くれいじー・クレイジー!

夏月

第1話

01.

 

 

 ここはどこなのだろうか――と奏生(かなう)は思っていた。

 見知らぬ場所。見知らぬ匂い。

 さっき、ようやく一週間の仕事から開放され休日に入った奏生は、自宅に戻って体を清め大好きなビールを飲みながらゲームを始めたはずだった。

 確かに毎日ゲームはしていたけれど、週末は少し違う。罪悪感などなく、時間を気にすることなく自由にゲームを楽しめる時間。そう思って、ここ2年半ほどハマっていたゲームを立ち上げたはずだったのだ。

 ところがゲームを立ち上げ、さてインするぞと思った瞬間、いつもとは違う感覚に襲われた――が、それが何であったのかすら思い出せない。

 

 

 

 ぼやけていた視界が戻ってきてなお、いまだに真っ暗な眼前では何事が起こったのかすら分からないまま。移動しようにも足元すら覚束ないため身動きするのが精一杯というところ。

 そんな中、耳だけは正確に何かを聞き取っている――というよりも、気配みたいなものを感じていると言った方が正解だろうか。

 

 奏生は身を護るように体を小さく丸めて息を殺し、そのときを待った。

 そして――眼の前に感じた獣臭に奏生は迷わず手にしたものは、腰に引っ掛けていた大きな刀剣。

 

 ガツリとも、ズシャリとも、なんとも言えない音と体全体に伝わっていく重み、次いで周辺に撒き散らされた鉄の匂い――否、血の匂い。

 

 奏生自身も一瞬、何が起こったのか理解できていなかった。ただ反射的に体が動いていただけ。ただそれだけのことが、あまりにも自然な動作で、あまりにも当然のことで――いつもの生活からかけ離れたことだと理解するまでにかなりの時間が掛かったに違いない。

 けれど呆気に取られている暇などなかったのも事実。周りにある気配は一つきりじゃなかったのだから。

 

 続けざまに自分へ飛びかかってくるそれらは、奏生に迷っている暇など無いと言外に伝えていた。と同時に、奏生の本能が勝手に体を動かしていく。いや、実際に奏生の本能だったのかすら分からないけれど――次々に襲い来る『なにか』と戦い続ける奏生には、確かに迷っている時間などなかったのかも知れない。

 そして、自分が持っているものが刀剣だと知ってもなお、相手が獣であると知れば迷うことの意味もなかった。

 

 どのくらいの間、それらを繰り返していたのか――辺りからは獣臭よりも血の匂いのほうが強くたち始めた頃になると、ようやく獣の気配も消え失せて、奏生は持っていた刀剣を慣れた仕草で振り下げ血を吹き飛ばしてから腰につけていた鞘に戻した。

 

 そして、暗闇に慣れ始めた視界で、少しずつその場から離れ始め――奏生は愕然するまで、あと少し。

 その足取りは、あまりにも不確かなものだった。

 

 

 

 

 

 

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 ゲームの世界に迷い込んだと気づいたのは、森を出る直前のことだった。

 それまで違和感いっぱいの中で、自分の着ているものだけは現実世界のゲームにインするときに着ていたものだったから――ただし汚れが一切ないことにも疑問がいっぱいだったけれど。

 

 そんな中で腰に提げていた刀剣は確かに見覚えがあり、また森から見え始めた外の世界、そして遠くに見える城を見て『始まりの街じゃねえか』と呟いたのは記憶に新しい。

 

 そこからは何もかもが必死だった。

 とにかく、この状況を落ち着いて考えなくちゃならんと思い、とりあえず森の中に引き返したのは、さすがに着ているものが違和感丸出しだったからだ。

 けれど頭の中にはモヤだらけ。

 だってそうだろう。ゲームだ、ゲーム!! しかもヴァーチャルリアルなゲームをしてたんじゃないんだぞ! メルヘンチックで可愛いと定番の3DMMORPGだったんだぞ! そんなところがリアルになるっておかしいだろ!!

 そう思ったら、混乱に混乱が重なって逆に冷静になったのは、さすがに自分の頭が普通じゃないと感じられた。

 

 とはいえ、だ。

 普通に考えてありえない状況に陥っていることくらいは理解できた。

 そしてゲームの世界とはいえ、現実的に見えていることも――森だって街だって城だって、どう見たってメルヘンじゃないんだから。

 キレイなパステル調の色なんかどこにもない。普通の現実でしかない世界。

 それなのに――どうみても、今まで遊んできたゲームの世界。

 

 なんで、そう思うのか――直感と言ったら『ふざけるな』と返事がきそうだが、それが答えでしかない。

 なにせ、獣を殺したというのに返り血を浴びてないとか、腰に下がってる刀剣とか、説明がつかないことばかりなのだから――夢だと思いたいのに、森を抜けてきた足は汚れはなくとも疲れがあり、なおかつ痛みすらあるのだ。これを夢だと思えるだろうか?? そして、ここが単なる地球上のどこかと言えるだろうか? 言えたら、どれだけ良かっただろう――本当に。

 

 散々考えて、散々悩んで、散々混乱しまくって、行き着いたのはゲームの世界ならば持っているスキルなども確認できるはずだってことと、腕に巻かれていたバンドでインベントリが存在しているということだった。

 

 それで、だ。

 現実的に受け止めにくい状況ではあったけれど、実際にゲームの世界だってことが、たったそれだけで認識できた――たぶん。

 

 スキル他は本来なら画面上で確認するものだった。

 けれど現実的にそれは無理があるだろう――なのに、インベントリに何故か入っていた冒険者タグなるものを触れると自分のレベルやスキルその他が確認できた。驚きだ。

 

 またインベントリの中には、今までゲームをしてきた間に揃えたアイテムから何からが揃っていた――ありがたい。それだけでどうにかなりそうな予感すらする。

 それだけじゃない。課金アイテムや課金で揃えたアバタすらも揃っており、いつだって取り出せるのだ。

 問題は――ゲーム内でのお金。それが思っていたよりも少ないってこと。

 まぁ、それは致し方ない。なぜならば、自分のジョブがお金のかかるものだったからだとしか言いようがない。

 だって……ジョブだけで数種類も制覇しちゃってたんだから、いろいろと――そう、いろいろとお金がかかったんだよ!!

 

 まあ、それはさておき、だ。

 ゲームの世界に紛れ込んでしまったことを納得はできないものの理解し、街に行くかと言えば答えはノーである。

 なぜならば――まずは自分の状況をもっとよりよく知る必要があるのだ。

 

 ということで。

 自分が最初にしたことは、元の場所へと戻ること。そう、森の中である。

 だって、いきなり街に行っても入れるかどうかすら心配だし、自分の格好はもちろんのこと、どんな状態なのかすら分からないため、少し気持ちの整理と頭の整理と心の整理と――まあ、とにかくいろんなことを考えつつも整理し直したかったからだ。

 

 そうして森の中へと戻り、自分が堕ちてきただろう場所に戻ってみれば、倒したはずの獣たちはおらず残骸一つ残ってなかった。いや、実際にはなにかあったことを彷彿させるものはあったのだ。ただし、はっきり言ってそれらがあのときに倒したせいだったのかと問われたら『見てないから知らない』としか答えようがなく、それでも受け入れることが今は肝心と諦めた。

 

 何があったのか――不思議な泉と不思議な土地。

 

 混乱するよね――うん、自分もする。

 本当に混乱しかないけどね。

 でも、本当に戻ってみたら水が湧き出てくる泉ができてて――それもキレイな石で出来た囲いまであって、だ。

 そうして周りを見渡してみたら、広場なのだよ、森の中なのに……森の中心ではないと思うけど、森の中だっていうのに大きな広場ができちゃってたわけ。

 

 ここで自分でも驚くべき答えが出てきたときは、もちろん『まてまてまて!』とツッコミを入れた。

 が、抗いきれなかったのである。

 

 

 そう、自分はここを拠点として家と畑を作ってしまったのでした。

 

 

 

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