四話 二重の景色
吐く息は白く、街灯に照らされながら消えていく。
僕は左手に立椿を握る。
眼前に揺らめく白い人影。
煙のようなその
フワリフワリと漂いながら近づいてくる。
柄に手を添え、グッと重心を落とす。ダッフルコートの背がピンと張って動きづらい。
シネナイ。死ねナィの
囁きのような叫び。男女の判別すらつかぬその人形は、こちらのことなど気にかけてすらいない。
強い想いは呪いとなり、力となり、形をとる。願いは人を縛り付ける。
僕は大きく踏み出し、刀身を勢いよく抜き放つ。
人形は真っ二つに斬られ、そのまま霧散した。
「お疲れさま。さすがは名刀の使い手、といったところね」
薙刀を携えた委員長が歩み寄ってくる。いつもの制服姿。
「たまたま身体が憶えてただけだよ。それより寒くないのか?」
コートを着ていても寒さが滲みてくるのに、彼女はいつものブレザーに膝上のスカートだ。タイツを履いているものの、明らかに冬の夜を歩く時の装備としては貧弱すぎる。
「この制服は私の術式を仕込んだ特別仕様なのよ。耐熱、耐寒、耐刃、耐火、耐水、耐電の効果をもってるわ。この服を着ていれば真冬のオホーツク海に放り込まれても平然としてられるわよ」
「その便利な術式、僕の服にも仕込んでくれよ。寒くてしようがない」
「いいけど、二週間以上かかるわよ」
術式はあったら絶対にべんりだが、二週間学校に着ていく服が無い。
「遠慮させていただきます。裸じゃ登校できない」
彼女はクスリと笑う。
「真面目に言ってるんだからなおさら面白いわよね」
どうも馬鹿にされたらしいが、特に何も言わなかった。
「ユウくん、最近夜更かししてますか?」
登校時、白羽さんは唐突に問いかけてきた。意図せず歩調が乱れる。
彼女の顔を直視する気になれず、前方の空を見つめながら話すことにした。
「……何で知ってるの?」
「いえ、知りませんでしたが……目の下にくまができてるのでそう思っただけです」
なんだ、と胸を撫で下ろす。
ここ数日間、僕は感覚を取り戻すために委員長と毎晩霊を狩っていた。
それと、実は密かに失った記憶の手がかりが掴めないかも期待していた。今のところ全く成果は無いが。
「夜更かしは身体によくありません。気をつけてくださいね」
委員長の前に立つ僕と、白羽さんの前に立つ僕は違う。
僕には、彼女の笑顔が痛かった。
「……というわけなんだよ。明日から霊を狩りに行くのは二日に一回にして欲しい」
民間風俗研究同好会会室、という名目の委員長の私有室。
僕はわりと真面目に訴えかける。
「感情が無いとか言うわりに、罪悪感はあるんだね」
彼女は水道を流しながら薙刀の刃を研いでいる。
目線は手元に落ちたままだ。長い睫毛が目立つ。
「罪悪感……?」
「うん、そう。罪悪感」
彼女は手を止めて顔を上げる。
「白羽さんに対して自分が悪いことをしている自覚がある。そのことに抵抗がある。後ろめたいと感じている。それは感情じゃないの?」
彼女の澄んだ瞳は何を思っているのか読み取れない。
「僕は……ただ彼女の想いに応えてあげたいだけで…………」
言葉が途切れる。つなぐことができない。わからない。
もやの中の一筋の光へ、摑みとりたいと手をのばす。
「トイレで鏡を見てみなよ。くまなんてないから。これまで通り、毎晩いつもの公園で待ち合わせ。よろしく」
彼女はそれだけ言うと、また薙刀の手入れに戻った。
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