風鈴
T_K
風鈴
清々しい朝、窓からは太陽が私を芯から目覚めさせようと、
熱い日差しを向けてくる。
外からの涼しい風を感じたくなり、私は窓を少しだけ開けてみた。
私の期待とは裏腹に、生ぬるい風が部屋に入り込む。
それと同時に。
チリーン。
窓際に吊るしていた風鈴が可愛らしく音を立てる。
生ぬるいはずの風が、その音が鳴るたびに、ほんの少し涼しく感じる。
チリーン。
私はその音を聴く度に、あの人の事を思い出す。
風鈴は私が買ったものではなく、彼が買ったものだった。
エアコン嫌いの私は、部屋に備えつけのエアコンを動かす事は殆どなかった。
窓を開けて、扇風機で部屋の空気を外に送り出す。
実家にいた頃から、ずっとそういう生活だったので、身体がすっかり慣れていた。
ある日、彼が小さな箱を持って私の家に遊びに来た。
私は一体何が出てくるのかとドキドキしながらその箱を凝視していた。
様々な想像を巡らせる私の意と反して、箱から出てきたのは、
可愛らしい金魚の絵が描かれた、ガラス製の風鈴だった。
彼が言うには、家に来る度に、暑いのは仕方ないとはいえ、
何か涼し気なものが欲しかった、らしい。
彼はその風鈴を、いつも開けている窓のカーテンレールに引っ掛けた。
チリーン。
記念すべき第一音が、私の部屋に静かに響く。
いつもは生ぬるい風しか入ってこないはずの私の部屋に、
少しだけ涼しい風が入った、
様な気がした。
二人して、ぼんやりとその風鈴を眺める。
具体的にどう表現していいか判らないけれど、何か良い。
二人とも同じ感想を言い合い、風鈴の音をかき消す大きな声で笑いあった。
チリーン。
あの時も風鈴は鳴っていた。
彼は突然私の元から去っていった。
忙しいから、飽きたから、他に好きな人が出来たから。
一体どれが理由なのか、私には分からなかった。
ただ一言、別れようとだけ告げられた。
私は、ただ茫然と立ったまま、分かったとだけ告げた。
チリーン。
窓は開けていなかったはずなのに。確かに風鈴は鳴っていた。
部屋に、冷たい風は入っていないはずなのに。私の身体はとても冷えていた。
チリーン。
音が鳴るたびに、私の身体は冷えていく。
具体的にどう表現していいかわからないけれど、何か嫌だ。
この音は不愉快だ。涼しくもなんともない。ただ、不愉快なだけだ。
気が付いた時には、私は手元にあったクッションを風鈴目掛けて投げつけていた。
パリンッ。
小さな風鈴は、いつもよりもっと小さな音を立てて、小さな破片になった。
チリーン。
生ぬるい風が、音が鳴る度に、心地よい風へと変わっていく。様な気がした。
この風鈴は私が近所のガラス市で買ってきたもの。
金魚も、何も描かれていない、凄くシンプルなガラスの風鈴。
具体的にどう表現していいかわからないけれど、何か良い。
チリーン。
その音を聴く度に、私は自分が少しだけ変わったのだと気付く。
今日も風鈴はあの時と変わらず、可愛らしい音を立てている。
風鈴 T_K @T_K
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