五話 はがれる嘘

「ユウ君、うちに来るの久しぶりですよね」

 白羽さんはクッキーとジュースをのせたお盆を持って部屋に入ってきた。

 落ち着いた橙色のカーペットが敷かれ、ベッドと勉強机、小さな本棚が置かれている。

 全体的にオレンジ系統の明るい色で統一された部屋。ただ、装飾品の類がほとんど無い。女子の部屋というのは、もっとコテコテしていると思っていた。

 部屋の真ん中に置かれた座卓に二人分のノートが広げられている。

「少し休憩しましょう。クッキーも焼けましたし」

 彼女はノートをどけると、そっとお盆を置く。

「さぁ、どうぞ」

 僕はクッキーを手に取り、口へ運ぶ。噛み砕くと、サクッ、といい音がする。まだほんのりと温かい。生地の香りが口に広がる。美味しい。

 なんだかいつもより少し甘い気がする。

 彼女はいつもクッキーに一工夫加えてくる。きっと今日は砂糖を多めにしたのだろう。

 彼女は食べようとしない。いつもは食べるのに。

「今日は食べなくていいの?」

「ええ。今日のは会心の出来なので、ぜんぶ貴方に食べて欲しいんです」

 頬杖をつき、ウットリとした目でこちらを見ている。

 なんだか頭がぼーっとする。やっぱり寝不足なのかな。ちゃんと忠告に従っておけばよかった。

 白羽さんは、相変わらず幸せそうな笑顔で僕を見つめている。

 それにしても、瞼が重い。

『ユウ君、最近戸部さんと仲いいですよね』

 なんだか眠い。

「いや……仲が良いわけじゃない……よ……」

 うまくしゃべれない。

 部屋がかすんで見える。

『ユウ君、こちらに来てください』

 身体が自然と動く。

 白羽さんは正座しており、太ももをトントン、と叩いて頭をのせるよう促す。

『眠いんですよね?寝転がってください』

 素直に従う。カーペットの上に寝転がり、頭を彼女の膝の上に乗せる。太ももがやわらかい。少しだけ、彼女から甘い香りがする。

『そもそも、ユウ君が悪いんですよ?わたしの忠告を無視して、戸部さんなんかにたぶらかされて』

 そっと頭をなでられる。やわらかい掌が、綺麗な指が、僕の髪に触れる。

『霊なんて狩ったりして。わざわざ自分から危険なことに飛び込んで行っちゃう。わたしが愛した人は皆そうなってしまうんですかね』

 フフッ、っと笑い、彼女は遠い目をして言う。視界がだんだん白くなる。

『でも、もう大丈夫。起きたらぜーんぶ忘れてますから。貴方は危ないことなんてしなくていいんです。わたしが守ってあげます』

 僕の頭をなで続ける。手つきはたおやかで、とても心地良い。

『愛する人を失うのは、もう嫌なんです。わたしが守ります。ちょっと強引ですが、許してください。貴方のためなんです』

 どこか遠くから白羽さんの声が響いてる。

『愛しています』


 目の前が真っ白に染まる――――




「二瀬くん!!」

 聞き覚えのある声。

 一気に意識が引き上げられる。

 コツン、と後頭部に何か当たる。


バチィッ!


 物凄い衝撃。吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 朦朧とする頭を抱えて起き上がると、正座をする白羽さんの背後に委員長が立っていた。喉元に薙刀の刃を突きつけている。

 薙刀は呪力を纏い、黄色く光っている。

「ようやく正体を現したわね、女狐……いや、死人さん」

 白羽さんは微動だにしない。

 動けないのではない、動く、と言わんばかりに。

「一年待った甲斐があったわ。最期の言葉くらいは聞いてあげるわよ」

「第三位階の呪力……あなた、呪術師にむいてないのではなくて?」

 なんの脈絡もない言葉に、一瞬の間が生じる。

 委員長の形相が変わる。

「うるさい!」

 薙刀を振り上げる。刃は真っ直ぐに喉元へと振り下ろされる。

 ザシュッ

 鮮血が飛び散る。生暖かい雫が顔を濡らす――――

「二つ、誤解を訂正しておきましょう」

 そこには、相変わらず正座している白羽さんがいた。白く綺麗な首筋には掠り傷一つついていない。

 濡れたはずの刃は光沢を放ち、飛び散ったはずの血は消えていた。

「一つ。わたしは死人ではありません。更に上位の存在。あなたには殺せません。

 二つ。わたしは大虐殺に関わっておりません」

 いつの間手にしたのか、右手に持った扇子をバッ、と開き、口元を隠す。扇面は影のように黒く、親骨と中骨は薄い茶色。

 ぼんやりと紫に光っている。


「わたしを殺していいのは――」

 委員長が、ハッとした顔になる。

「逃げて!二瀬く……」


 僕にむかって優しく微笑む。

「ユウ君だけですから」


 閃光。衝撃。続いて轟音。

 咄嗟に身体強化の呪術をかける。壁もろとも外へ吹き飛ばされる。

 あたりは黒煙に満ち、何も見えない。


 委員長は?白羽さんは何者?何が起こった?

 委員長を助けなきゃ。でも刀のない現状、勝ち目がない。

 そも、委員長は逃げろと言った。

 彼女ならどう行動する?僕は何をすればいい?

 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 この状況、どう転んでも戦闘は避けられないだろう。ならば、武器がいる。

 とりあえず、刀をとりにいこう。


 僕は駆けだした。

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