【超短編】ニート勇者誕生の日
平川らいあん
【1話完結】ニート勇者誕生の日
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ブハ~!
喉を鳴らして、ビールを飲み干す。今日も酒がうまい!平和になった今、毎日酒が飲める。こんな幸せな事はない。
さすがに毎日は自分でもどうかと思うが、今まで命を懸けて戦ってきたんだからバチは当たらないだろう。。
と、ひとり酒を愉しんでいたその時。
「ちょっと!!」
BARのママが強い口調で話かけてきた。
「なんでしょう?」
驚いたが平然を装って答えた。強い口調で言われる節が思い当たらない。人違いだろう。「あんたね。そろそろツケ払ってくれる?」
「へッ?…ツケ?」
あまりにも驚いたので、間抜けな声が出ちった。
ゴホンッ。咳払いをしてごまかす。
「あんたねぇ。もう1,200G(ゴールド)にもなってるのよ?いつまでタダ酒する気?そろそろ払ってもらえる!?」
えええっ!それこそ人違いだろう。だってオレは…。とりあえずここは冷静に。もう一度聞いてみよう。
「私、ですか…?」
「他に誰がいるのよ。」
…オレみたいだ。確かにお金を払ったことはない。だってオレは、この世界を救った勇者なのだ。
故郷であるこの町に帰ってきた時には大歓迎され、お酒も好きなだけ飲んでいいって言っていたのに…。すごい形相で睨みつけている。相当怒っているようだ。
「好きなだけ飲んでいいって言ったじゃないですかー」と喉まで出かけたけど、やっぱり飲み込んだ、だってオレ勇者だもん。勇者としてのプライドがあるじゃない。
それにしても、いつの間にかツケになっているなんて…知らなかったぁ~。しかも1,200Gだとぉ。上級の危険なクエストこなさなきゃ無理だぞ。高すぎだろう。と、思いつつも
「申し訳ない。次来た時は必ず払うよ。」
と、勇者の威厳を保つため、クールに言って席を立った。そのまま店を後にする。背中に熱~い視線を感じながら。
ん~1,200Gかぁ。そんなに持ち合わせてないし、どうしたものか。というか貯金も0なんだよねぇ。勇者の肩書だけで一生食べるのに困らないと思ってた。
こうなったら久しぶりに、クエストをこなすしかないか。とりあえずギルドに向うことにした。
ギルドではクエストを受けることができる。クエストには、魔物や盗賊の討伐など上級と呼ばれる危険なものから、人探しやおつかいなどの初級まで様々なものがある。その難易度によって謝礼のゴールドの額も違う。
そしてそして、実績も名声もあり勇者の肩書を持つオレには、「VIP」と呼ばれるクエストを受けることができるのだぁ。VIPクエストは、正直楽で稼ぎがいい。祭りのゲストとか姫様のダンスの相手とか。これも勇者の肩書を持っているおかげ。ウッシッシ。
ギルドに着くと、懐かしい顔があった。ギルドを仕切るガルだ。
「おやっさん!久しぶり!」
以前のように気軽に話しかけた。ガルは強面で、ガタイもいい。顔見知りじゃなかったら話かけないかも。
「よう!これはこれは勇者様ではないか!久しぶりだなぁ。元気か?」
「なんとか元気でやってるよ。ちょうど1年ぶりぐらいか。なんだかもっと昔のような気がするな。おやっさんは相変わらず元気そうだな」
「まぁな。元気だが、こう平和だと仕事がなくて商売上がったりだ」
しめた!仕事の話に持っていけそうだ。このままクエストの内容を聞き出そう。さすがに勇者が金のために仕事を探してるとは切り出せないし…。
「そうなのか?で、今はどんな仕事があるんだい?」
「今は、ほとんどが荷物運びで、あとは、迷子のペット探しぐらいさ。人間を襲ってくるモンスターもいなくなり、流通が正常に機能して、食料や生活費需品も普通に手に入るようになったからな。1年前とは大違いだよ!仕事は減ったが、平和はいいもんだ。みんな幸せそうだしな。これもすべてお前さん達のおかげだよ!」
…やばい。オレの肩書を活かすことができそうもない。というか勇者が荷物運んでったら驚くだろ!迷子のペットなんて問題外!どうしたものか…。さりげなくやばい仕事がないか聞いてみるか。
「そうか。それはよかったよ。苦労した甲斐があった。でも中には、やばい仕事とか入ってたりするんだろ。」
「がっはっはっー!」ガルが豪快に笑った。この笑い方も懐かしい。
この笑い方をする時は絶対に何かある。昔からそうだったのだ。
「お前さんらしいなぁ。そうやって以前も無茶なクエストを次々こなしていって、最後には魔王を倒しちまったんだから、たいしたもんだよ。でもなぁ…本当に今はねえんだよ。お前さんと一緒に戦った皇女モデナが国を治めてから、争いごともまったくと言っていいほどねえ。ほんとたいしたもんだ。」
「そうか。それは本当によかった…」と口には出したが、内心驚いていた。
どうなってるんだ世の中は。たった1年でここまで変わるなんて。魔王を倒してからも国同士の争いが続いているとばかり思っていた。事実、数ヶ月前まではそうだったのだ。こんなに変わるなんて。あれだけ長い間苦しんでいたのがウソのように…。
「キャー!助けてー」
その時、悲鳴が聞こえた。
反射的に体が動き、悲鳴の方に走り出していた。やっぱりオレは勇者だなぁ。損得考えず走り出すなんて。かっこいいぜ。オレ。
女性が立ち尽くしているのが見えた。
「どうしました?」
「ひったくりです!荷物を…荷物を盗られました!!」
女性が指を指す方に逃げていく男の姿が見える。もうだいぶ遠いな。走って追いつく距離じゃない。
よし!テレポーション!瞬間移動の魔法を使って男の前へ。
「うおっ!なんだお前は!?」
「勇者です。その女性の荷物、返してもらいましょうか」
「なんだとぉ」
男はナイフを取り出した。
勇者に刃物を向けるなんてなんて無謀な。何かあった時のために腰につけているフェニックスダガーを抜く。
フェニックスの力を宿したダガーは一振りしただけで一面は火の海だ。その神々しい光を発する刃を見ただけで、男は腰を抜かし倒れこんだ。
「荷物返してもらうね」
地面に転がっていた荷物を取り、魔法で女性の元へひょいっと向かう。
「どうぞ」
笑顔で荷物を差し出した。
「あ、ありがとう…ご、ございます」
女性は、恐る恐る受け取る。その表情は怯えきっている。
あの男に怯えているのではなく、間違いなくオレに怯えている…。オレ勇者なのに…。
「じゃあ」
「きゃあ」
手を振ろうと手を上げたら、女性は悲鳴を上げ、逃げるように走り去っていった…。
そ、そんなぁ。オレ勇者だよ。男から荷物を取り返したのにぃ。なんてこったい。もうこの世には勇者は必要ないみたい。魔王を倒してまだ1年しか経ってないのに。あんなにもてはやされたのに。
まぁ、勇者が必要なくなったってことは平和ってことか。
さぁてと、これからどうやって生きて行こうかな。暖かい日差しの中、町のあちこちから笑い声が聞こえる。オレも自然と笑みがこぼれる。笑っている場合じゃないんだけどなぁ。
【超短編】ニート勇者誕生の日 平川らいあん @hirakawaraian
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます