人のために
勝利だギューちゃん
第1話
誰もいない冬の海。
イーゼルを立てて、キャンバスを置き、
僕は、静かに筆を走らせた。
特に意識はしていない。
何かが下りてきたように、手が自然と動く。
できあがりは、たいしたものではない。
でも、それで満足だった。
誰に見せるためでもない、自分だけの絵。
悪い言い方をすれば、ひとりよがり、自己満足・・・
でも、それでよかった。
本当に、自己満足なのだから・・・
「今日も、描いているんだね」
「また、君か・・・」
ひとりの女の子に声をかけられる。
1か月程前から、僕の前に現れては、絵を覗き込んでくる。
そして、一言いって、去っていく。
絵の感想ではない。
ただの、挨拶だ。
最初は、疎ましかったが、だんだんと慣れてきた。
ぼっちの僕には、絵だけが友達だった。
なので、人と会話は最小限しかしない。
周りも話したがらない。
それで、よかった。
「ねえ、私描いてよ」
「君を?」
「ねえ、描いてよ」
「人物は描いたことないんだ・・・」
「なら、私が初めてね。ねえ、描いて」
何がたくらみなのか、わからない。
冷やかしの可能性が、高い。
「わかったよ。でも、上手く描けないよ」
「いいよ」
女の子は。ポーズを取る。
(それを、描けということか・・・)
僕は、筆を走らせた。
だが、何かが下りてきてはくれなかった。
生まれて初めて、意識して描いたと思う。
「はい、出来たよ」
「うわあ、ありがとう。可愛くかいてくれて」
「いや、そんなことは・・・」
女の子に、封を渡される。
「少ないけど、代金。じゃあ、この絵もらっていくね」
女の子は、去っていた。
それっきり、現れる事はなかった。
今となっては、女の子が誰なのかはわからない。
「名前くらい、訊いとけばよかったかな」
女の子からもらった封は、開けずに残していたが、数年経って開けてみた。
中には、諭吉さんが1枚と、手紙が入っていた。
「やあ、元気?
君がこれを読んでいるのは、もう私はいないということだよね。
でも、開けるのが、遅いよ。
君は、いつでもひとりで絵を描いてたね。
怒るかもしれないけど、私はそんな君に興味がわいた。
だから、声をかけてみた。
正直、最初は冷やかしだった。
でも、だんだんと絵を描いている時の君が、カッコよく思えた。
そして、いつしか恋をしたの。
これは、本当よ。
でもね、私はそれを君に伝える事ができない。
でも、君との思い出を作りたかった。
忘れてくなかった。
だから絵を、描いてもらったの。
大事にするね。
お金は、私がバイトして貯めたお金なんだぞ。
もし、また会えたら、声かけてね。
あっ、名前は教えないよ。
気付いてくれるって信じているから」
ここで、終わっていた。
初めて、売れた自分の絵、今はどこにあるのかわからない。
でも、大切にしてもらってると祈ろう。
いつか、また会える日まで・・・
人のために 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます