第7話 思春期と妹
「お兄ちゃんー!!」
夕暮れの公園で滑り台の上で手を振っている女の子がいた。この頃はまだ睦月みたいにツインテールの似合う可愛らしい幼女であった。
「深月〜もう帰るぞ〜」
私は夕方であることから滑り台に登っている妹に帰るように促した。
あまり遅すぎると母親に怒られるからである。
「深月まだ遊びたい!!」
滑り台の頂点の柵を上半身だけ超えて年相応の反論を私にむけてきた。
これは困ったものだ。駄々をこねる妹をどうやって説得して連れて帰るか、まだ幼かった私は最善の方法を考えることはできずに、ただひたすら「帰るぞ」という言葉だけを言っていた。
「いやだもーん!!深月まだ遊…あ…」
その時、柵を握っていた手を滑らせた。みるみるうちに身体は柵を乗り越えていき、地面の方へと吸い込まれるように落下していった。
「深月!!!!!?」
私はその様子をみて血の気がひいた。何も考えずただひたすら妹のもとへと駆けて行った。
「深月ぃ!!!!!!!」
そう叫ぶと、辺りはいつも見慣れた空間に変わっていた。つまり私は夢をみていたのだ。
それも古い昔の記憶の夢を。
「あぁ…目覚めが悪いな…」
寝癖のついた髪を乱雑に掻いてベッドから起き上がった。あまりいい夢ではない。冷や汗を垂らしていた身体を洗い流そうと風呂場へと向かった。
脱衣場で半袖のシャツとチノパンをダラダラと脱いでいたその時に唐突にドアが開いた。
「あっ。」
「ん?」
ほぼ全裸の生まれた時の姿の私と制服姿の深月は鉢合わせてしまった。
繰り返して言うが私は全裸、下品な言い方ならばフルチンというものだ。
そして相手は現役のJKの深月ならばどういう反応するか大体予想つくだろう。
「っっっ!!!この変態兄貴ぃぃ!!!」
持っていた学生鞄を私に向かって思いっきり振り回してきた。
「ちょ、まっ!ぐぉぉ!!?」
身長がある分、下からの鞄による鋭いアッパーカットを私の顎あたりに食らわせたのだった。全くひどい話だ。私はただシャワーを浴びようとしていただけなのに、何故このような仕打ちを。
「兄貴のバカ!!!!死ね!!!」
顔を真っ赤に赤らめて妹は去って行った。
「あのやろう…。いってぇぇ…」
多分水筒か何かだろうか、硬いものが入っていたためか、尋常じゃない痛さが私の顎に響いていた。
ちなみに今私はフルチンである。フルチンの私は四つん這いになり痛みに悶絶していた。
「あーも、シャワー浴びようっと…」
顎を擦りながら風呂場へと私は入った。
◇◆◇◆◇◆
あー、あ。またやってしまった。本当は兄が悪い訳では無いのにどうしてあんなことをしまったのだろうか。
それに下の方もしっかりと見てしまった。男の人のアレを見るのは小学低学年以来のような気がする。
しかし、思春期の私には恥ずかしさもあり、思い出すと赤面してしまう。
昨日、あんな事があったのにまた余計なことばかりしてしまって、このままでは兄に嫌われるのではないかと感じた。
いや、もしかしたらもう既に嫌われているかもしれない。
そんなことを考えながら1人とぼとぼと通学路を歩いていた。
「あれ?みっちゃんどうしたの?そんな顔して?」
みっちゃんというのは私のあだ名である。そしてそのあだ名を言う人物は1人しかいない。
「やっほー」
ニコニコと笑顔を見せているメガネの女性。けしからんおっぱいをこれでもかと揺らす私を貶しているかのような目。兄の同い年の幼馴染である来栄さんだ。
「おはようございます」
「そんな浮かない顔してどうしたの?」
「いえ、別に…」
正直この人のことは苦手である。何を考えているか分からないし、お兄…兄にちょっかいを出すし癇に障ることが多い。
あまり関わらないでおこうと思い、素っ気ない返事をして去ろうとした。
「いっちゃんのことで悩んでるのかなぁ?」
「っっ!!?」
いっちゃんとは兄である伊月のことを指している。何故この人はこうも勘が鋭いのか。まるで全てているようだった。
しかし、何とか平静を保ち今度こそ去ろうとした。
「昔みたいに構ってくれなくて寂しいんでしょ?本当は彼女にお兄ちゃん取られて悔しいんじゃないの?」
「そんなことはありません!別に兄貴のことなんか…!」
「嘘はダメだよ?いっちゃんにあんなことしてよく言えるよね?」
来栄さんのその言葉を聞いた時に、背筋が凍った。それは私と来栄さんしか知らない誰にも言えない秘密であった。
やはりこの人にはすべてを見透かされている。それがとても悔しい。
「あ、あれは…」
「まぁ、そうじゃなきゃあんなこと普通はしないけどね…」
「…」
その事には本当に触れられたくはない。私にとって黒歴史であり、兄に対して罪を犯しているからである。
来栄さんはニコニコしている。その笑顔は悪魔の微笑みのようであった。
「また昔みたいにお兄ちゃんと仲良くしたいでしょ?いい事教えてあげようか?」
「…」
「みっちゃんがあの女にお兄ちゃんを取られたままなら別に構わないけど…」
そう言うと来栄さんは私がしたようにこの場から去ろうとしていた。
正直、信用出来るような人ではないが、やはり兄というキーワードに何故か私は惹かれており、いつもの思考ならば絶対耳を傾けないようなことでも、今回は傾けてしまった。
「教えてください…」
私は冷静さを欠いていた。完全に目先のことしか考えていない状態であった。そこまで分かっていても、私はやはりもう一度…。
まるで蜘蛛の巣に絡まってしまった蝶。傍から見ればそう映るかもしれない…。
ほんと、いっちゃんに似てチョロいんだから…。メガネのフレームを触れて掛け直して私はこのお兄ちゃんのことが大好きな純新無垢な少女を檻に入れられた小鳥を見つめるようにレンズに写していた。
いっちゃんにもっと罵られたいし、少しこの子を使うことに決めた。まぁ、彼女にとっては悪い話でもないからね。
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