第70話 新聞部の恋
それから夏がやってきて、新聞部恒例の合宿が行われた。二泊三日の伊豆旅行!ではなくて合宿。多田先生の親戚が小さなホテルを営んでいて、私達は安く宿泊することができていた。私達六人は新幹線に乗って伊豆へ向かった。
確かその二日目、通称空中公園と言われる伊豆の観光スポットに私達はやってきた。長い長いロープウェイから降りると自由行動の始まりである。私達はふらふらと散策した。
「可愛い!お地蔵様がいっぱい!」
そう声を上げたのは奏だった。しばらく歩いていくと、並木道のような場所に出た。色んな植物に囲まれながら、私達は歩いた。
「これどこまで続いているんだろうね〜」
私が特に誰かに聞いたわけでもなくつぶやくと、その返事は返ってきた。
「恋人の聖地です」
何故か匠が少し気恥しそうに言った。それを見て何故か私までも返す言葉を見失った。ふと後ろを振り向くと、他の部員達が少し離れた所で楽しそうに話していた。
「自由行動だし・・・・・・行ってみようか、聖地」
匠と二人だけで歩き始めると、一気に他の部員達の声が消えた。恋人の聖地、と書かれたところに着くとすぐに鐘を見つけた。一緒に鐘を鳴らせば結ばれるとか、そういう言い伝えがたぶん・・・・・・。
「先輩、鳴らしませんか、これ、一緒に」
「え?」
「ダメですか?」
「ダメ、じゃないけど・・・・・・」
既に匠は鐘を鳴らすための紐を握っていた。私のことを待っている。私はそっと匠が握っている場所よりも少し下を握った。少し私達が紐を動かすと思っていたよりも大きな鐘の音が響いた。
「杏先輩、実は俺、先輩のこと」
「・・・・・・」
「好きです」
私の頭は既に追いついてはくれなかった。ただ呆然として彼を見ることしかできなかった。そして、気付いた時には言ってしまっていた。
「私も」
その一言だけで一瞬にして匠の顔つきが変わった。
「好き」
今まで感じなかっただけなのかな。そんな言葉を口にした時、胸の奥がきゅうと苦しくなった。何だか久しぶりの感覚だな。
ちょうどその頃、他の皆も鐘の近くまで歩いてきたらしい。
「あ、杏先輩達、鐘のとこにいる。一緒に鐘鳴らそうよー仁」
「何で奏と俺が・・・・・・あれは恋人の聖地なんだから結ばれちゃったらどうするの」
「えー私遠まわしに振られてるってことー?」
「仁、だったら私と鳴らしに行かない?」
「なら俺と鳴らしに行くか?仁」
「栞先輩はもっと自分のこと大事にした方がいいですよ!ガク先輩申し訳ないです、男性には興味なくて。栞先輩!カメラカメラ!これはシャッターチャンスですよ!」
なんて会話をしていて、市来くんが私達二人にカメラを向けてシャッターを押したとか何とか。
結局はみんなにバレてしまったということです。その日の夕食はバーベキューだった。私は奏の隣に座って、食事を始めると私の近くに市来くんがにやにやしながらやってきた。
「先輩察しなかったんですか?」
「何を?」
「嵯峨っちのことですよ。バレバレでしょ、あいつ」
「全然気付かなかった」
「付き合うんですか?」
「うん」
余裕そうな顔で言って、ふと市来くんの持つ皿に目をやって驚いた。市来くんのお皿は野菜ばかり乗っていた。新手の悪戯ってやつ?
「そんな体してダイエットでもしてんの?君は」
「そんな体ってどういうことですかー」
「減らすような肉無いでしょー」
「ダイエットじゃないです。俺はただのベジタリアンなんですよ」
「何だか嫌な感じね」
「は?!」
「仁はこういう奴なんです、許してやってください」
奏がもごもごとそう言うと、私は思わず笑ってしまった。すると市来くんが咳払いをしてから、格好つけて言った。
「俺は、こういう時に、ほらもっと肉食べなさいよ!あんたが食べないと減らないでしょ!的なことを言ってくる女の子をカノぴっぴにしたいです」
「カノぴっぴって・・・・・・母親系女子が好きなの?」
「違いますよ。別に俺のことを思って言わなくて良いんです。ただ単純に肉の量が減らなくて困るから食べろ的なそういう話です。俺がベジタリアンだとかそうでないとか、そんなことは彼女にはどうでもいいってこと」
「仁ってMなの?」
「え、真ん中あたり?」
「仁もっとお肉食べなさいよ、食べられちゃうよー皆に」
何も知らない栞がそう声をかけると、はーい、と素直に市来くんは取りに行ってしまった。そのままこちらには戻ってこなかったので、私は隣でもくもくと食べ続けている奏に尋ねた。
「奏は?好きなタイプとか・・・・・・どんなの?」
「タイプ・・・・・・。私、小学生以来人間の男好きになってないんですよ。私はロゴマークが好きなので」
絶対奏みたいな雰囲気の女子が好きな男は居る。・・・・・・それにしてもさっきの匠可愛かったなぁ。
二回目の合宿はこんな感じで終わりましたとさ。
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