その指先で…

桜雪

第1話 Bus stop

 とても暖かく柔らかい、そんな光に包まれていた。

 夢の狭間…

 目覚めようとする夢の最後、途切れる刹那に見える、白い指先。


 私は、今日から、しばらくこの街で暮らすことになります。

 病院に近い街へ引っ越した朝。

 新しい生活は少し不安で、少し楽しみで、でも…やっぱり不安。


 そんな気持ちになると、あの夢を見るのです。


 ほんのり光るオレンジ色、温かくて柔らかい。

 光に包まれた私は、とても不思議な気持ちになります。

 心を、身体を委ねる様に…それでいて、とても悲しいような…

 とても不思議な気持ちのまま、目覚めます。


(病院と…バイト先…バスを調べなきゃ)


 慣れない街…初めての朝

 アパートを出る足取りはフワフワと軽い…のかな?


 何も知らない街

 誰も知り合いのいない街


 バスの時刻表…田舎と違って解り難い。


 買ったばかりの腕時計、なんだかバンドが緩いよう。

 外して鞄に入れようとした。

 ドンッ…カシャン

 誰かにぶつかった

「すいません」

 落とした腕時計が路上に滑って…

 タクシーに踏まれた。

「あっ!! あぁ~」

 思わず大きな声が出た。


 不思議な気持ちでフワフワ見知らぬ街を歩いて…

 腕時計が壊れて、現実に戻された。


(最悪…)


 もうこの街が嫌いになれそう…


 入院していた病院に通院しなくちゃならないから…退院しても、この街に住むことになって…バイトも決めて、新しい生活が始まった朝、最悪の朝。


「貸して…」

「へっ?」

「その腕時計…貸してみて」

 差し出された白い手は、とても綺麗だった。

「はい…」

 言われたままに腕時計を渡した。

 白い手の青年、少し細い目、優しい目。

 青年は両手で腕時計をフワッと包むように軽く握って、細くて優しい目を閉じた。

 ホワリと手が光ったような気がした。


「はい、どうぞ」

 私は腕時計を差し出された。

「えっ?」


「相変わらず…ドジなんだな…ナミ」

 青年は、そのまま行ってしまった。


(なんで…私、涙が…泣いてるの?)


 私の手の中で、壊れた腕時計がTickTack…TickTack…刻を刻む。


「直ってる?」


 慌てて、青年を探してみても…もう何処にも見当たらない。

 TickTack…TickTack…

 秒針の動きに

 TockTock…TockTock…

 鼓動がシンクロするように動き出す。


「なんで…私の名前を知ってたの…」


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