#7 どういうわけか学生らしく
「みなさん、魔女狩りって知ってますか?」
突然なんだよ。クラスメイトは何も言わないけど、みんなそう思っているのは明らかだった。
怒涛の入学式から一週間後の六時間目、道徳の授業だった。赤ペン先生はそれまで普通に教材を使って、道徳の授業をほとんど受けたことの無い僕でさえしっくりくるくらい普通の道徳の授業をしていた。授業開始から三十分ほどした時だろうか、藪から棒に赤ペン先生はそんなことを言った。
授業の長さは四十五分だったので、僕はそろそろ終わらないかなぁとそわそわしながら時計を見ていた。そこでいきなり赤ペン先生が今までの進行をまるで無視した話を始めたので、さすがに気になって赤ペン先生の方を見た。
実は学校が終わった後で、ちょっとした約束があった。約束をした人間もこのクラスにいる以上遅刻も何もあったものじゃないが、『女性との約束は死んでも守れ』ときつく言い含められて育った僕としては、どうしても時計に視線が移ってしまうのだ。
「……えっと、言ってる意味が分かんねえんだけど」
ちょうど赤ペン先生に名指しで発言を求められた直後だった手縄くんが、生徒を代表して反応することになった。よく当てられるな彼は。名簿番号順からすれば真ん中だから、普通なら当てられにくい位置なのに。
「魔女狩りですよ。誰か知ってる人いませんか?」
たぶん手縄くんの言う『意味』は、さっきまでの授業との繋がりを指しているんだろうけど、赤ペン先生はさらっと流して『魔女狩り』の意味を求めた。
「御手洗くん、知ってますか?」
「……まあ、軽くは」
当てられたとなっては答えざるを得ない御手洗くんは、立ち上がって説明に入る。彼なら魔女狩りという言葉くらい、知っていて当然だ。彼の趣味の範疇に、魔女狩りは入るはず。
「十二世紀以降、キリスト教会の主導によって行われたと言われる、魔術行為の追及とそれに対する裁判と刑罰の一連の流れを指す言葉だ。現代では心理学の観点から、一種の集団ヒステリーだと言われている」
その知識は全然軽くないよね?
「そうです。おおむねその通り。他に誰か知っている人はいませんか? 雲母さんは?」
「……………………」
当てられた彼女は、心底面倒そうに言葉を繋いだ。ほとんど表情を崩さず真顔の彼女ではあったけど、赤ペン先生に当てられたときは内心を一切隠さなかった。そこが妙に人間臭くて、結果的に彼女は入学式のあの日ほど、周囲から浮いた存在ではなくなっていた。
三十三人もいればひとりくらい、彼女みたいな奇異な存在はいるだろう。そういう納得の仕方ができるくらいには身近になっていた。
「…………一九七〇年代以降の学術的研究によって、清司くんの言ったことの一部は修正されてるわ。魔女狩りが起きたのは十五世紀から十八世紀で、もとは民間から始まったとされているらしいのよ。それに別に過去の出来事じゃなくて、現代でも伝統を重んじる地域では類似する行為が行われているんですって。あと、この場合の魔女は女性ばかりでなく、男性も含んでるわ」
「まさにその通りです」
御手洗くんは趣味の一環だと説明がつく。じゃあ雲母さんはどうしてそんな知識を?
「魔女狩りとは、御手洗くんと雲母さんが説明してくれたとおりの出来事です。ところでみなさん、魔女狩りで被害にあった人がどういう風に死んでいったか知ってますか?」
「いやちょっと待てよ。どうしてその話がいきなり飛び出したのかオレは知りたいんだよ!」
手縄くんが声を荒げて赤ペン先生に食って掛かる。手縄くんの言うとおり、いきなり魔女狩りの話に移行した理由は気になる。ついさっきまでは『サバイバルロッタリー』という思考実験について小学生にも分かりやすく説明していたのに。
あ、でも、サバイバルロッタリーって日本語だと『臓器籤』と言うのだと他ならぬ赤ペン先生が説明していたな……。もしかして『臓器』から『血なまぐさい』→『魔女狩り』という流れをサバイバルロッタリーの説明中に思いついてしまったのか?
あながちありそうな展開だ。
「聞くところによると、かなりエグイ殺され方をするらしいですよー。先生でさえ身の毛がよだつくらいに」
そんなことを言って体を震わせる赤ペン先生。毛があるんだ…………。着ぐるみだからそれに類似する何かはあるのかな…………またしても手縄くんの言葉を無視している点はもう指摘しないことにしよう。
「たとえば崖から海へ突き落したりしたそうです。もし浮かび上がってきたら魔女だから改めて殺し、そのまま沈んで死んでしまった場合は普通の人間だったと、そんな確認方法を取っていたみたいです」
「普通の人間だったとしても死ぬんだ…………」
後ろで鴨脚さんがぼそっと呟いた。魔女なんて実在するわけないから、こういう方法でも取らないと全員生き残っちゃうんだよなきっと。カナヅチの人なら魔女だろうが人間だろうが沈むだろうけど。
僕はカナヅチだから、そんな殺され方はごめんだ。
「先生が聞いた中で一番ひどい殺され方は、金網で挟んでじっくり弱火で炙るという殺し方ですかね。そういう殺し方すると、内臓まで炭化する癖に中々死なないらしいですよ。さらにその人は十日間ほど、磔にされて放っておかれたとか」
「やめてやめて、想像するだけで気持ち悪くなってきた!」
阿比留さんがついに叫びだした。こういうの苦手なのか。阿比留さんに限らず周囲を見ると、何人か気分が悪そうにしている人がいた。女子の方が気分を害したみたいだけど、男子も数名気分が悪そうにしている。手縄くんの顔が真っ青になっているのは、少し意外だった。
「嫌ですねー。先生、そんな殺され方で死んだら死んでも死にきれませんよ。焼き鳥になった方がマシです!」
そこでちょうど、チャイムが鳴った。その時間も見越しての最後の台詞だったのか、単なる偶然なのか。赤ペン先生は「帰りのHRは省略しまーす」と言ってすぐに教室を出てってしまった。先生は先生で、たまに忙しそうにしている。
「あー、気分悪くなった。なんであんな話したのよー」
鴨脚さんはぐったりと、机に突っ伏した。五限後の休み時間中に「昨日、ミュージックステーションで『No’s』が云々」と騒いでいたあの鴨脚さんとはまるで別人だ。
「九くんはよく平気な顔してるよね。あの手縄くんでさえ青くなってたのに」
「それは……僕に想像力が無いからだよ」
人間の両面グリルって、イメージが出来ない。まずもって気分が悪くなるための前段階に到達できなかった。
「ひっくり返すのはどうするのかとか、中世にオーブンは無いよなとか、そんな方向に想像が動いちゃってさ……」
「余計に具体的だから、それ!」
どうも鴨脚さんの気分をより悪化させてしまったらしい。僕にとっては当たり前の疑問だったのに…………。
「…………人間の両面グリルって、どれくらい広い金網がいるのかしら。畳一畳分?」
「や、め、てー!!」
雲母さんが真顔のまま、ぼそっと呟いた。今のは疑問がつい口に出てしまったというよりは、わざと鴨脚さんに聞こえるように呟いた気がする。からかっている。
「ところで無花果くん、今日はお暇かしら?」
顔を正面黒板に向けたまま、青い瞳だけをこちらに動かして彼女は僕を見た。うわ、黒目(青いけど)の可動範囲広っ! ちょっと怖かった。
…………って、うん? いきなり何のお誘い?
「な、何あたしの気分悪くしといてところでなの…………」
「いや、今日は用事があってさ」
鴨脚さんの言葉は受け流して、簡潔に僕は雲母さんの質問に答えることにした。藪から棒と言えばこの人の誘いも相当藪から棒だ。何をいきなり言い出すんだろう。
「断るのかよ! そこ断るのかよ!」
急に振り返ってきた五百蔵くんが僕に向かって叫んだ。な、なんだ…………? こっちはこっちで何だ? 鴨脚さんを雲母さんが茶化した時に会話に入ってこなかったから、てっきりこっちの話は聞いてないものと思っていた。
五百蔵くんは僕の胸ぐらを掴んで引き寄せる。そのまま、雲母さんと鴨脚さんに背を向ける形となった。ふたりにこれからの話を聞かれないようにするため、か?
「何で断るんだよ! チャンスだぞ!」
「何のチャンスだって言うんだよ。今日は用事があって無理なんだ」
「用事ってお前、誘いを断るための嘘じゃ無かったのかよ……」
「嘘をつく理由なんてない。五百蔵くん、君ならわざわざ嘘をついてまで雲母さんの誘いを断るかい?」
「それは無いな」
「だろうね」
君の言いたいことはだいたい分かった。鴻巣先生が屋上で言っていたことの延長線上だな。雲母さんを狙うとか狙わないとかそういう話の…………。
五百蔵くんはさらに僕を強く揺すった。
「またとないチャンスだぞ! あの雲母カリカが、お前を誘ったんだぞ!? お前が誘ったんじゃなくて、お前を誘ったんだぞ!」
「あの雲母さんって、どの雲母さんだよ……………………」
そりゃ、僕としてもどうして雲母さんが唐突に誘ってきたのか気になる。なにせあの雲母カリカである。多少身近な存在になりつつあるとはいえ、他のクラスメイトとは一線を画する外見と存在感を持つ彼女が、僕を何事かに誘うというのは、どういう心境だ? なにせ彼女、今のところ誰がどう誘っても、その誘いに応じなかったのだ。
五百蔵くんが良い例か。鴻巣先生に背中を押されたからというわけではないだろうが、彼は雲母さんを好意的に捉えて接近を図っていた…………という言い方は五百蔵くんに最高の敬意を払った言い方であり、有体に言えば口説いていた。それに対し雲母さんは嫌な顔ひとつしなかったが、それ以上もなかった。「これなら嫌な顔された方がやりやすいぜ」とは彼の弁だ。
謎めいた存在の彼女を口説こうなんて勇者は今のところ五百蔵くんくらいなものだ。だいたいの場合は鴨脚さんや阿比留さんが雲母さんに対してアプローチをしている。鴨脚さんは単純に仲良くなりたがっているだけだろう。阿比留さんも基本的にはそうなんだろうけど、一部思惑というのがありそうだ。
阿比留さんは今のところ、女子のリーダー格だ。別にそれを誰も否定しないし、器が無いとは僕も思わない。阿比留さんはどうもどうやら、誰とも一定以上に交わろうとしない雲母さんを取り込むことで、自身のリーダーとしての腕を示しておきたいという願望もあるようなのだ。
「なんで雲母ちゃん、断るんだろ。別にあの子も元不登校児ってことなら、基本的には暇でしょ?」
「そうかもしれないけど、それを僕に話すのは何の解決にもならないんじゃないかい? ていうかなぜ僕と話そうとする。お互いにお互いが苦手なタイプだって分かってるよね?」
「んー。それはそうなんだけど、なんかあんたって雲母ちゃんと似た空気があるんだよねー。だからあんたと話したら解決方法が思いつくかなって」
「……………………」
頼むから雲母さん、少しは阿比留さんの誘いに乗ってあげてください。
「いいからOKしちまえよ! どうせ大した用事じゃないんだろ?」
回想終了。五百蔵くんとの会話に戻ろう。
しかし酷いこと言うな五百蔵くん。僕の用事が何だか知りもしないで『大した用事じゃない』って。もしこれで僕の用事が親族の墓参りだったらどうする気だ。
墓参りというのは極論だけども。だいたい、引きこもってから親族には会っていない。それこそ親族の中からアイドルが誕生していても不思議はないくらいに、僕は親族が今どうしているかを知らない。
「その用事の内容自体、僕は知らないんだけど……」
「え、なに?」
これ以上の会話は無駄どころが時間を無益に失うだけなので、五百蔵くんを振りほどいて雲母さんの方を見た。雲母さんも正面黒板を見るのをやめて、体ごとこちらに向けていた。青い目が飛び込んでくる。
入学式以来、初めて彼女の冷たい目を直視した気がする。向こうも向こうで、僕の青い目を正面から見るのは入学式以来なのかもしれない。お互い生まれつきの特徴だから失念しがちな部分だけど、この青い目は他人にはどう見えているんだろうか。特にこうして、二対の碧眼が並んでいる様は、異様とも取れるかもしれない。
「今日は用事があるんだよ。ごめん」
「謝らなくていいわ。最初から知ってたから」
「…………え?」
今なんと?
「守さんと、何やら用事があるんでしょ? それは最初から分かっていたわ」
「じゃあ何でわざわざ誘ったんだ?」
「あなたがどれくらい興味があるか知りたかったの。どうしてわたしが、あなたの名前を知っていたかに」
「…………あ」
そうだ。失念しているといえば、その疑問こそついうっかり失念していた。どうして彼女は入学式の日に、名乗ってもいない僕の名前を知っていたのか。
「ちょ、ちょっと、雲母さん…………!」
「残念でした。次のチャンスは五か月後です」
それだけ言い残して、雲母さんは仕事を終えた空き巣の如き速度で教室から消えた。泥棒を見つけてから縄をより合わせていた僕は、まんまと逃がしてしまったようだ。
五か月後か…………。それまでは何を質問しても無駄なんだろうな。彼女は口から出まかせで言ったんだろうけど、一度言ったらその言葉に忠実そうだ。
「……笑ってた、のかな?」
鴨脚さんがぼそりと言った。
「今、雲母ちゃんって笑ってなかった?」
「……そんなこと言われても、この優先順位を間違えたみじめな僕なら、誰だって笑うさ。僕だってわ――――」
「いやそうじゃなくって、雲母ちゃんだよ? あたしはもう鉄面皮なんだと思ってたけど、笑うんだなあって」
やっと、鴨脚さんの言いたいことが分かった。
「ああ、そういうこと………………」
雲母カリカが今まで表情を崩したのは、赤ペン先生に当てられた時だけだった。そこにもうひとつ、僕というファクターが加わったわけか。それは確かに妙だ。鴨脚さんが疑問を口にするのも分かる。僕も彼女はまず笑わないというか、プラスの表情をしないものと思っていたから、考えてみれば予想外の出来事だったわけだ。
残念ながら僕は、彼女の笑みを見てなかったんだけど。
「……わたしとの約束、ちゃんと覚えていてくれたんですね」
「ああ、変に待たせちゃって悪かったね」
僕の前に、雲母さんとは入れ替わりにひとりの少女が現れた。髪は雲母さんと同じくらい伸びていたけど、金色では当然ない。雲母さんが『綺麗に伸ばした』というのなら、彼女は『気づいたらここまで伸びていた』という感じで、髪の手入れが行き届いていないのが男の僕でも分かった。
手入れが行き届いていない部分は髪だけじゃない。服もあった物を適当に合わせてきたという印象が拭えない。ファッションにまったく興味の無い僕ですらそう思うのだ。鴨脚さん辺りから見たら、どう映るのだろうか。
魔法で変身する前のシンデレラ。それが目の前にいる彼女、
「ふうん。無花果が言ってた約束ってのは守との約束だったのか」
「ああ。といっても、僕はさっきも言ったように具体的な内容を知らないんだ」
五百蔵くんの言葉に答えつつ、抱さんの用事とやらを考えてみる。彼女は彼女で、唐突な誘いだったんだよなあ。特に断る理由もないから二つ返事でOKしてしまったけど、今思うと不用心にもほどがあった。
なにせ今僕たちの置かれている状況下を考えると、ふたりきりになるのが一番危ないんだから。
「どういう要件なの?」
「ええ。実は来週、弟の誕生日なんです。それで、プレゼントを買いたいんですけど、わたしだと分からないことがあって……。そこで、無花果さんに少し助けてほしんです」
てきぱきと、必要事項をまとめて抱さんは話す。スムーズに話が進む分、気を付けないとまたしても適当な返事で承諾してしまいそうだ。弟の誕生日……? 分からないこと、ね。
「分からないことっていうのは何かな? それ次第では、僕は役立たずになっちゃうけど」
重要事項を予め尋ねることにした。なにせ引きこもり歴が長いと、常識と思われるような知識も知らずに過ごしがちだ。アイドルのこととか聞かれたらどうしよう…………。
「弟が野球をやっていて、それでプレゼントにはグローブを買いたいんです。でもわたしは野球に詳しくなくて……」
「野球かあ。まったく知らないってことはないけど……」
小学生の頃はいろんなスポーツをやった。その中には野球もあって、短い間だったけど野球チームにも所属していた。もっとも、その野球チームは経済上の都合で破綻しちゃったんだったな。
「僕で力になれるかな?」
「はい。助かります」
抱さんは笑顔で答えた。屈託のない、年相応の笑みだった。
「野球といえばよお……」
五百蔵くんが窓側の席を見ながら言った。
「明のやつを誘えば良かったんじゃねえか? あいつ、野球に詳しそうっつうか、清司が言うには元野球少年なんだよな?」
「そうなんですけど…………明さんは、誘いにくくて」
言いづらいことを言いづらそうに、しかしはっきりと抱さんは言った。入学式の日にあった御手洗くんとのやり取りは、もちろん抱さんにも聞こえていたということだ。
そんな手縄くんはもう教室に残っていなかった。教室に残ってお喋りを楽しむタイプじゃないと見える。そういうところは雲母さんと似てなくもない。阿比留さんは僕ではなく手縄くんを利用して、雲母さん攻略の糸口を掴むべきだ。
「……他に、誰か誘った?」
抱さんが言いにくいことを言ったのを契機に、僕も聞きづらいところを聞くことにした。殺人を求められる状況下でふたりきりには、あまりなりたくなかった。さっきの笑顔を見る限り、彼女が殺人を企んでいるとは思えなかったし思いたくもなかったけど、必要な警戒をだからといって怠るわけにはいかない。
「枇杷くんも誘いました。無花果さんもそっちの方が安心でしょうし」
「そ、そう……」
しまった……。不安を先読みされていた…………。
「そもそも、無花果さんを誘った方が良いだろうと提案してくれたのは枇杷くんなんですよ」
「な、なるほど、そういう流れがあったんだ」
「……あ、うん、そうなんだ」
後ろから急に声が上がった。たぶんそんなことだろうと僕は思っていたからさして驚かなかったけど、鴨脚さんは驚いて飛び上がった。
「あうっ! っつ……! 何? びっくりした!」
「あ、あっと、ごめんなさい!」
抱さんの後ろから、小柄な少年が飛び出してきた。僕よりも先に抱さんから誘われているにも関わらず、今まで話しにまったく関与しなかったものだから、たぶん抱さんの後ろで大人しくしてるんだろうなと思ってはいた。
彼と初めて話したのは五日前のことだ。鴻巣先生に頼まれて(決して押し付けられてではない。決して)、一緒に中央昇降口の正面にある花壇にホースで水を撒いたのがきっかけだった。
抱さんと、彼女の背後に隠れてしまった肉丸くんを同時に見る。こうして見ると抱さんが肉丸くんのお姉さんみたいで、抱さんに弟がいるという話に信憑性が出てきた。
僕の不安を先回りしていたところもあるし、『魔法で変身する前のシンデレラ』という文言は外見だけじゃなくて内面にも言えそうだ。
「しっかし守、お前すげえな。あのカリカに勝ったんだぜ?」
五百蔵くん、まだその話続けるの? 別に抱さんは雲母さんに勝ったわけじゃないから。ただ単に、抱さんが先に約束を取り付けていただけだから。
「ふふ、そうだと嬉しいですね」
あ、上手く流したな。
「じゃあ行こうか」
やることが決まっているのに教室でダラダラする必要もない。早いところ弟くんのプレゼントを買ってしまわないと、春になったとはいえ意外と日が沈むのが早いのだ。
「…………ん?」
立ち上がって抱さんと肉丸くんを見たところで、少し違和感を覚える。じっと、ふたりを見比べた。
「どうかしました?」
「……抱さんって、年いくつ?」
「今年で十三ですけど」
「肉丸くんは?」
「十一、だよ」
「………………」
ふたりの間には二歳の差があるわけか。たった二歳の差が。
じゃあどうして肉丸くんは抱さんの背後に隠れることができるんだろう。
二歳差は成長が著しい十代にとっては大きな差に思える。でも抱さんは女子でもかなり背が低い部類に入る。女子を背の順で一列に並べれば、前から三番目に来るくらいには背が低い。最初の内は、彼女を小学生だと勘違いしていたくらいだ。事実、彼女は同性の小学生に身長でギリギリ勝つくらいだ。
鴨脚さんと比べてみると、その差がはっきりした。鴨脚さんの身長は、現すなら僕の目線の位置に頭が来るくらいだ。一方の抱さんは僕とは頭ひとつ分以上の差がある。そしてふたりは驚くべきことに、同い年だ。
抱さんの背の低さも個人差で片付けられるのか不安になるくらいだが、こうなるとその抱さんの後ろに隠れられる肉丸くんの背の低さが余計に際立った。二歳差なんて関係ない。肉丸くんの身長はよく見ると、小学生でも低学年より僅かに高いくらいしかない。
「…………? どうかしたんですか? 無花果さん」
「……何でもない。少し気になっただけだよ」
こういうことは本当に久しぶりかもしれない。
誰かに興味を持つということは。
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