マリンちゃん
「ね、すごっく可愛いでしょ?」
と彼女は、そのアンティークドールをぎゅっと抱きしめた。
「マリンちゃんっていうのよ。あたしの娘なの」
きっとままごと遊びのときには「お母さんの言うことをききなさい」などと叱っているのであろうその人形を、彼女はそっとテーブルの上に置いた。
「この子ね……ちゃんと生きているのよ」
大きな目を瞬かせてまるで重大な秘密でも打ち明けるように言うと、彼女はブラシでマリンちゃんの髪を梳きはじめた。
「涙を流したのよ、あたし見たんだから……」
去年の春ごろ、マリンちゃんは急に涙を流しはじめたという。
家族はみな気味悪がり捨ててしまおうという意見まで出たが、ひいおばあちゃんの代からこの家で大切にかざられていたものだ。それにアンティークドールとしてかなり値打ちのあるものらしいので、しばらくは様子を見ようということになった。
「ママはね、きっとお腹がすいてるんだろうって言うのよ。バカね、あたしのマリンちゃんはそんな食いしん坊じゃないのに」
なんとかマリンちゃんに泣き止んでもらおうとみなで知恵を出しあい、お菓子をお供えしたり、髪の毛を切りそろえてあげたり、紅を差してやったりと、いろいろ試してみたのだがいっこうに泣き止まない。
「でね、山梨の貞ばあちゃんが家に遊びに来たとき、お洋服を着せかえてみたらって言ったの」
若いころ裁縫の先生だったというその貞ばあちゃんが、端切れを縫い合わせて作った服をマリンちゃんに着せようとしたところ。
「古くなったお洋服を脱がせようと思ってね、マリンちゃんを持ち上げたの。そしたら――」
マリンちゃんのお尻に画鋲が刺さっていたらしい。それを抜いたら涙はぴたりと止んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます