二十八話 決戦

 僕は味気ない内装の個室に、四人の男たちと押し込まれていた。

 皆防弾チョッキを身にまとい、ヘルメットにゴーグルと大仰なくらいの重武装。めいめいに武器を手にしているのだが、どう見ても小銃だ。

 近代兵器にはとんと疎いのだが、アサルトライフルやサブマシンガンの類であることはわかる。そして、どれも鮮やかな紫に光っていた。鹿島さんの話によると、今回の作戦に参加する第四課のメンバーらしい。

 制服を加工して武装にしている僕らは、逆に目立っている。

 白羽さんは落ち着きなくあたりを見回し、時折窓の外を覗いていた。

 委員長は不気味なくらいに落ち着いている。まるで死地へ赴く兵士のような横顔だ。

「では、作戦概要を説明する」

 鹿島さんの渋い声で、グッと現実に引き戻される。

「今回、都内T市にある自衛隊の駐屯地が死人の集団に襲撃された。住民の避難は完了しており、現地の呪術師が駐屯地周辺を封鎖している。30分前まで内部の隊員も応戦している様子が確認されていたが、今は完全に沈黙している。ここまでで何か質問は?」

 ヘリコプターの中は静まり返った。エンジンの微振動が座席を通して伝わってくる。

「敵の目的は、戦力の確保だと思われる。駐屯地内の隊員を死人化し、収蔵されている銃火器に術式を仕込むことで、より強力な機動部隊を編成することができる。我々の任務は占領された施設内部に切り込み、陣頭指揮を執る徐福を排除、死人の掃討、生存者の救出及び隠蔽工作だ」

 そこで突然、白羽さんが手を挙げた。皆の視線が集まる。それは決して好意的なものではなかった。

「死人の掃討なら、わたし一人で充分です。皆さんは生存者の救出をお願いします」

 鹿島さんが冷たい視線を投げる。

「何か策でも? 一体でも打ち漏らしがあっては困りますが」

 いやな視線のぶつかり方だ。

 しょせんは屍と人。

「結界で死人を選別、適合対象を箱庭幻術に引きずり込んで叩きます」

 彼女はいまという事実に慣れ始め、落ち着きを取り戻していた。

「……いいでしょう」

「ただ、わたしが普段展開している『負傷の無効』の結界は張れません。それでよければ」

「あぁ、かまわん。我々は自分で身を守らせてもらう」

 死人の直接の支援は受けない、という言外の圧力を感じ取れる。

「駐屯地の1キロ手前に着陸。十分の準備時間の後、西側の正門から突入する。第四課は徐福の元まで二瀬と戸部を護送、その後は射撃でサポートしろ。以上だ。何か質問は?」

「あの、ひとついいですか」

 恐る恐る切り出す。

「なんだ」

「この作戦って、僕が負けたら破綻しますよね。他に方法はないんですか?」

 別に、負ける気でいるわけではない。だが、万が一の保険はあるに越したことはない。

「あることにはある。例えば、大量の呪力に直接さらし、蒸発させる方法が伝わっている。だが、事実上不可能だ。かつては二十人ほど動員して実行していたらしいが、全員のタイミングを合わせるのが至難の業らしい」

「そう、ですか……」

 僕は仕方なく黙り込む。

「一人でこれほどの出力を行える呪術師もいないしな。呪力の量は想いのたけ……それほどの激情を宿しながら理性を保つなど、修羅の道にも程がある」

 再び静かになる。ヘリ全体が大きく揺れる。

「到着まであと二十分だ。各自、備えるように」

 

 暗く沈んだ住宅街の片隅にある、小さな公園。湿った風がゆっくりと吹き抜けていく。住民は避難したのか、まったく人の気配がしない。

 第四課の人たちは、装備を確認したりゆっくり身体を動かしたり、中には簡単な呪術で調子を確かめている人もいる。

「お二人とも、ちょっといいですか」

 白羽さんがそっと声かけてくる。

「お二人には、これを渡しておきますね。呪力を通せば身体能力が大幅の向上します。個人差はありますが、おおよそ五十から六十倍になります。補助になると思うので」

 そういうと、二枚の呪符を差し出してきた。

「うん、ありがとう」

 ぼくは白羽さんに微笑み、そっと受け取った。

 彼女もうれしそうに微笑み返す。

 正直、かなりありがたい。

 僕の身体強化では百倍前後が限界だ。そこにさらに五十倍上乗せされることになる。

「私はいいや。二瀬くん、二枚とっておいてちょうだい」

 委員長は呪符をこちらに差し出す。

「でも……」

「私の薙刀の効果は知ってるでしょ? 相手との実力差の分だけステータスを底上できる。二瀬くんがとっておくほうが得策よ」

 彼女の目は真剣そのものだった。と同時に、何か違和感を覚えた。

 何か企んでいるような……僕らに知らせていないモノを隠し持っているように思えた。

「時間だ、集まれ」

 少し遠くで集合がかかる。

「とにかく、もっておきなさい。あなたが切り札なんだから」

 僕の手に押し付けると、そそくさと離れていった。



 駐屯地周りは幾重にも結界が張り巡らされていた。

 一同は、正面口に立つ。衛所には生々しい血痕が残されている。

 建物の方から、時折銃声が響く。

 白羽さんが悠然と歩み出る。

 ゆるりと扇子を掲げ、呪力を込める。

「複合術式――ゆめあそび、解」

 莫大な呪力は幕となって一帯を飲み込み、死人を絡めとる。

「それでは、参ります」

 扇子がひときわ明るく輝き、白羽さんと共に消えた。

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