命を救うのは我々の使命ですから。それに礼ならそこの、図体はでかいくせにやたらと小心者な彼女に言うべきでしょう」
シアルフィアさんに対する言い方が辛辣。
まあ……オブラートに包む必要のない間柄なんだろう。おそらく。
「ありがとうございます、シアルフィアさん。貴方がいなければ、俺達はどうなっていたことか……」
「いえいえ、私は恩を返しただけです。私も、貴方達に一度救われたのですから」
そんなこと……ああ、あれか。
「そうだ、トルカ……いや、俺と一緒にいた魔法使いの女の子は無事なのですか?」
俺の質問には、シエラさんが答えた。
「一緒にいた彼女も一命は取り留めました。ですが、貴方よりも傷が深く、意識はまだ戻っていません」
「そうですか……」
トルカが生きていた。
その事実に、ひとまず胸をなでおろす。
だが、トルカを守れなかったのもまた事実だ。
俺があの時、ちゃんとしていれば……
「回復魔法で治せるのは肉体の状態だけです。疲労を抜く事はできません。また、安定にも時間を要します。食事などは我々神官が持ってきますので、5日程度は大人しくしているように。では、我々はこれで失礼します」
「その、無理はなさらないでくださいね。また様子を見に来ますので、それでは……」
2人は礼をし、部屋を去る。
「痛っ……!!」
ベッドに寝転ぶと、案の定激痛が駆け巡った。
目を瞑ると、あの時の光景がフラッシュバックする。
僅かな見落としからの敗走、仕掛けられた罠。
死への恐怖と、泣き叫ぶトルカ。
心を黒く塗り潰す絶望。
思い出すたび、泣きたくなった。
間近に迫った死の恐怖に。
大事な仲間を守れなかった不甲斐なさに。
注意深くやったつもりが、肝心な事を見落としていた情けなさに。
「結局、相澤の言った通りじゃねぇか……」
どこかで、自分は大丈夫だと思い込んでいたんだ。
そんな訳、あるはずが無いのに。
「ピス、生きてるか?」
ベッドに放り出した左腕に顔を向ける。
ピスはいつものように姿を現さない。
「一応大丈夫デス。今はちょっと姿を出す事は出来ないデスが……」
「そうか、よかった……すまねぇな、ピス。こうなったのは俺の責任だ。俺がしっかりしていれば、こうはならなかった」
「そんなに自分を責めてはいけないのデス、ボクにも責任はあるのデス」
「だったとしても、最終的な判断を下したのは他ならぬ俺だ。あそこで立ち止まって、ちゃんと周囲を見回していれば、こんな事にはならなかったはずだ」
「でも、ボク達は生きていたデス。生きていれば、何度でもやり直せるのデス」
……そうか。
そうだ、生きていれば、生きてさえいれば、また立ち上がれる。
向くべきは、下じゃなくて、前だ。
「そうか、そうだな。ありがとうピス。まずは身体休めて、これからの事考えるよ」
「お役に立ててよかったデス。おやすみなさいデス、シンヤ様……」
瞳を閉じ、意識を遮断した。
……………………
………………
俺達が全滅の危機に瀕してから、3日が過ぎた。
身体はまだ痛むが、動けるようにはなった。
筋トレはできない……というかやろうとしてシエラさんにこっぴどく叱られたが、歩く事は問題なくできる。
もうやらないんで許してください……
夜は、3日ともあの日の夢を見た。
ゴブリンに蹂躙され、捕食されそうになったあの日の事が、鮮明に繰り返される。
あの時の恐怖は、まだ消えそうにない。
思い出すだけで、手が震える。
聞いた話では、俺と同じように捕食寸前まで行ったり、あるいは仲間が捕食されたのを見て発狂したり、精神がぶっ壊れて故郷に引きこもったりする駆け出しの冒険者も少なくないらしい。
俺も全てを捨てて逃げたしたい気持ちが無いかといえば、少しだけ嘘になる。
だけど、やっぱり諦めたくない。
ゴブリンにやられて逃げ帰る勇者がどこにいるかっての! そもそも帰れねぇんだ、前を向いて進むしかない!
そりゃあ、自分が死ぬのは当然怖い。
だけど、トルカを死なせる方がもっと怖いし、相澤の野郎に笑われるのはもっと癪だ。
自分のせいで自分が死ぬのは自業自得だ。だけど、自分のせいで他人が死んだら、それは殺した事と大して変わりない。
悔しいけど、あいつの言ったことは的を射ている。
自分で考えてる事を他人に指摘されるって、こうも苛立つことだっただろうか。
俺が嫌いな相手だったからか?
……いかんな、余計なこと考えすぎた。
そんな俺は今、トルカの病室……病室? とにかく、トルカが眠る部屋にいる。
彼女はまだ目を覚ましていない。
「トルカ……」
部屋にあった椅子をベッド近くに持ってきて、座る。
トルカも、俺と同じように身体中を包帯で巻かれている。
痛ましい姿に、心臓を有刺鉄線か何かで締め付けられるような苦しさが込み上げる。
暫しトルカを見つめていると、ドアが開く。
シエラさんだ。
立ち上がって礼をしてもあまり身体が痛まない辺り、結構治ってきてるな、俺の身体。
「おや、こちらにおられましたか」
「すみません、彼女の様子がどうしても気になって……」
「教会内の行き来程度なら問題ありません。外へ出られると困りますが。ところで、身体の具合はいかがですか?」
「身体はまだ痛みますが、歩き回る分には問題ありません」
「そうですか。その様子であれば、あと2日で元通りに動けるでしょう」
「そうですか。それで、彼女の方は……」
お互いにトルカの方を見る。
彼女は未だ目を閉じたまま、人形のごとく動かない。
「私の予測が正しければ、遅くとも明日には……あら」
トルカが目を覚ました。
「トッ……トルカ、大丈夫か?」
思わず大声で叫びそうになったのをどうにか堪えて、トルカの名を呼ぶ。
「シンヤ……シンッ……っ!」
彼女は起き上がろうとして苦痛に顔を歪め、元の体勢に戻り、顔だけをこちらに向ける。
シエラさんが事の経緯を説明し、トルカはそれを聞く。
「あり……がとう……」
「礼には及びません、使命ですから。それより、貴方が完治するまでには早くて1週間、遅ければ10日以上かかります。その間は安静にしているように」
トルカは無言で頷く。
「では、私はこれで。何かあれば、そちらにある鈴を鳴らしてください」
シエラさんはそう言うと礼をし、踵を返して部屋を出る。
あのハンドベルもどき呼び鈴だったのね。
シエラさんが帰った後の部屋は、妙に静かに感じられた。
トルカは俺の顔をじっと見つめている。
「トルカ、ごめん。俺は、お前を守れなかった。シアルフィアさんが助けてくれたけど、あれは運が良かっただけだ。本当は、俺がなんとかするべきだったんだ」
「シンヤ……」
「すごく、怖かったと思う。俺も怖かった。俺はトルカより3日早く目覚めたけど、寝ると毎晩あの時の夢を見る。俺がもっと……」
「シンヤ」
俺の言葉を、トルカが遮る。
「トルカも、怖かった。でもね、それよりも……悔しいの」
「悔しい……?」
「うん、悔しいの。怖いのは嫌だけど、負けたままは、もっと嫌。だから、治ったら、もう一回行きたい」
そう語るトルカの目に、声に、嘘偽りは感じられなかった。
だったら俺も、あんな奴の言葉を気にしている場合じゃないな!
「シンヤは、どうしたい?」
「俺は……いや、俺も再挑戦するつもりだ。俺も、このままじゃ終われない。トルカ、もう一度力を貸してくれ」
「うん」
正直なところ、トルカが気を病んでしまっていたらどうしようかと思っていた。
だけど内心ビビっていた俺とは違い、彼女はやる気に満ち溢れていた。
そうと決まれば話は早い。
次に挑むための作戦会議だ。
「トルカ。次に挑む際の事だが……新しいメンバーを加えようと思う。俺とトルカだけじゃ厳しい。前衛か斥候が出来る奴を1人加えよう」
「…………うん」
乗り気でない返事が返ってくる。
過去のトラウマ故に、他人を恐れているのだろうか。
気持ちは分かるが、2人じゃ突破は難しいだろうし、どうするか……
「あ、あの……」
「は、はいぃっ!?」
うわびっくりしたぁ!
「シンヤ、うるさい」
「すまん……」
声の方を見ると、シアルフィアさんがいつの間にか部屋に入っていた。
「ご、ごめんなさい! 一応ノックはしたのですが……」
「あ、いえ、すみません……ところで、今日はどのようなご用事で?」
「その、お見舞いに……。良かった、その子も無事目を覚ましたのですね」
トルカの姿を確認し、シアルフィアさんの顔がぱあっと明るくなる。
「おねえさん、ありがとう」
「どういたしまして。ゆっくり休んでくださいね」
「うん」
「それと、シンヤさん。その、さっき仲間を1人加えるという話を聞きましたが……」
「え? ああ、あの洞窟に再度潜る予定を立てていたんです。で、2人じゃキツいから新しく仲間を加えようと」
俺が説明すると、シアルフィアさんは少し考えた後にこう切り出す。
「あの……も、もしよろしければ、私を加えていただけませんか?」
えっ?
「……良いのですか?」
「はい。あの洞窟が封印されたのは最近の話なのですが、予想以上にゴブリンが増えていました。これ以上放置すればこの町にも被害を及ぼしかねないのです」
ボーダーラインはどこか分からないが、確かに尋常じゃない数のゴブリンがいた。放置するのも得策じゃないだろう。
「俺としてはありがたい話ですが……トルカ、どうする?」
「……」
トルカはシアルフィアさんをじっと見つめる。
「……分かった、大丈夫」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、シアルフィアさんが一時的に仲間に加わった。
……………………
………………
さらに3日後。
すっかり元通りになった俺は、新しい武器の購入とリハビリのために非戦闘の依頼を受けまくり、単身町中を駆けずり回っていた。
トルカには一応ピスの腕輪を渡しておいた。トルカは心配いらないと言っていたが、やっぱり気になるものは気になる。
非戦闘の依頼は落し物の捜索から仕入れの手伝いや防壁の修繕など、ささいな依頼から日雇いのバイトのようなものまで色々だ。
討伐系に比べたら大幅に額が減るが、結構鈍ってたので迂闊に討伐やってたら命を落としてたかもしれない。いのちだいじに。
で、買ったものは毒薬と痺れ薬、それから投擲用ナイフを5本とスリングショット。
何故そんなものを買ったかって? そりゃもう手札を増やすためだ。
シアルフィアさんのステータスは未確認だが、見た目的にはどう考えても前衛役だ。もし彼女が壁役を担うなら俺はこのままだと手持ち無沙汰になりかねない。違ったとしても、遠距離からの攻撃方法と搦め手はあった方がなにかと便利だ。
弓ではなくスリングショットを使った理由は、扱いやすさと弾の補充の楽さ。
弓は簡単には扱えないし、矢がいる。
スリングショットは弓に比べれば簡単だし、弾なんざそこらの石ころでも十分だ。
十分な速度があれば、石でも十分な武器になる。
……………………
……………
次の日から、早速練習を開始。
実力チェックも兼ねてシアルフィアさんに同行をお願いした。彼女は俺が初めて見た時と同じフルアーマーに大盾の装備だ。側から見ると強そう。
それにしても女性用っぽくない鎧にあの豊満なバストはいかにして収納されているのか……やめよう、この事考えてると集中できなくなる。
ギルドカードを持っているとの事なので、先にステータスを見せてもらった。
名前:シアルフィア・カルネリア 種族:荒野の民
属性:雷 レベル:12 職業:聖堂騎士
体力:115 魔力:46
筋力:103 敏捷:27
創造:40 器用:36
おいちょっと待て敏捷と器用以外全部倍以上差があるじゃねぇか!?
トルカに比べれば突出具合はマイルドだが、その分汎用性と安定性に優れていると言えるだろう。レベルもまだ12だし。
ちらりとシアルフィアさんの方を見ると、衝撃を受けた顔で俺のカードと顔を交互に見る。
うん、そりゃあそうだ。低スペなんだもの。
「シアルフィアさん、今日はお願いします」
お互いにカードを返し、俺は軽く頭を下げる。
彼女も若干慌てながら頭を下げた。
「は、はい。あ、それと、私のことはフィンとお呼びください。敬語も大丈夫です」
「そ、そうですか……いや、そうか。分かった。俺も別にタメ口でも大丈夫だ」
「あ、いえ、私は昔から敬語話すよう躾けられたのでこっちの方が話しやすいのです。お構いなく……」
「は、はい」
正直、色んな意味で緊張してます。
事前作業を済ませた俺達は、適当に平原を歩く。
湖の方面へ向かうと、早速エンカウント。
「き、来ました! 偉大なる力の神よ、か弱き我らをお守りください! プロテクション!」
3体のジャンクドールが現れると、フィンはすかさず自身と俺にプロテクションという、薄緑で半透明の魔法のバリアを展開する。
随分と手慣れている様子だ。
「よし……!」
フィンが引き付けている間に、スリングショットを横に構え、引っ張って……撃つ!
「あっ」
放ったカタクチの実はジャンクドールの頭を掠めただけ。
しかもジャンクドールが反応し、こちらに向かってくる。
「お任せを!」
フィンが横入りする形でジャンクドールに盾で殴りつける。
シールドスマイトをモロに食らったジャンクドールは、あっさりと粉々になった。
「す、すげぇ……」
残りの2体のうち1体は当たったものの軽傷で、もう1体は盛大に外し、結局フィンが全て片付けることとなった。
こりゃもっと練習しなきゃだな……。
……………………
……………
数日練習して、フィンの戦い方と新武器の使い方は大方分かった。
フィンは球状のシールドを生成する防御魔法であるプロテクションを中心に、いくつかの補助魔法を覚えている。
攻撃技はレパートリーが少ない、と本人は言うが、それでも高いステータスから放たれる技は強力だ。
ちなみに、この世界における物理技は手足または武器に魔力を集中し、瞬間的に切れ味やパワーを増大させる、ブーストと呼ばれる魔法が基礎にある。
効果は単純かつ一瞬だが詠唱不要で消費魔力は少なく習得が楽な上、いくらでも応用が効く。属性も込めればエンチャント、溜めた魔力を打ち出せば遠距離攻撃、手足を強化して連打の嵐……ざっとあげてもこれだけある。
俺? 俺は勿論使えません。無理に決まってんじゃん、魔力スッカラカンなんだし。
スリングショットについては、動かない相手でも8割、動くとなると命中率は3割程。
投げナイフは動かなければ7割、動けば2割。
まあ付け焼き刃ならこんなものか。
とにかく、今度は失敗しない。
絶対にだ。
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