第16話 一つの料理には、ストーリーが詰まっているんだ
真司さんが作ってくれた料理を、僕と紗千さんたちがいただいている。
「おいちぃ!おいちぃ!」幼女が大はしゃぎしている。「おいしいわ」と紗千さんが顔をほころばせる。僕も全面的に賛同する。
なんだこの味は!食感は!彼の作ったエビの天ぷらは、強烈な刺激と、ふわりとした優しさを持っていた。ころもはそのサクサクとした食感が、口全体だけではなく体全体に拡散するくらいに刺激的で、いつものような普通の食べ方が許されない。私はいまから食事をするんだ、と心して食べなければならない――。それでいてエビの方は、その持ち味を殺さないように、引き立たせるように、工夫して調理されている。
「一つの料理には、ストーリーが詰まっているんだ」真司さんが、しみじみと言った。
「料理人は、お客様にただ『おいしい』と言ってもらえれば、それで満足だ。でも、それに加えて他の何かも与えられないか、と俺は常々かんがえていた。当たり前のことだが、一つの料理ができるまでには、ものすごく多くの人間、動植物、道具がかかわっている。だからその料理ができるまでには数々の工夫やストーリーがある。それを食べる人に感じてもらうこと、そしてその物語を楽しんでもらうこと、それが俺の使命だと思っていたんだ。」
僕は彼の言葉に胸を打たれていた。でも、違和感もあった。すべて過去形なのだ。今は料理人ではないのだろうか。
「あの、真司さんは、今は何をやられているですか。」僕は率直に聞いた。
「今でも料理人よねえ?」と紗千さんが確かめる。
ところが真司さんは「今は何もやっていない。」と答えた。
「とか言ってるけどね、彼、先週の料理人グランプリで準優勝したばかりなのよ。」
「エッ!」
料理人グランプリ!料理のことにまったく詳しくない僕でも知っている。そこで名を知られれば、それだけで一生食べていけるとかいけないとか。
「な、なんでやめてしまったんですか!?」
僕は思わず咎めるような口調で言った。
「目標がなくなってしまったからだ。俺にとっての唯一の目標は、料理人グランプリで俺が優勝したという記事をある人に見せること、それだけだったんだ。しかしその人はもう……」
「……、で、でも、さっき、料理によってストーリーを伝えるのが使命だって……」
「それは昔の話だ」
彼はいかな感情も含まない、機械のような声でそう言った。
僕は控えめにいって、絶望してしまった。どうしてこんなすばらしい料理人が、料理をやめられる?
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