サンタさんとトナカイさんのクリスマス

サキバ

サンタさんとトナカイさんのクリスマス

 寒い。

 雪の中で何もせず座っているのだから当然だ。気がつけば肩の辺りに雪が積もっており、二度払い落とした。


 周りを見渡せば手を繋ぎ合っている恋人たちがちらほらと見えて、ため息をつきたくなった。


「クリスマスは恋人たちの日、か」


 ずっと座っていたベンチは自分の座っていたところ以外に雪が積もっていて、酷く惨めな気分になる。


 何故自分はずっとここに居座っているのだろう。もう答えなんて出ているはずなのに。もしかしたらという希望に縋っていて、自分の矮小さに反吐が出そうになった。


 もう帰って、一人でゆっくりとラーメンでも食べようと思い、立って体を伸ばすと隣のベンチに座っていた女も同じように立っていた。


 そういえば彼女もずっとそこで座っていた。たまにスマホを覗いてはため息をついていて、多分自分と同じように誰かを待っていたのだ。


 そう思うとなんともいたたまれなくて、気恥ずかしくなった。知ってはいけないことを知ってしまったような、見てはいけないものを見てしまったようなそんな気分。


 だけど同じように彼女に対して同族のような意識を持ったのも当然のことだろう。

 思わず興味を持った視線を彼女に向けてしまったが、赤い眼鏡をつけた彼女と目があった。それは俺と同じように興味を持った目だった。


 だから、つい話をしてみたいと思った。


「「あの」」


 そうして口を開けば、同じように俺に話しかけようとした彼女と声が重なった。

 その顔を見るとキョトンとしたような顔をしていた。俺もきっとそう変わらない表情をしているはずだ。


 気がつけば、俺と彼女は一緒に声を出して笑っていた。





 ひとしきり笑った後、同じベンチに隣り合って座った。よく知らない人間とクリスマスに隣り合って座ることがあるとは思わなかった。


「カップルばかりですね、周り」

「クリスマスですからね。羨ましいばかりです」


 手を繋いだカップル達が目の前を通ると、


「本当だよ」


 そう言って笑う。

 さっきまで鬱屈とした気分だったはずなのに随分と気が楽になった。隣に座っている彼女に目を向けると、赤いニットを被って、白いマフラーをつけている姿を見て、サンタみたいで思わず笑ってしまった。

 そんな俺に彼女も気付いたのか、若干ムッとした顔をしていた。


「なんですか、突然笑って」

「あー、ごめんごめん。なんかサンタに見えるなって」


 彼女は自分の格好を見直して、ああ、と納得したような声を上げると、今度は俺を見て笑う。


「ならそんなあなたはトナカイですね」

「トナカイ? ……茶色のコート着てるだけですよ。ツノもないし」


 自分の格好を改めて見て、首を傾げると彼女は自分の鼻を指差していた。


「赤いじゃないですか。鼻が」

「ああ、なるほど。ずっと外いたから」


 赤いトナカイはいつもみんなの笑い者ってね。なるほど、これはトナカイかもしれない。いや、もちろん彼女がそんなことを考えて言ったはずはない。さっきからネガティブなことばかり考えているのはやはり心が弱ってるのだろうか。

 自分の頭を振ってから気持ちを切り替えると、彼女は不思議そうに首を傾げたが特に何も聞いてくることはなかった。


「あの、サンタさん」


 彼女の名前を知らないので、そう呼びかけると少し驚いた様子を見せて、小さく笑った。


「なんでしょう、トナカイさん」


 うーん、変な気分。気恥ずかしいが別に嫌ってわけじゃない。彼女、──サンタさんもこんな気分なのだろうか。


「ああ、いや寒くないかなって」

「そりゃあ、寒いですけど。冬ですし」

「だからちょっと暖かいところ移動する?」


 俺は至極まともな提案をしたと思うが、内心では抵抗がある。正直なところあまりこの場所から移動したくはなかった。

 しかし、寒空の下で女を立たせるのは如何なものなのか 。


「うーん、別に大丈夫です。と、トナカイさんが移動したいなら別ですが」


 サンタさんは悩んだように声を上げると、そう言って断った。だが、体がぶらりと震えたところを見るとやはり心配になる。


「じゃあ、温かいもの買ってくるよ。なんか飲みたいものある?」

「あ、じゃあココアで」

「りょーかい」


 近くにある自販機からココアと俺の分のコーヒーを買った。手に立った缶に思った以上の熱さを感じながら最近も自販機でココアなんて買ったな、なんてどうでもいいことを考えた。




「ところでどうしてずっとここに?」


 ココアを小動物のようにチビチビと飲みながらサンタさんはそう聞いた。もともとその話をするためにここにいるのだ。

 一口コーヒーを飲んで、首を鳴らした。


「本当は待つ必要なんてなかったんですよ、俺は」


 その役目は俺じゃない。選ばれたのはアイツだ。


「俺にはね、幼馴染みってやつが二人いるんですよ」

「幼馴染み」

「そうそう。男と女の幼馴染みが二人。幼稚園からの付き合いでね。大学までずっと一緒なんですよ」


 サンタさんは俺の話を聞いていた。


「困ったことに俺はその幼馴染みの女の子に好きになって、同じようにもう一人の幼馴染みもその女の子のことを好きになったんですよ。いわゆる三角関係ってやつです」


 ──サンタさんは俺の話を聞いていた。






 流石にズルズルとした関係はそろそろ終わらせないといけない。俺は幼馴染みの男と、仮に佐藤と呼ぶが、概ねそのような話をした。

 その結論として、その幼馴染みの女を、そちらは高崎と呼ぶが、イブにデートに誘うことにした。


「どんな結果になっても恨みっこはなしだ」


 と、茶化したように俺は言ったが、実際のところ無理だろうなという気持ちがあった。おそらく高崎は佐藤の事が好きなのだろう、と何となく察していた。

 この話を受けたのは、一重にこの気持ちに終止符を打つためだ。

 だが、一応俺にも意地はあった。好きな女を何もせずに諦められないくらいには執着があった。

 幸いイブまでには半年ほど時間があり、その間に俺はできるだけ高崎との距離を詰めようとした。


 俺はそれなりに上手くやってきたと思う。

 休みの日に二人きりで遊びに誘ったり、彼女が嫌がらない程度にスキンシップを取ったりもした。しかし、彼女の中にはいつでも佐藤がいた。

 彼女の中では俺は仲の良い友達でしかないことをこの半年の中で痛感した。

 もちろん嫉妬はしたが、心のどこかで俺は安心していた。俺は高崎のことが好きであると同時に佐藤の幸せも願っていたからだ。


 だから俺は約束の一週間前の日、彼女を誘った。


 お互いの家のすぐ前に高崎を呼び出した。俺たちは子どものころに使っていたブランコに座っていた。

 高崎もなんとなく俺の言いたいことが分かっているのか何も言わず、ギコギコとブランコを揺らしていた。


「なあ」


 意を決して俺が声を出すと、高崎はブランコを揺らすのをやめた。


「ずっと言いたかったことがあるんだ」


 高崎は何も言わなかった。俺も高崎がどんな顔をしているのかは見なかった。ここまできたらもう止められない。


「ずっとさ、好きだったよ。お前のことが」


 飾った言葉を考える余裕なんてなくて、それだけの言葉しか伝えることができなかった。もっと言いたいことがあったはずなのに。


 沈黙が流れた。

 そして、高崎は──


「ごめんなさい」


 その声は震えていて、酷く俺の心を揺さぶった。

 言う前からそんなことは分かっていたのにどうして俺はこんなに傷ついているのか。諦めなんてとうの昔につけていたはずなのに。

 それでもそんな表情は見せてはいけない。


「そうか」


 きっと上手く笑えたはずだ。そうでないといけない。気にした素振りなんて見せる訳にはいかない。


「ごめんな」


 これでいいんだ、これで。

 高崎は俺の隣で俯いたまま、ブランコをこぎ続けると、しばらくして立ち上がって歩き出した。

 そんな彼女の後ろ姿を見て、どうしてか一人ぼっちになったような気がした。


「高崎!」


 気がつけばそう声を発していた。

 高崎は俺のそんな声に立ち止まった。だけど俺には言葉なんてなくて、そのまま黙って下を向いてしまった。高崎も気がつけばいなくなっていた。

 いったい俺は何を言おうとしたのだろうか。


 一人になった俺は彼女のために買っていたココアのプルタブを開けて、飲んだ。久しぶりに飲んだココアは記憶の中のものよりずっと甘くて、その甘さに少しだけ吐き気を覚えた。





「それでも俺はもしかしてなんて期待してここに座ってたんですよ。最初から諦めるつもりなんてきっとなかった」


 佐藤と高崎が一緒にいる所を想像すると、落ち着かなくなって誰も来ない場所で俺は一人座っていた。なんて惨めだろう。

 結局、俺は心からあいつらを祝福なんて出来なくてみっともなくこんな所に来てしまった。これではまるで馬鹿ではないか。


 サンタさんは俺の話をずっと黙って聞いていた。そんな彼女は微笑んでいた。その顔を見ていると、心が凪いだ。自分に対する失望も嫌悪もゆっくりとなりを潜めた。


「それでは私の話をしましょうか」


 俺が平静になると、サンタさんはそう話を切り出した。


「今日は、恋人を待ってたんですよ」


 俺はサンタさんの話を聞いていた。


「私もあの人は来ないなんてこと知ってたんですよ。私のもとには来ないことは」


 俺は、サンタさんの話を聞いていた。




「私の恋人は酷く浮気性なんですよ」


「私以外に三人の恋人がいるんです。そこまでいくと呆れを通り越して、笑えますよね」


「多分、その中の誰か一人と今日はいるんでしょうね。私も言われたんですよ、彼には一応。お前とはクリスマスは一緒に過ごせないって」


「でも、私はあの人を嫌いにはなれないんですよ。恋人がたくさんいても、クリスマスを一緒にいられなくても」


「だって私はずっと彼に助けられてきましたから」


「私ね、高校の時いじめられっ子だったんですよ。あまり主張することができませんでしたし」


「でも、彼はいつも私を助けてくれたんですよ。彼がイジメを止めてくれて、私が輪に入りやすいように雰囲気よくしてくれたりして」


「だから気が付いたら彼に恋しちゃってました。単純ですよね」


 そしてサンタさんは照れ臭そうに笑った。


「告白したらOK貰って、飛び跳ねるように嬉しかったです。他にも恋人いるなんて思わなかったですけど。それでも嬉しかったんですよ、私は」


「恋人がたくさんいるのは残念でしたけど、嫌いにはなれませんでした」


「ずっと一緒にいたくて、同じ大学に行って、同じサークルにまで入りました」


「クリスマスまで一緒にいたかったんです」


「一緒にいられないって分かっても私は彼にメールを送り続けました」


「返信がなくても私はずっとここで待ってました。彼がここに来てくれるのを信じて」


「私はあの人の特別になりたかった」


「私だけを選んで欲しかったんです」


「でも、それも」


 ──もう潮時かもしれませんね。



 語り終えた彼女は疲れたように笑っていた。それは諦めた者の表情だった。俺はそんなサンタさんに何も言わず、既に空になったコーヒーの缶を目の前にあるごみ箱に投げた。

 クリスマスの喧騒はまだ続いていて、雪は未だに降り続いていた。


「なんで待ってたんでしょうね、俺」


 そんな言葉が口からポロリと零れた。そう口にした瞬間押さえつけていた何かが溢れだしそうになった。


「待つくらいに好きだったんですよ、トナカイさんも」

「それもそうですね」


 サンタさんがそう答えると、俺はそれが愉快で笑った。サンタさんも同じように笑った。周りの目なんか気にならないくらいに腹を抱えて笑った。

 だけどなぜだか、こんなに笑っているのに涙が流れて止まらなかった。


 気がつけば雪は止んでいて、それでもクリスマスの喧騒は未だに続いている。





「ありがとうございました。それじゃあ」

「ええ、こちらこそ。さようなら」


 話をした後、俺達は別れた。

 あれ以上お互いのことは何も聞かず、つまらないことで盛り上がって、夜が明けるまでには終わった。

 もう会うことなんてないかもしれない。だけど、今日のことを忘れることはきっとない。

 ただ一つ後悔している事がある。

 せっかくサンタとトナカイが揃ったのだ。


「メリークリスマスくらい言っときゃよかった」


 そしてまたおかしくなって笑った。

 本当に今日は笑ってばかりのクリスマスだ。












 実のところ俺とサンタさんは割と簡単に再会することができた。どうやら同じ大学らしく、構内でバッタリと会ってしまった。

 まさかもう一度会うなんて思わず、戸惑ってしまった。サンタさんと顔を合わせると、また声を出して笑った。


 そして、俺達はたまに会うようになった。一応、名前も聞いたのだが何となくずっと彼女のことをサンタさんと呼んでいる。


 俺は付き合い始めた幼馴染み二人と最初はギクシャクとしたものの、すぐに最適な距離感を見つけられた。

 彼女もあの後からしばらくして、恋人と別れたようだが友人としていい関係を築けているらしい。



 そして今年のクリスマスに俺はサンタさんを誘った。あの時に出会ったあの場所で。前と同じ格好をして、今回は角でも付けてこようかなんて本気で悩んでやめた。


 今年もクリスマスには雪が降って周りにはカップルがたくさんいる。

 その中で去年と同じようにサンタのような格好をした彼女がいた。サンタさんがそこに来ていたことに安心して、同じように彼女より遅れてやってきたことが少し恥ずかしい。

 それを誤魔化すように俺は去年言えなかったセリフでサンタさんに声をかけた。


「メリークリスマス」


 サンタさんは俺に微笑んだ。

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サンタさんとトナカイさんのクリスマス サキバ @aruma091

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