火侍のショートショート

火侍

聖なる夜

 ――――12月25日。

 それは、ある聖者の誕生祭とも言われ全ての信者が一斉にお祝いする日。

 そして。



 恋人が、イチャつく日でもある。



「――――」


 時刻は午前8時50分。

 わたしは、とある駅の一角に建つ忠犬の像前でそわそわしながら立っていた。

 待ち合わせにはあまりにもベタすぎる場所な気がするが、田舎から上京してきたばかりのわたしは首都内の地理など当然把握しておらず、こんな分かりやすい場所に設定するしかなかった。

 果たして、上手く化粧できただろうか。ばっちり服を着こなせているだろうか。髪型は変じゃないだろうか。

 今日はクリスマス、特別な日。故に彼女とのデートで緊張してしまうのは仕方ないことだと分かってもらいたい。

 

 あ、ちなみにわたしの名前はセレスティア・ヴァレンタイン。『私立エルメラド学園』に通うごく普通の女子高生である。

 そして、いない方には怒らないで聞いてもらいたいがわたしには恋人がいる。相手は同性で年下の中学生だ。あらかじめ言っておくが性犯罪者ではない。

 生まれつき銀髪で空色の瞳とかなり目立つ格好で地元ではそれなりに浮いていたのだが、この都内では派手な髪や瞳ぐらい珍しいものではないらしく人混みの中でも奇怪な目を向ける人はほとんどいなかった。

 普段の私はポニーテールで髪を束ねているのだが、今日はあえて髪留めをつけずにロングヘアースタイルでベレー帽子を被り、白を基調としたロングコートを羽織ってみた。いわゆる大人っぽさを目指してみた結果だ。

 

 さて、わたしの説明はここまでにして時間を戻すとしよう。

 スマホを見ると時間は10時ぴったり。つまり、待ち合わせの時間帯だ。

 ……多分、真面目な彼女のことだ。わたしと同じく数十分前からここで待っているはず。

 流石はクリスマス。やはりこの場所が目立つからか人混みの量が尋常じゃない。

 特に彼女は背が小さい。正直この人数から見つけ出すのは至難の業だ。かと言って焦って探し回って彼女から離れてしまっては元も子もない。

 ……どうしよう、せっかくのデートなのに。

 心配と焦燥と緊張で呼吸が乱れ、目が回りかけたその時。


「わあっ!!」


「きゃあああ!? り、リコ!?」


 後ろから大声と共に何者かに抱きつかれた。

 突然の出来事に心臓が大きく跳ね驚くが、振り返ってその正体がわたしの恋人――――紅崎リコであることに気付く。

 彼女は「ドッキリ大成功」と言っていたずらに笑う。


「ふふーん。ずっとセラの後ろで隠れていたんだよ? こんな場所なら驚かすのに丁度いいって思って」


「なっ……。だったら、最初から言ってよ! 心配したじゃない!」


 つまり、彼女はおろおろしているわたしを見てずっと楽しんでいたというのか。

 確かに彼女は真面目だから遅れることは絶対ないと思っていたけど、まさかわたしをからかっていたとは。

 少しばかり不機嫌になったわたしを見たリコの顔が青ざめていく。


「あ、ごめんセラ! 別に怒らせるつもりじゃなかったの」


「ふーんだ。どうせわたしはこんな駅前でおろおろする田舎者ですよーだ」


「あ、気にしてるとこそこだったの? まあまあ、ほらさっさと行こう? 今日はクリスマスだよ?」


 そう言ってリコは左腕をわたしの右腕に組んで並ぶ。

 リコの暖かい腕の感触にドキッとするが、それを悟られないようにわたしは顔を背けてリコに言った。


「……分かってるよ。今日は楽しもうね」


「うん!」


 楽しげな返事が聞こえてきたので振り向くとリコが満面の笑みを浮かべていた。

 ああもう、可愛いな。

 彼女の笑顔にわたしもつられてにやけながら彼女の髪をそっと撫でる。

 彼女のさらさらな髪はとても触り心地がよく、それに良質なシャンプーを使っているのかいい匂いがする。

 リコも髪を撫でられるのは好きなようで、くすぐったそうにしながらもわたしの手の感触に身を委ねていた。

 まるで子犬みたい。

 だが、その感想を口に出すと途端にリコは不機嫌になるので心の中で留めておく。

 

「それじゃあ、行こうリコ」


 再び腕を組み直し、わたしはリコと共に歩き出した。






※※※※






「――――どう、かな?」


 場所は公園。

 わたしとリコは木製のテーブルを挟んで互いに向かい合い、リコから渡された複数の用紙をめくりながら読んでいく。

 一通り読み終えふう、と息を吐き出しわたしは一言彼女に告げる。


「……悪くないんじゃないかな」


「本当!? 恋人とかそういう贔屓目で見ないで?」


「うん。構成は悪くないし、絵柄もかわいく仕上がってる」


 リコに渡されたのは彼女が描いた漫画だった。

 実はリコは漫画家になりたいという夢を持っている。そして読書が趣味であるわたしに出来はどうかと見せてきたのだ。

 自信作とリコが自負するだけあって、確かに漫画の出来は良かった。起承転結がしっかりしているし、絵柄もコマ割りも丁寧で読みやすい。

 読みやすいのだが……。


「その、『付き合っていた二人の女の子の間に三人目の女の子が現れて、主人公と倒錯的な関係に陥って徐々に三人が歪み始める』ストーリーは万人に受けないんじゃないかな……」


「あ、そう……。これおねえちゃんが好みそうだから描いてみたんだけどな……」


「おねえちゃんって凜華さん?」


 確かリコにはわたしと同い年の姉がいたはずだ。

 血は繋がっていないので厳密に言うと義姉に当たるが、前にリコの家に遊びに行ったとき本当に血のつながった姉妹のように仲が良かったのをよく覚えている。

 それにしてもあの大人しくてしっかりしてそうな凜華さんにこんな趣味があったなんて。


「今度からリコの夢に関しては凜華さんは関わらせない方がいいと思う」


「え、そんなにひどい……?」


 わたしの言葉にリコはあからさまにショックを受けた表情を浮かべ、うるうると瞳をうるわせる。

 まずい、傷付けてしまったか。


「いや、悪くはないんだけどね!? ただ、リコの絵が綺麗に描けてるせいでより生々しく見えるっていうか、重々しいっていうか……」


「もっとファンシーにってこと?」


「だ、大体そうかな……」


 どっちかというと青春モノが似合いそうな気がするが、これは個人の主観になると思うので黙っておく。

 わたしの評価にリコはしばらく「うー」とふてくされていたが、やがて顔を上げてわたしをじっと見つめてきた。


「……そういえば、セラの夢って何なの? 聞いたことない気がするけど」


「あー、うん、そうだね……」


 リコの問いについ歯切れの悪い返事をしてしまう。

 わたしの将来の夢。この時代には少し古めかしい仕事で、ついつい恥ずかしい気分になってしまう。もちろん、立派に社会に貢献する仕事なのだが。

 でもリコならきっと受け入れてくれるだろうと信じ、わたしは彼女の目を逸らさないようにして答えた。


「……の、農家だよ…………」


「へぇ、意外」


 ……思ったより食いついてこなかった。

 この時代にわたしのような若者が農家になりたいだなんて多少なりとも珍しいはずなので、もう少し興味を持ってもらって欲しかった。


「農家って米とか野菜とか?」


「うん。わたしの実家って農園やっててね。色んな夏野菜を育ててるの。結構育てるのも楽しいんだよ? それに採れたてはおいしいし、自分で育てた野菜がみんなの元に届いて食べられてるって思うと嬉しくなるんだ」


「素敵な夢だね」


 と、語っていたわたしの夢にリコは笑顔になる。

 突然のリコの言葉にわたしは、驚いて言葉が詰まってしまった。

 

「え、えっと」


「うん、本当にいい夢だと思う。自分がなりたいものに誇りを持てるのは立派なことだし、セラにはよく似合うと思うよ」


「変じゃないかな……?」


「そんな訳ないよ。それに農家って大変な仕事なんでしょ? でもその夢をしっかりと目指す気持ちは立派だと思うし、私はそれを応援したいな」


「ありがとう……!」


 何てしっかりした恋人なのだ。

 まだわたしよりも幼い年齢だというのにその大人びた考えと励ましの言葉にわたしは涙が出そうになる。

 リコはそっと微笑み、わたしの頭にぽん、と手を置いて一言呟いた。


「でも、農業進むなら何で私立の進学校に入学したの?」


「う」


 ぐさり、と。

 リコのそっけない言葉が深く刺さったような気がした。






※※※※






 それから。

 少し値段の張るレストランでお昼ご飯を食べて。


「このケーキおいしいね、セラ!」


「うん。でもやっぱり、カロリー気にしちゃうよねぇ」


「何言ってるの、どうせセラなら脂肪は全部おっぱいに行くでしょ」


「……怒っていい?」


 リコが見たいと言っていたアクセサリーショップに一緒に立ち寄り。


「いらっしゃいませ……ってセラさんにリコさん!?」


「あ、ヘイゼルちゃん久しぶりー」


「ここでバイトしてたんだね。セシリアは?」


「何でそこであの人の名前が出てくるんですか!? あいつはただのストーカーです!」


「でも見た感じ仲が良いように見えるよ? いつも腕くっついて一緒に歩いてるじゃん?」


「それにいつも『ああ、選ばれし聖女よ!』とか何とか愛を囁いてるよね」


「それ勝手にくっついてきてるだけですから、勝手に言ってるだけですから! 何ですか、からかいに来たんですか!?」


『ちょっと、お客様に何ですかその態度は!』


「あ、すみません……」


「しっかりしてよヘイゼルちゃん」


「しっかりしなよヘイゼルちゃん」


「うるさいです!!」


 お揃いのネックレスを買い、手を繋いでイルミネーションを観に行ったり。


「あ、セラ。ここで写真撮ろう?」


「いいよ、リコ。ほら、こっち寄って」


「はぁい。――――んっ」


「ふえ!?」


 と、度々頬に軽い口付けをされることもあったが。

 そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 そして、一通りが少なくなった歩道橋で。

 ついに『その時』が来た。






※※※※





「じゃあ、まずは私からね」


 そう言ってリコは包装された小さな箱をわたしに渡してきた。

 リコからのクリスマスプレゼント。

 今回は気合を入れて用意してきたが、それはリコも同様だったらしい。受け取ってからすぐに「開けてもいいよ」とリコは期待に満ちた目で急かしてきた。

 ならば、その言葉に甘えるとしよう。

 包装を解き、箱を開ける。

 中から出てきたのは、小さな赤い宝石が装飾されたイヤリングだった。

 まるでその色はリコの目とそっくり、いやひょっとしたら同じかもしれないぐらい綺麗だった。


「驚いた? これ、私の目と同じ色なんだよ?」


「すごい、綺麗……」


「でしょー? さらに、もう一個あるんだよ、見てごらん」


 と上機嫌にリコはわたしを促す。

 言われるがまま、もう一個のイヤリングを取り出してみる。

 こちらは、空色の宝石が装飾されていた。――――まるで、わたしの目の色と同じ。


「これ、わたしの目と……」


「うん。お互いの目の色のイヤリングを交換してお揃いにすれば恋人っぽさが出るでしょー?」


 とリコは微笑んで言う。

 思いがけぬサプライズに嬉しくなる。特別な日に渡されるお互いをイメージしたペアアイテム。うん、嬉しくないはずがない。

 わたしの反応にリコはご満悦のようで、「次! 次!」とわたしからのプレゼントをねだっている。

 さて、散々驚かせてもらったんだ、ならばこちらも驚いてもらわないと困る。

 そして、手渡したプレゼントの箱を開けたリコの目が見開いた。


「え、これって……」


 中から出てきたのは小さな指輪が二つ。

 奇しくも、リコと同じお互いの瞳の色をしたペアアイテムであった。


「これはね、左手の薬指につけるものなの」


「え、あ、それって!?」


 そう。

 これは、リコの気持ちへの答えを表したわたしの最大限の愛情表現。

 

「わたしたちはまだ子供だから結婚なんてできない。でも、リコとずっと一緒にいたい、ずっと好きでいたいっていう気持ちを伝えられるし共有することができるの。それが、この指輪」


「セラ……!」


 わたしの言葉にリコは涙を流し喜ぶ。

 わたしも、自身の想いを打ち明けるのに気恥ずかしくなりながらもじんわりと胸が熱くなるのを感じる。


「だから、その……。これからもずっと一緒にいてくれますか?」


「…………っ! はい、もちろん!」


 わたしの問いに、リコは笑顔で返事した。

 そして、互いにイヤリングを付けて指輪を嵌めて。

 不意に、リコはわたしの首に手を回し密着してきた。

 そして熱っぽい瞳でわたしを見つめ、ゆっくりと唇を開く。


「好き」


 直後、リコとわたしの唇が重なり合った。

 外の寒さを忘れさせるような、長く熱い幸せな抱擁と接吻はいつまでも続いていた。



 ――――今日という日をわたしは忘れることはないだろう。

 長い将来、リコとどんな道を歩むかなんて分からない。

 きっと、大きな喧嘩をして亀裂が入る日だって来るかもしれない。

 それでも、リコとずっと一緒にいられる。ずっと好きでいられる。

 そう、わたしは確信していた。



 同時に唇が離れ、透明な架橋がわたしとリコの舌を繋ぐ。

 お互いに潤んだ瞳で見つめ合い、紅潮した頬に手を伸ばして。

 きっと、気持ちすら同じ。

 だから、わたしとリコは息を合わせることもなく同時に互いの想いを吐き出したのだ。


「「リコセラに会えてよかった。愛してる」」


 そして。

 再びわたしとリコは深い口付けを交わした。






※※※※





「なーんて」


 どこかで。

 小さく咲良が呟く。


? ま、起きたら全部忘れるんだろうけど。まったく、慈悲をかけるこの咲良の気にもなってよ」


 そう言って咲良は目の前に小さな映像を出現させる。

 そこに映っていたのは、同じベッドに入って手を繋いで眠るセラとリコの姿。

 お互いに幸せそうな表情を浮かべていた。

 この1225なのか咲良には知る由もない。ただ適当に捏造した精神世界を作り上げ、そこに彼女らの意識を送り込んだけだ。

 だが、幸いにも吉夢に当たったようで眠る二人の口元はすっかりと緩んでいる。

 もちろん、咲良は二人に情けを感じて粋なことをしたわけではない。

 むしろ、その逆。

 二人の時間は希望に満ちたものだと錯覚させ、いずれ全て絶望として搾取されるその日が来るまで肥やしているだけに過ぎなかった。

 眠る二人の姿を見ながら、咲良は不敵に笑う。


「……ふふ✩ この幸せな時間が壊れる時。その瞬間にどんな顔を浮かべるのか、すっごく楽しみだなぁ」


 覚めれば全て消える無意味で無価値で無駄な夢を、二人は滑稽にも見続ける。

 偽りと仮初の幸福に浸り続ける。

 そして。






 二人はこのあとに待ち構える残酷な運命げんじつを、まだ知らない。





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