不完全なあなたに
夏目宗一
第1話 誰より完全な君
2020年 2月22日 午後3時27分
「なぁなぁ、このマンガ知ってるか?」
私の不意をついて発せられたその一言に私の足は止められた。5階建ての病院の屋上の縁からたった今踏みと出そうとしていた、私の一歩はそのあまりに無遠慮な一言によって完全に止められてしまった。その声の主は私のすぐ後ろにいた。振り向いた私の目に映ったのは、太陽の光を乱反射させる真っ白な長髪を揺らし、燃え盛る炎を閉じ込めたかのような赤い瞳を輝かせ、その整った目鼻立ちを台無しにするほど大きくゆがめた笑みを口元に浮かべた少女だった。
「おいおい、人が質問してるだろ?知ってるか、このマンガ、天才バカドンて言うんだけどさタイトルに天才なんてついているから、どんな才能あふれた超人が出てくるのかと思ったら出てくるのは揃いも揃ってとびっきりの変人ぞろいと来た。確かにバカと天才は紙一重だっていうが、これは些か極端すぎるってもんだろ。ぎゃはははは」
あっけにとられた私を放置してその少女は一人でしゃべり続けた。十五分ほどたっただろうか。話すネタもなくなったのだろうか、私は知ってるとも知らぬとも言ってないのに話し終えた少女は思い出したかのように切り出した。
「そういや、お前こんなところで何やってんだ?やっぱり、お前もここから死のうってか?なにがあったか知らねえが、病院で死のうなんてバチ当たりな奴だな。はは、まぁ何にせよ、ざまぁねぇな。
ぎゃはは、じゃあまたな。」
私は呆気に取られた。あまりの衝撃的な少女に手放しかけた自我を、ギリギリのところで取り戻すと、言い返してやるべく息を吸う。
名前も知らない、しかも見るからに年下の少女にここまで言われて黙って入られるほど私も大人になれてない。「なんで屋上来たんだっけな」なんて呟きながら立ち去ろうとする少女の背中に向かって私は声を上げる。
「お、お、お前に」
「ああ、なんだよ?死にたいんじゃねぇのかよ。いいと思うぜ、死にたい奴は死んじまえよ。」
言いたい放題言った少女は、私のことなんか記憶にないかのように足取り軽く帰っていく。年下の少女一人にいいように言われ何も言い返せなかった自分に軽い失望を覚えながら、まぁ自分なんてこんなものかという妙な納得を覚えたまま何に邪魔されることなく、今度こそ私の体は宙に投げられた。
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