犬と、猫と、それから人の物語。
山下若菜
「まるっ!」
私の名前は「まる」。
本当は「まる」になる前の名前もあるんだけれど。
私は、「まる」。
人の心をまあるく「まる」にするために生きた犬。
ある春、私は子犬を沢山産んだ。
そしたら外に捨てられた。
子犬を沢山抱えて困っていると、道行く人が「このままじゃ保健所に連れていかれてしまう」と動物病院に連れてきてくれた。
私は少し助かった。だけど動物病院のみんなは困っていた。
理由はわかっていた。
私は病気じゃないし、子犬達も病気じゃない。ただ、帰る家が無いだけ。
困った動物病院の先生は近所の小学校や公民館に「犬、譲ります」と貼り紙を出した。
すると、小さな私の子供達はすぐに飼い主が見つかった。
子供達と離れることは辛く悲しかったけど、私じゃ守ってあげられない。だからどうか幸せに。私のように捨てられないで、どうかどうか幸せに。
私はひとりぼっち病院に残された。
「子犬を譲ってくださると聞いて」
と、女の人が三人の子供を連れてやってきた。
動物病院の先生は
「子犬は全部飼い主さんが決まったんです」
と言って、
「親のほうなら居ます!すごく頭のいい可愛い子なんですよ!!」
と捲し立てた。
私は隣の部屋の檻の中で
「子犬をもらいに来たのに、私なんか必要とされてない」
と、そっぽを向いていた。いろんな悲しさで心がとげとげしていた。
すると女の人は
「そうなんですか。会ってみたいです」
と言った。その言葉に私はとっても嬉しくなって、檻の扉が開いたと見るやいなや、動物病院の先生に呼ばれるより早く女の人のいる部屋に飛び込んだ。
捨てられた私に会おうなんて人がいてくれるなんて、嬉しくて嬉しくて、女の人と三人の子供の顔を見た瞬間!
......私は思わず部屋の隅におしっこをしてしまった。
そこで「しまった!」と思った。
「頭のいい子」って動物病院の先生に紹介されたのに...これじゃあ飼って貰えない。
私はすごく悲しくなった。ごめんなさいって思った。そしたら、女の人は笑って言った。
「可愛い子だね。ウチにおいで」
その言葉に三人の子供達は大喜びしてくれた。私は胸がいっぱいになった。
動物病院から出たその足ですぐにさんぽに連れて行ってもらった。
新しい首輪を買って貰って嬉しくて、私はみんなをぐいぐい引っ張るようにおさんぽをした。
三人の子供達は誰が私のリードを持つかと奪い合ってくれた。そして、私の名前を何にするかでケンカが始まった。
私は「ケンカはダメだよ」と思う反面、私の為にケンカまでしてくれることが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
ケンカして泣いている一番小さな女の子の涙を、私はなめて拭いてあげた。
子供達は私の頭を撫でてくれたし、女の人は「ありがとう」と笑ってくれた。
私の名前は「まる」に決まった。
私がいると子供達がはなまるの笑顔になるから「まる」。人間関係をまあるくしてくれるから「まる」。それと、私があんまりにも痩せていたからもう少しまるっとするようにという祈りを込めて「まる」。
私は「まる」になった。
家族とはいろんな所に行った。
いろんなものを食べ、いろんな人に会った。
子供達がケンカを始めたら私は仲良くするようにとお腹をみせてころがった。
誰かが落ち込んでいる時は、鼻でそっと背中を押した。
家族が悲しんでいる時、何にもできないこともあったけど、笑ってくれるまでずっとそばに居た。
時が経って、子供達は大人になり
家族バラバラに暮らすときがきても
「まるはウチで飼う!」
とみんな口を揃えて言ってくれたのが嬉しかった。
私はみんなの役に少しは立てていたんだろうと、自分の名前をとても誇らしく感じた。
私は大人になった一番小さな女の子と暮らすことになった。
一番小さな女の子は、歳をとって目が見えにくくなった私のことも疎ましがらず、さんぽに行ってももう昔のようにぐいぐい引っ張ることの出来ない私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
毎日毎日降り注ぐような愛をくれた。
一番小さな女の子が結婚する時も
「まると一緒に暮らせることを本当に喜んでくれる人だから、この人にしたのよ」
と笑ってくれた。
私は本当に幸せだった。
私はもう歩けなくなって。
目も全然見えなくなって。
体もよく動かなくなって。
思えば「まる」になったあの日から二十年の年月が流れていて。
私は本当に幸せだった。
眠りについたら天国からお迎えがきて、私は旅に出ることにした。
それを見送りに家族が全員集まってくれた。
ケンカをしていても
笑いあえない日だったとしても
私といる時はみんなまあるい笑顔になった
私は「まる」。
私の名前はきっと最初から「まる」。
人の心をまあるくするために生まれて生きて
今でもずっと。
思い出は「まる」。
あなたが思い出してくれる時、心をきっとまあるくする。
「まるっ!」
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