クエスト1-7 負けるものか(後編)

 

 外に出ると、マイティドッグの連中と野次馬が既に待機中であった。


「ようやく来たか」

「あれー?逃げなくてもよかったのかー???」


 向こうの煽りは無視だ無視。


「出でよ、勇者の剣」


 手を抜いてはいられない。俺は勇者の剣を出し、構える。





「ラガード団長、いつものでいいっすか?」

「ああ」

「ようし、パパっと片付けるっすよぉ! 俺はマイティドッグの一番槍ヴァシ・バイル! ……ほら、そっちも早く名乗れよ!」


 ヴァシと名乗るチャラそうな男が急かして来る。

 どうやらこういう戦いの時は名乗るのがルールらしい。


「俺はシンヤ・ハギ……一手所望します」

「……トルカ・プロウン」




 緊迫した雰囲気が周囲を包む。


 多くの視線が俺たちに注がれる。







「ようし、じゃあいくぜ新人さんよぉ!」



 心の準備が整う前に、ヴァシがいきなり槍を構えて突っ込んできた。






 すかさず剣を振るったものの、剣は空を切るだけ……








「ば、馬鹿な!? オレっちの槍が!?」







 えっ?








 奴の方を見てみると、奴の手に持った槍には穂先が無い。




 まさか今の一撃で斬り落としたのか? 








「唸れ炎よ! ファイア!」






 トルカの詠唱で我に返り、すぐさま右へステップを取った。





 すぐ近くを火炎弾が横切り、ヴァシの頰を焼く。



「氷の枷を受けよ! フロスト!」




 続けざまに冷気弾。



 何度も放たれるそれは、徐々にヴァシを追い詰める。





「余所見厳禁よぉ!」

「うわっ!!」






 横から鋭い斬撃が襲い来る!





 咄嗟にかわしても、即座に次が来る。



 くそっ、幾度も飛んでくる切っ先をかわすのに精一杯で攻撃を当てることなんざできやしねぇ!




 こうなったら被弾覚悟で突っ込むしか……





「っ!!」





 攻撃をかわし損ねた!


 頰に擦り、熱と痛みが走る。





 被弾覚悟なんかやったら死ぬ! いのちだいじに!








「あら、私とした事が名乗るのを忘れたわぁ。私はポルメリア・アエリアよぉ。ほらほらぁ! もっと必死に逃げなさぁい!」





 嘲るようなシーフ女の態度。




 ふざけやがってこの野郎!






 攻撃の隙をどうにか見計らって敵と距離を取り、体勢を立て直す。





「おらぁ!」






 全力で放った斬撃。


 それを軽くかわされ、大きく隙を晒してしまう。





 まずい、次は避けられない!






「唸れ炎よ! ファイア!」





 そこに割り込んだ炎の弾丸は、ポルメリアに直撃する。

 背中が熱い。







「助かったトルカ! そっちは大丈……うわーお」







 トルカの方を振り向くと、トルカの近くに人間大の氷塊が一つ。





 あと2人。




「あ〜ら、まともに魔法を当てられないクソガキにし

 てはよく当てられたじゃなぁい?……まあ、まぐれでしょうけどね」




「…………」







 お互いにすごい殺気を放っている。






「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」







 単体でなら恐らく向こうの方が上だが、それだったら2人掛かりで挑むまでだ!




 ポルメリアに斬りかかり、反撃したところを鍔迫り合いの格好になる形で防ぐ。



 奴の持つサーベルの切っ先が豆腐のごとく切れる。




 鍔迫り合いすら許さないとはかなりえげつないぞこの剣。





「ちっ!」

「唸れ炎よ! ファイア!」





 背後からファイアが飛び、ポルメリアに追い打ちをかける。






 姿勢を低くして俺自身への直撃を回避。






 ポルメリアの体勢が崩れたところを追撃するためにそのまま突っ込





「氷の枷を受けよ! フロスト!」






 ……まずに横に飛ぶ。危ねぇ、俺が被弾したらシャレにならない。






 フロストで左足の動きを封じられたポルメリアへ、今度こそ追撃しにかかる。




 最後の抵抗とばかりに身体を捻って攻撃を回避し、折れたサーベルで反撃してくる。



 それを勇者の剣で防ぎ、更に破壊する。



 すると、諦めたのかサーベルを捨てて両手を上げ、降参の姿勢を取る。


「悔しいけど、2対1じゃ流石にしんどいわぁ。どうやらあの小娘に運が味方したようだしぃ? ……まあいいわぁ、私達に勝てても、ラガードに勝てるかしらぁ?」


 そう言って女はラガードと呼ぶおっさんの方に目を向ける。

 そいつは呆れたようにため息を吐きつつ、こちらへ歩み寄ってきた。


「やれやれ……いくら武器が強いからといって素人二人に手間取るとはな……まあいい。この俺が直々に相手してやろう。俺はラガード・ワイラー、マイティドッグのリーダーだ。……なあに、安心しろ。ちゃんと手は抜いてやる」


 わかめみたいな髪型をしたおっさん……もといラガードはニヤリと笑い、剣を構える。



 巨大な体格から放たれる威圧感は、パーティ名の通り闘犬のそれと似ている……かもしれない。



 奴の持つ雰囲気は、さっきまで相手していた2人とまるで違う。素人の俺ですら分かる格上のオーラだ。




 だが、臆するわけにはいかない!




「かかってこい……」

「言われなくてもそうしてやる!」






 緊張と恐怖を振り切るように、斬りかかる。



「フン」




 だが、それはいとも簡単にかわされ、腹に膝蹴りを受ける。




 勢いを殺されたところに、更に肘打ちで追い打ちをかけられ、俺は地面に叩きつけられた。





「ぐはっ……!」





 ラガードに背中を踏みつけられ、起き上がることもできない。








「無駄だ小僧。いくら強い武器を持っていても、本人の強さが伴ってなければ意味を為さない」





 絶体絶命の状況の俺に対し、ラガードはそう言い放つ。



 悔しいが奴の言葉は本当だ。俺がトレーニングについやした時間はせいぜい1年半。



 それでも動きは初日とは比べ物にならない程良くなったが、何年も常に戦ってきた連中と肩を並べるにはまだまだ程遠い。




「くそっ……!」






 どうにかこうにか身体を動かして剣を振るい、ラガードの足をどかして態勢をを立て直す。


 が、今度はサッカーボールのごとく蹴っ飛ばされる。


 ガタイの良さは伊達ではなく、丸太のように太い脚から放たれる蹴りは重く強烈な一撃。





 完全に敵として見なされていない。虫を痛めつけるのと同じように、蹂躙されている。




「シンヤ!」





「フン、他愛ない。しかしトルカよ。この俺にそれを向けるとはなぁ! 拾ってやった恩を忘れたか!?」







 ラガードは声を荒げ、野犬のごとく襲いかかる。


 対象は俺ではなく、トルカだ。






 戦士らしい大柄な体格ながら、そのスピードは俺より速い。






 距離と速度を考えると、割り込みは間に合わない。なら……






「させるか!」







 どうにか起き上がり、渾身の力で勇者の剣を投げた。





 俺の手を離れた剣は、回転しながらラガードに迫る。





 が、距離が足りず、奴の手の届く範囲に剣が突き刺さってしまった。





 くそったれ、これじゃあただ武器提供しただけじゃねぇか!




「ふん!」





 ラガードはトルカの首根っこを掴み、乱暴に地面に叩きつける。





「ぐっ……う……!」






 トルカの苦しそうな声が聞こえる。



 くっそ……助けに行こうにも、全身が痛くて思うように身体が動かねぇ……!









「馬鹿な奴だ……勇者の剣をわざわざこっちによこすとはなぁ。どうやらあいつもお前を見限ったようだな。ちょうどいい、この剣で断罪して……!?」








 ラガードは自らの剣を投げ捨て、勇者の剣を掴んで振り上げた。













 ……いや、振り上げようとした。






 しかし、ラガードは地面に刺さったその剣を抜く事が出来なかったのだ。

 いくら奴が剣を引っ張っても、使われるのを否定するかのごとく微動だにしない。





 忘れてた。あれは勇者の剣だから俺にしか扱えないんだった!


 逃すか、この瞬間!






「適当なこと……言ってんじゃねぇ!」







 俺は痛みを堪え、鉄の剣でラガードを背後から斬りかかる。






 ラガードは剣を片手で受け止めるが、トルカに隙を晒す格好になった。





「あ……ケホッ、いぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!」




 トルカはそれを逃さず、言葉にならない叫びと共に魔法をぶつける。






 まるで樹木のように広がる氷の槍は、ラガードの左脇を貫き、頭のすぐ近くまで迫る。








 ラガードが頭を少しでも下げていたら頭も貫通していただろう。





「き……貴様……」





 氷によって隙間ができたトルカは、ラガードの手から脱出。




 即座に魔法をゼロ距離でぶち込み、態勢を崩させる。







 そうだ、こうしている場合じゃない。





 俺はそのままラガードに馬乗りになり、奴の首元に鉄の剣を向ける。トルカもラガードの頭に杖を向けた。







「降参しないならぶち抜くぞ、おっさん」

「ば……馬鹿な……ちっ、俺の負けだ」






 観念したラガードの声から一瞬置いて、辺りから一気に歓声が湧き上がる。










 ーーーー俺の意識はそこで途絶えた。

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