第3話 シャッター街とスーパーのおばちゃん
こんなことを思い出してはいたものの、どうやらその回顧はわずか数秒間のことだったらしい。振り返るとまだ斜めの男がいた。
何か強烈に引っかかるものがあった。僕は思わず、彼のあとをつけた。僕のほうが完全に変人だ。彼が僕に気付いたのか。それはわからない。わからないけど、彼は歩くスピードを速めた。変な姿勢の割に歩くのは結構速かった。というか、かなり。中高のころ熱心にバスケをやっていた僕でも、ついていくのがやっとだった。
しばらくすると彼は小さな個人経営のスーパーに入った。
「いらっしゃい!今日はいい野菜が入ってるわよお。」
店主のおばちゃんだ。聞くだけで元気が出てくるような、活力のある声だった。僕は家の近所にある大型スーパーに通っているので、このおばちゃんはお店の外からしか見たことがなかったけど、なるほど、このお店に結構お客さんがいる理由がわかる気がする。
「あら、真司さん。今日は珍しいお友達を連れてきたのね。」
まずい!僕はぎょっとした。僕の尾行があまりに近かったからか、僕は彼の連れだと思われたらしい。
「真司さん」
僕はその名前を聞いて、聞き覚えがないことにがっかりした。この人に何か感じるモノがあったから、ついてきたのに。真司さんは僕の方を、小じわに囲まれた細い目で見たけれど、何も言わずに買い物を始めた。
彼が買い物をしている間、僕はとくに買い物をする気はなかったので(このお店、ちょっと高くて)、店主のおばちゃんと話をした。
彼女は僕が大学でどんなことを勉強しているのか、どんなサークルに入っているのか、などを一切の遠慮なく聞いてきた。ズケズケと、という形容が正しいのかもしれない。僕は隠しても仕方ないので、なるべくうそをつかないように、正直に話した。たいした話ではなかったけれど、彼女はとっても楽しそうに聞いてくれた。彼女の発する言葉、彼女の相槌には、常に♪が含まれていた。
今度は僕が、このお店について聞いてみると、おばちゃんは、この辺りが昔は商店街として栄えていたこと、他店と切磋琢磨するのがとても楽しかったことなどを楽しそうに話してくれた。僕は最近授業で習った、「シャッター街」という言葉を思い出した。そして、「それでもこのお店は残り続けて、ホントすごいですよ。」気が付いたらそんなことを口にしていた。
彼女はとてもうれしそうな顔をした。けれど、ふと思い出したようになんとも悲しそうな顔もした。僕は何かあるのか聞きたかった。しかし僕はこういうとき、いつも口が回らなくなってしまうのだった。
そうこうしているうちに「斜め男」が買い物を終えた。僕はおばちゃんに今日のおすすめは?と聞いた。彼女は国産のアボカドだ、と答えた。大型スーパーでは200円で買えるそれを、僕は躊躇せずに300円で買った。なあに、安いもんさ。このアボカドには付加価値が付いている。おばちゃんとの「おしゃべり」だ。僕は定期的にこのお店に来ることを決めた。
僕たちは店を出た。僕と真司さん。真司さんは勝手に後ろを歩く僕を怖がっていないみたいだ。どうして他人なのに怖がらないのだろう。不思議だった。というか僕の方は怖かった。尾行のまねごとのようなことを続けようとしている自分が。しかしやめることはできない。
人通りの少ない路地を歩いていた。最初にすれ違った人は、僕の前にいる傾いた男と、それに絶妙な間隔を空けてついていく僕を見て、不思議そうな顔をした。しかしその顔はやがて怪訝な顔に変わり、すぐに視線を彼が進むラインの方に戻した。なんとなく、いやだな、と思った。嫌な感じだ。
しかし、そのあと何人か、彼に笑顔で声をかけた人もいた。知り合いだろうか。僕は赤の他人なので、彼らが話している間だけちょっとその場を離れ、あたりをうろうろした。彼らの話はあまりよく聞き取れなかったけれど、「おめでとうございます」というような単語が聞こえてきた気がした。そして彼らが話し終えると、やはり彼の後をつけてしまった。僕は話しかけるわけでもないのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます