第14話

14.(※注意 人を殺すシーンがあります)

 

 

 目の前で項垂れ、けれど必死に何かを考えながらも耐えているようにすら思えるキョウ。だけど、彼のために苦労しながら山越えをしてやるつもりもなかった。

 

 キョウが弱いってわけじゃない。今現在、この世界におけるレベルで考えたらチートだと言っても過言じゃないほどに強いだろう。それくらい魔術師としての力は衰退しきっているのが、今のこの世界だ。

 それでも、今の精神面では盗賊たちと戦うという意思は皆無と言ってもいいだろう。

 ウダウダ言っているけれど、怖いのだ――そりゃ当然だろうな。人殺しを好んでする連中など、ある意味で精神が崩壊しているか倫理観などない人間たちなのだろうから。一概にキョウを責めることなどできるはずはない。

 

 それでも――自分は覚悟を決めた。

 このまま放置すれば、この先もきっと山越えをする者たちに危害を加えるだろう者たち。もちろん、今の連中を倒したところで、また蛆虫みたいに湧いてくるのは分かりきっている。

 それでも――今の連中を消し去ってしまえば、少しでも人の従来が楽になるはずなのだ。

 

 その後の申請をするか否かと問われれば、悪いが知らぬ顔を通すに決まってる。自分たちが通ってきたときには、まだいたとかなんとかね。

 その程度でも通用するのが、この世界の魔術レベルである。ついでに通信レベルやらなにやらも含めさせてもらうけれど。

 

 本当はこんなシリアスな展開になるとは自分でも思ってなかったのだ。それでも、やらなければいずれ自分がやられると考えれば、やって損もないだろう。

 

 そう思って準備を始めたときだった。

 

「僕も行く!!」

 

 きっぱりとはっきりと、そう言いきったキョウが、立ち上がってこちらを見つめていた。その目には、さっきまでのウダウダした情けないまでの子供のような色が見えなくなっている。そして何よりも、あれほど『怖い』と言っていた意思が少しずつ消えようとしていて……こっちのほうが不安になるほど今正に覚悟を決めたと感じられた。

 

 だけど、これはこれで危険なのだと、彼は知ってるのだろうか。

 自分は最初からなかった恐怖心――けれど、それでも時間が経つに連れて感じられた『孤独感』と『恐怖心』は、とても心に負担が掛かるものだった。

 あとから溢れ出してくる感情は、凄く怖いものなのだ。まるで、内側から侵食されて壊されていくようにすら感じられるそれは、ある意味で人格を破壊するほどの脅威すらあった。

 

 それでもどうにか立ち回れたのは、自分が自分であろうとしたことだっただろうか。

 けれど今のキョウは無理やり、そうやって自分を奮い立たせている。そうなれば、あとからの反動は――自分のときのそれよりも遥かに強く大きなモノになる可能性が高い。

 

「いらない」

「……え」

「キョウはいらない」

「……カ、ナさん」

「戦わなくていい」

「で、でもっ!!」

「アンタ、覚悟らしい覚悟ができてないだろ?」

「それでもっ!! カナさんひとりに負担は掛けられない!」

「負担だと思ってる事自体、間違ってる。自分はそんなこと考えてもいない」

「……は? だ、だって……人を」

「そう、これから人を殺める。だけど、自分の中で彼らはもう人間じゃないんだ」

「……人間、じゃ、ない?」

「意思の疎通ができない、犯罪を犯すことでしか生きられない人々は、魔獣よりも劣るって思わないか?」

 

 え? と言いたかったのか、そんな感じの形を作った口元は、けれど声を発することはなかった。それと同時に、キョウはとても辛そうな顔つきになってから悲しげに目を閉じる。

 少しだけなら、キョウの気持ちも伝わってくるよ。

 だけど、これからやることを変えるつもりはないのだ。

 

 装備を整え、刀剣を腰に差し、そして変装アバタをつける。

 もう準備は整ったも同然だ。

 けれど、キョウが固まったまま動かないため、少しだけ猶予を与えているというところ。

 

「キョウ――アンタは壊れるかもしれないから連れていけない。でも、終わったら声を掛けるから、そうしたら移動する。いいな」

 

 言えばキョウがガクリと膝を折って座り込んだ。

 恐怖と戦うことは悪いことじゃないけれど、覚悟らしい覚悟も決まっていないのに行動すれば、あとから心に反動を受けて壊れてしまう。そんな姿は見たくない。いや、絶対にさせたくないのだ。

 

「キョウ。別にアンタの力をバカにしてるわけじゃないし、アンタの存在を無視してるわけでもない。でもさ……」

「覚悟……できたって、少しは覚悟ができたって、思ったんだ」

 

 せっかく紡ごうとした言葉をキョウが遮ってくれた。けれど、それは決して悪い方向の言葉ではなく、彼自身も分かってるのだろう。

 

「怖いんだ、まだ……僕は人を殺すなんてできないと思う……だけど、カナさんひとりに背負わせたくないって、勝手に思って……」

「いいよ、それで。そんな風に思ってくれただけでいい。けどさ、そこまでシリアスにならんでいいだろ?」

 

 キョウに見せつけるようニヤリと笑ってみせてやる。すると泣き出しそうな顔で……まるで縋ってくるような顔つきで、こちらを見つめてきた。

 

「あのさー、キョウ。相手は人かもしれないけど、人の心を捨てた時点で、自分にとったら魔獣なんだ。だから人を殺めるって感覚じゃない。だから背負うつもりもない!」

 

 キッパリ言い切ってやれば、目も口も大きく開ききっていた。まったく……本当に子供みたいだな、この男は。

 

「心配すんな! 今からちょこーっと手前の連中を屠ってくる! そうしたら移動して、また結界を張って家を出すから……そうだな、その間に飯をよろしく!」

 

 片手を上げて言い放てばキョウが情けない顔で苦笑いを作った。でもって、そのあとには――。

 

「分かったっ! 僕にできることを優先する。今は、まだ……うん、まだできないことが多いけど、ご飯は作れるから! カナさんみたいに失敗しないことをするよ!」

「あ゛あ゛!? なんつった、今!」

 

 たぶん自分を奮い立たすための言葉だったのだろうけれど、選んだものが間違っているとしか言いようのないキョウに、思いっきり睨みを投げつければ、体を大きく震わせてから『ごめんなさいっ!!』と頭を下げた。

 

「ったく……言葉を選べ、クソガキが……んじゃ、行ってくるわ!」

 

 そう言ってから、すぐさま家を飛び出した自分が目指したのは、山の入口から1時間ほど行った場所だった。

 

 

 

 移動した場所には、どうやら盗賊なのだろう人間たちの気配を感じ取った。たぶん偵察隊といったところか――この結束力や力をほかに発揮すれば、きっとこいつらも長生きできただろうにな。

 感じ取ったところ、偵察隊は五人ほど。草陰と木の上、ひとりずつ適度な距離を保って身を隠している。それは統率の取れたトップがいてこそ成り立つのだろう動き。

 

 隠密を使ってここまで来たけれど、どうやら彼らに気づかれた様子はない。隠密を使っているんだから当然だと思われるかもしれないが、上位の人間なら気づかれる可能性もある術でもあったのだが――どうやら随分とザコを置いてあるみたいだ。

 普通の偵察ならそういうもんなのだろうか? もし自分がトップになったら、それなりの手練をひとり紛れ込ませておくんだけどな。

 そんなことを考えながら、ひとりひとり駆除していった。

 

 一人目――口元をしっかりと抑えてから、首元にナイフを走らせ横に滑らせる。肉を断つというよりも、草を薙ぎ払ったような軽い感触に、自分でも驚いたほどだ。

 反動――くるだろうか?

 否、こないな、これなら。

 

 相手の動きが確実になくなったと感じ取ってから手を離し、そして移動していく。その際に軽い浄化の魔術をかけておいた。なぜなら血の匂いをさせながら移動すれば気づかれてしまうからだ。

 なんて便利な魔術たちだろう――下手をしたら、国のトップも暗殺できるような力だよな、これ。

 

 そんなことを思い浮かべながら二人目へ。

 草の陰に隠れつつ、木の上にいる者と密に連絡をとっているやつは最後にしようと考えながら、木の上へ。

 さっきと同じように口元へ手をやれば魔術を使うやつだったらしく、少し反撃された。が、ものの数秒で意識を奪うと、すぐさま口を塞いで喉に一撃必殺のスキルを打ち込む――メギリというような音がなった気がした。首がこれでもかってくらいに折れている気がする。でも怖気づいた感じがしないのは、もしかしたらとうの昔に自分は壊れてしまったのかもしれない。

 

 三人目も木の上のやつを狙った――声をだす余裕すら与えず、喉元にナイフを投げつけ、そして心臓のあたりに刀剣を差し込む。思いっきり突っ込みすぎたのか、刀剣が背中から突き出しているのが見えた。そして横へと薙ぎ払えば、簡単にそいつの体は傾いでいった。力つくその瞬間は、誰でもこんなに簡単なのだろうか?

 

 そうして四人目、五人目と手を下してから、ようやくもう一回索敵を開始。

 ここからまた一時間ほど行ったところに、今度は十人ほどの気配を感じ取る。それは、あまりにも悪意の塊に感じられるほどの気配だった。

 

 

 移動して、また十人ほど固まった連中を葬っていく。けれど、今回はそれほど簡単には行かないと感じ取っていた。なぜなら、相手には魔術を使う連中が数人ほど紛れ込んでいたから。

 何度となく相手の攻撃を受け、手足に傷を作っていくのが分かる。痛覚は、ちゃんとあるんだよな、本当に悔しいほど。痛みだけが自分を生かしていると信じさせてくれる唯一のものだなんて、本当に度し難いな。

 

 応援を呼ばれ、少しだけ梃子摺りながらも、葬っていく数が増えるだけという感覚に、どんどん自分が麻痺していってる気がした。だけど自分が見ている者たちは、なぜか言葉を発している気がしない――まるで、魔物を相手にしているような感覚にすら陥るほどだ。

 

 ひとり、ふたり、さんにん、よにん、と人が倒れていく。

 そのたびに、自分の刀剣が血を吸い取っていくような気すら感じながら、ときにはナイフを取り出して投げつけ、ときにはアイテムを出して自分を回復させと、面白いほどに連戦を繰り返していた。

 

 恐怖心との戦いは、やってくる様子がない。

 まるで当たり前のように魔獣を倒しているような感覚だ。

 

 あぁ……確か、ゲーム内であった海賊たちの討伐というクエストをやったときの感覚に近いかもしれない。

 相手はゲームながらヒト型だった。言葉も発していたが――文字は読めないような記号文字を使ってたっけ。

 

 今現在、自分はゲームの中で遊んでいるわけじゃないのに、血の匂いに酔ったのだろうか、そんなクエストで貰った報酬のことを思い返していた。

 

 また応援を呼ばれるのだろうか――まだ、この戦いは続くのだろうか。

 そんなことを考えていると、奥のほうから大きな体躯をした男が現れたのだった。

 

 

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