名誉ある蔑称 ―魔法王国辺境領主の息子、王都でラノベと漫画にハマる―

おこばち妙見

序章 最後の戦い

 大陸歴九一八年。大陸戦争・クレイシク戦線。


「隊長、クレイシク軍に完全に包囲されているようです」


「…………」


「エフォート隊長!」


「えっ? ああ、そうか。俺の階級が一番上だったか。包囲されているんだな」


 グラットンの報告に、指揮を引き継いだエフォート伍長は頷くしかできない。

 前隊長――立派な家柄のお貴族様は、さんざん偉そうなことを言った割にあっさり名誉の戦死を遂げられた。

 エイプル王国陸軍特殊部隊、第九十九魔術小隊、通称『ピジョン』も生き残りは四名のみ。

 全員が魔法を使えない平民であり、魔術小隊というのは虚偽表示になってしまった。


「――しっかりせんと……な」


 ここは、クレイシク王国の小さな廃屋。

 周囲は草一本無く、荒れ果てて焼けただれた大地がどこまでも続いている。

 目に入るものといえば、どこまでも続く粘土質の泥と、有刺鉄線、そして無限に張り巡らされた塹壕。

『大陸戦争』も早や四年目に入り、凄惨の一途を辿っていた。


 天才と言われたエイプル王国の国王、ジョージの開発した新兵器、機関銃。

 この弾丸を機械仕掛けで連射する新兵器が投入されたことで、戦場の有様は大きく変った。

 騎士が名乗りを挙げて魔法で一騎打ちをしたり、兵士たちが先込式の銃を使った撃ち合いをするなど、もはや過去のもの。

 兵士たちは銃弾や砲弾を逃れ、相手の背後に回り込むべく、ひたすら塹壕を掘り進めた。

 そして、伸びきった塹壕はついに海に至ったのだ。

 後に『海への競争』と言われる無駄、無意味、無価値な土木工事である。


 そんな状況を打破するため、ごく少数の精鋭部隊で密かに塹壕をくぐり抜け、敵司令部を制圧する戦術が考案された。

 強靱な手足も、それを統括する頭脳を失えば、もはや烏合の衆。

 発想は良かった。

 作戦成功率がかなり低い事を除けば。


「どう……します?」


 不意に周囲が昼間のように明るくなる。

 敵が照明弾を打ち上げたのだ。

 マグネシウムの白い光に照らされた無数の敵兵士の影は、この廃屋が完全に包囲されているという事実を無情に伝えてきた。


「もはや、これまでか。降伏しても……殺されるだろう。奴らとて多くの家族を、戦友を失っている事に変わりはない」


「エフォート伍長……」


 エフォートは一人一人の仲間の目を、順番に見つめた。

 グラットン、チャータボックス、スチューピッド。彼らもみな平民だ。

 地位も、富も、名誉すらも無い。

 いくらでも替えの効く消耗品として、無意味に戦場で消費されていく、そんな生命。

 彼らが死に、安全な王都でふんぞり返っている富裕層が生き残るという現実に、やり場の無い怒りが湧いてきた。


 とはいえ、このままではいずれ総攻撃を受けて全滅してしまうだろう。


 ――ならば、いっそ。


「みんな聞け。俺が囮になる。お前たちはバラバラの方向に逃げるんだ。一人ずつなら見つかる可能性は低い。どうにかしてエイプル軍の陣地まで逃げろ」


「いや、伍長! そりゃないっすよ!」


「俺たちも一緒に!」


「何のためにここまで!」


 しかし、エフォートはかぶりを振った。


「戦争はじきに終わる。生き残って、国を再建する者も必要なのだ」


「…………」


 出動の直前、未確認情報として前隊長から聞かされたものだった。

 中立国に各国が大使を集結させつつあるという。

 漠然とした、希望的観測。


「これは命令だ! スチューピッド、復唱は!」


「ううぅ……、スチューピッド以下……三名、各々別方向に転進、味方陣地を……目指します……! エフォートォ!」


 スチューピッドが震えながら俯き、唇を噛みながらも復唱した。

 握りしめた拳に込められた感情は、エフォートにも痛いほど分かる。


「いいんだ。俺は天涯孤独だし、悲しむ家族は少ないほうが良いからな。……行け! 行かんか!」


 三人が駆け出すのを確認すると、隠しておいた改造手榴弾を取り出す。

 石油系燃料と界面活性剤、ゲル化剤を添加し、火属性魔法のように見せかける特別製だ。


「現代兵器の前には魔法なんて時代遅れ……か。それじゃ、魔法使いの真似をやってる俺は何なんだ。バカみたいだ」


 エフォートは手榴弾のピンに指を掛ける。


「もう二、三個あったほうが良いんじゃないですか?」


「スチューピッド。行けと言ったはずだが」


 振り向けば、そこに居たのはスチューピッドだけだはない。

 グラットンもチャータボックスも一緒だった。


「無茶な命令には、逆らう権利ってもんがありまさぁね」


「らしくないな、スチューピッド。お前はあの『解析機関』の運用に関わったと言っていたじゃないか。エンジニアは合理的な判断をするものだ。違うか?」


 解析機関とは、エイプル王国が保有する巨大計算機だ。

 無数の歯車で構成され、蒸気機関を動力として複雑な計算を瞬時に行うことが出来る。

 列車砲の弾道計算が主な用途らしい。


「チャータボックスがどうしてもって言うんで」


「バカッ、俺はそんな事ひと言も……」


 チャータボックスはスチューピッドの肩を掴んだ。

 しかしスチューピッドは、はにかむような笑みを浮かべる。


「来月、コイツのガキが産まれるんすよ。女の子だったら将来嫁にもらおうかと。だったらカッコいいところ見せたいでしょ?」


「それは無理だ」


「冗談だっつの。さっきのセリフ、エフォートにもう一度聞かせてやれ」


 チャータボックスは気恥ずかしそうに頭を掻くと、エフォートの目を真っ直ぐに見つめてきた。


「俺がここで戦う事で、敵がカミさんとお腹の子に迫るのを、一日でも半日でも遅らせる事ができれば……俺の戦いには、意味があるんです」


 戦線は押されている。

 膠着状態だったはずの戦争は、リーチェ戦線の崩壊によって大きく押され始めた。

 このまま行けば、いつか王都にも戦火が及ぶかも知れない。

 講和が上手く行けば良いが、劣勢な戦局は会議の行方に影を落とすだろう。

 エイプル軍人の士気の高さを見せつければ、敵国も無茶な要求はしにくくなるかもしれない。

 そういった意味では、この最前線の自分たちが世界の命運を握っているとも解釈できる。


「……命令も守れんバカ者どもが! お前らのようなバカどもは、せいぜい俺の後ろに付いて来るんだな! 総員、着剣!」


 三人は短機関銃に銃剣を取り付けると、エフォートを見た。

 その目には、恐怖も、後悔も無い。

 己の信念のために、愛する家族のために。彼らにはそれだけだ。


「みんな、生きて帰るぞ! 突撃ッ!!」


 ◇ ◇ ◇


 魔法使いは貴族として君臨し、平民を支配した。

 魔法を使えない平民は王侯貴族に税を納め、貴族は有事の際に平民を守って戦う。

 そんな古き良き時代においては、魔法使いがすなわち軍事力だったのだ。


 しかし、どこからともなく現れた天才がいた。

 発明王、ジョージ。彼は天才だった。その発明は多岐に渡る。

 例えば灯り一つとっても、魔法のランプは貴族にしか使えなかったが、ジョージの『電灯』はスイッチ一つで平民にも使えた。

 彼の偉業はそれだけではない。

 蒸気機関、レシプロ機関、電動モーターを使う工作機械や乗り物。

 紙の大量生産技術に活版印刷、写真。

 化学肥料や農薬を使った農業改革……挙げればきりが無い。

 人々の暮らしを劇的に向上させ、国を襲った数々の危機を救ったジョージは、しまいには王女と結ばれ、王となった。


 彼は武器の改良も率先して行ったが、それが悲劇を生む。

 手のひらサイズにまで小型化された拳銃の一撃で、ジョージ王は暗殺されてしまった。

 犯人は隣接するクレイシク王国の過激派。


 戦争が始まった。

 本来この戦争は、王を失ったエイプル王国とクレイシク王国の紛争だったはずだ。

 しかし、政略結婚により網の目のように張り巡らされた同盟は世界を真っ二つに分断しており、また急速に張り巡らされた鉄道網は軍隊の動員数と展開速度を飛躍的に高めていた。


 戦場の様相は一転した。

 かつて戦場の花形だった魔法使いや騎士は、機関銃の前に完全に無力だった。

 塹壕が構築され、戦線は膠着。持久戦へと移り、四年の時が流れていた。


 ◇ ◇ ◇


「…………」


 冷たい雨がエフォートの顔を打つ。

 遙か彼方で、爆発と機関銃の銃声。


「ぐあっ……!」


 針で刺したように全身が痛む。

 身体を起こそうとして、エフォートは顔面から水溜まりに顔を突っ込んだ。

 冷たい。痛い。苦しい。

 息継ぎをするように顔を上げる。


「俺……生きている……のか?」


 どうにか立ち上がるが、エフォートは言葉を失った。

 右も。左も。後ろも前も。

 死体と瓦礫の山で、全ては埋め尽くされていた。

 敵か味方かはわからないが、砲弾が直撃したらしい。


「スチューピッド……グラットン……チャータボックス……」


 家族よりも深い絆で結ばれた仲間の名を呼ぶ。

 しかし、言葉を返す者は居ない。

 瓦礫に躓き、まとわり付く泥濘に足を取られながらもエフォートは立ち上がる。

 目はかすみ、喉はひび割れそうに渇き、全身に力が入らない。


「…………」


 歩いた距離はどれほどだろう。

 一メートルか、十メートルか。

 泥の海の中で、エフォートは再び力尽きた。


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