第10話 火事
ある朝。
いつも通り目覚ましの音で目を覚ました俺は、カーテンを開け、窓の外を見て驚いた。
「……は?」
というか、呆然としてしまった。
俺の家は、村のはじっこにある。家から少し歩けばすぐに森。そんな場所。
だからこの窓からはいつも森が見える。はずなのだが。
森が、ない。あると言えばあるのだが、スカスカだ。
「森がねぇ!」
俺は慌てて階段を駆け降り、リビングに飛び込んむ。
「おはよう豊(のぼる)」
リビングでは母さんがお茶を飲んでいた。
「いや、おはようって……」
「おはようはおはようよ。騒いだって仕方ないでしょう? 天災なのよ」
母さんは“天災”の部分を、妙に強く発音した。
その言い方からは諦めではなく、苛立ちが感じられる。
「昨日の深夜、火事になってね。
最初に気付いたのは村長の息子さんらしいんだけど、その時にはもう、火は村の間近まで迫っていたんですって」
「こぇえ…」
この家に燃え移っても全然おかしくなかった。ということだ。
「でね、村長の息子さんが大声を出して知らせてまわって、私も起きて、燃え盛る森を見て……
逃げなきゃって、慌てたわ。でも次の瞬間……」
「次の瞬間?」
「火が、消えた」
「は?」
火が、消えた?
「何の前触れもなく、パって、消えたのよ。後に残ったのはあの状態の森。
つまり火事はあの悪魔の仕業ってことでしょ。森に火をつけて何が楽しいのかしら。
とんだ天災もあったものね!」
忌々しげに窓の外を睨み付ける母さんにつられて、俺も窓の外を見た。
今はなき森の森の奥。
一軒の家がたっている。
遠目にしか見えないが、わかる。家は崩れ落ちたりせず、元のままだ。
スッカスカの森の中、唯一しっかりたっている。
その家に住んでいる人を、村では悪魔と呼んでいた。
「あ」
その悪魔の家に向かって、走って行く人が見えた。
顔は見えなかったが、誰だかはわかる。
隣の家の、光一だ。
「お隣も大変よね。息子があんなんじゃ」
「んー……ん」
俺は曖昧な返事を返した。
小学校に入る前までは、光一と俺はよく一緒に遊んでいた。
光一の家も俺の家と同じく、店や畑を持っていない。
だから、当然一緒に隣町の小学校に通うことになると思っていたのだが。
光一は、学校に行かなかった。
詳しい事情は知らない。
ただ、“光一は悪魔に魂を売ったから、学校に行かない”という噂が、いつの間にか真実ということになっていた。
そしてある日、俺は母さんにこう言われた。
『もう光一君とは遊んじゃだめよ』
その時の母さんの声を、俺は妙にはっきり覚えている。
『光一君みたいにいい子にしなさい』
そう言っていたいつもの声と、あまりに違っていたからだ。
「んー……ってあんた、まだ光一君と会ったりしてるんじゃないでしょうね?」
母さんに眉をひそめて尋ねられ、俺は首を横に降る。
「んなわけねーだろ。俺だってわざわざ関わりたくねーよ」
本当は、嘘。ついこの間、たまたま町で会った。
俺は、悪魔に魂なんて売ったらどんどん凶悪顔になっていくイメージを持っていたのだが、そんなことは全然なかった。
昔のまんま成長した感じ。
優しそうな雰囲気は、俺よりずっと大人に見えた。
「久しぶり」
そう声をかけると、光一は嬉しそうに顔をほころばせた。
でもその笑顔はすぐに困ったような顔に変わる。
「僕と話すの誰かに見られたら、めんどくさいことになると思うよ」
あれが“悪魔に魂を売った子”の言うことだとは、俺にはとても思えない。
あんなに悲しそうに、寂しそうにする悪魔なんて、俺は知らない。
「嘘でしょ……」
ぼんやりと回想していたが、母さんの声で我に返った。
母さんは食い入るように窓の外を見つめている。
「はぁ!?」
俺も外を見て、驚いた。
森が、もとに戻っていた。
※
あれから数日。村は、何も変わっていない。
森ももとのまま、ちゃんと木々が生い茂っている。
ほんの少し変わったことがあるとすれば。
信じられない光景を立て続けに目の当たりにしたことで、
村の人間の悪魔を恐れる気持ちが、より強くなった。ということだ。
*
その夜。暇だったから、葉音の家に遊びに行った。
手土産は花火セット。
打ち上げ花火もどきみたいのが入ってる、結構本格的なやつだ。
光一もいるかな~っと思ったら、光一はもう帰った後だった。
いい加減おっきくなったんだから、夜もいればいいのに。
そんなわけで葉音も暇してたらしく、喜んでくれた。
森で花火をして、終わったら、まぁ適当に片付けて。
その日は葉音の家に泊まった。
ら、森が火事になっちゃった!
そのことに気が付いた時、私は慌てたけど、葉音は落ち着いていた。
考えてみたら『葉音がいるんだから何が起こっても安心じゃん』
って私も気付いて、ベッドに戻った。
朝起きたら森はなくなってたけど、村は無事だった。
村は、無事だった。あーよかったよかった……
うん、でも森はなかった。
葉音なら元に戻せるとは思うんだけど……
これ、光一は怒るんじゃないかな~って思って、私はその前にうちに帰ることにした。
ごめんね光一! 悪気はなかったの☆
―666(むつみ)―
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