ハッピー、メリークリスマス
@siosio2002
イルミネーションに照らされて。
「ジングルベー、ジングルベー、鈴が鳴る」
マフラーの中で小さく歌いながら、マンションの階段を降りた。
ふんわりとまるでクリスマスケーキのクリームのように積もった雪に、ブーツで足跡をつけ歩き出す。クリスマスイヴの夜中、住宅街には人気なんてこれっぽっちもない。少し歩いて大通りに出てみると、イルミネーションの輝きに満ち溢れ、カップルが行き交っていた。
随分厚着をして来たはずなのに、体がみるみる冷えていく。「体が」というより「体の奥が」冷え切ってしまっている。
ああ、わかってる。なんでこんな聖なる夜に一人でいるか。そりゃ自分が何もしなかったから、と言われればそうだろう。確かに自分は何もしなかった。いや、本当は狙っていた女の子に勇気を振り絞って話しかけた。でも、クリスマスに誘う前に「彼氏と過ごすんだ〜、へへっ」って言われた。この世界に神なんていないね。
「……!?」
一瞬、足の接地感が無くなり、もう片方の足で踏ん張ろうとしたが、すぐに尻餅をついた。痛みは大したことないが、目に涙が滲んだ。
悔しい、でも誘う前に知れてよかったって。でもさ、友達とカラオケでも言って忘れようと思ったら。
「俺彼女と過ごすから、言ってなかったっけ?」
知らねえよ。「言ってなかったっけ?」じゃねえよ、居たことも知らねえよ。まあ、そんなことも報告されない程度の男だってことだよな。それでもこいつはこいつで努力をして、この結果なんだろうって、だから別の友達を誘ったんだよ。今夜、飯でも行って愚痴でも言い合おうぜって。そいつもまあモテなくて、行こうかなって雰囲気だったんだ。
だがそいつには幼馴染がいる。まあ面倒見も良くて、かなり可愛い子なんだ。だからそいつもふざけて「お前でもいいから一緒に過ごしてくれないかな」とか言ったんだ。
「ま、まあ別に……いいけど……」
「えっ……」
甘いよ、想像以上に甘いよ。途中から予想はついてた、でも想像以上だよ。
その時は気づかれないようその場を後にして、校舎四階から日が沈んで、光が灯り始まりのを「一人で」眺めていた。廊下をいい雰囲気のカップルが通った後、数人の男女グループがクリスマス会の話をしながら通っていった。そのあとに男達四人が残念会でもやろうかと重々しい雰囲気を出して通っていった。
いいじゃねえか、友達がいるだけ。俺は正真正銘の『クリぼっち』なんだから。それで今に至るんだ。
「ポケットティッシュはいかがですか〜」
何かの宣伝だろうか。お姉さんがポケットティッシュを配っている。まあ、せめて貰えるなら。そう思い手を伸ばそうとした瞬間だった。隣にいた二枚目のサラリーマンに食いついていった。寂しくポケットから出した手を大人しく戻した。
目の奥が熱くなる。耐えろ、耐えるんだ。
イルミネーションを抜け、大通りの外れにあるベンチに座った。その時、俺のダムは決壊した。
涙が滝のよう溢れる、鼻水は何度すすっても流れてくる。涙が手袋にシミを作る。
幼馴染ってズルくね? なんだよ、チートじゃん。俺だって可愛い幼馴染くらい居ればあのルート行けたのに。散々彼女いないとか言っといて、いつでも作れんじゃん。あと女って見かけによらないね、普段可愛いけど地味で真面目なのに、ちゃっかり彼氏いるもんね。誰だ先越した奴。それを嬉しげな顔で報告された身にもなってくれ。
目を擦って、ゆっくりと前を向いた。遠くに見えたのは俺の幼馴染だった。もちろん男だが彼なら暇なのだろう。「おーい!!」と声をかけようとした瞬間、左から女の子らしき影がフレームインして来た。
何を話してるのか分からない、でも……そういうことなんだろうな。もうこの涙どうしようもねえや。止まんねえ、何やっても止まんねえ。こんな時に声を掛けてくれる女の子どころか、慰めてくれる友達すらいなかった。ギャルゲーのバッドエンドでも友達が慰めてくれるのに。
止まらない涙を少しでも流れないように、空を仰ぐ。澄んだ空は星を綺麗に写している。
ダメだ、泣く。
顔を上に向けたまま、声を殺し、涙だけが雪を溶かしていった。
主人公ならそろそろヒロインがくるかな? 残念、俺は主人公じゃありませんでした。ただのモブでした。泣けるね、いや泣いてるのか。恋愛? ラブコメ? それは本編だな。これはサブストーリーでもない。おまけにもなれなかった『現実』なんだ。最初に俺の努力が足りなかったと、自分で言った。でも行動はした、努力不足かもしれない、でもしたんだよ。これならしないほうが割り切れたかもしれない。携帯を開いても通知はゼロ。SNSを開けばクリスマスパーティーやら、残念会やらの写真。前を向けばカップル。これがこの世の地獄だな。生き地獄だよ。
これが、マジの、ガチの、現実の、正真正銘の……
モブキャラなんだな。
ハッピー、メリークリスマス @siosio2002
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