音楽からのインスパイア

@ganmensohaku6

配信停止

 あの子は死んだ。ストリーミング配信のサイトで14人に見守られながら。私はその14人の中の一人であった。彼女は私の眠れない夜、決まって配信をしていて、枕に顔をうずめてぐちゃぐちゃになっている私の横の、充電中のスマートフォンに通知を鳴らした。配信はさまざまなものがあった。過食嘔吐、オーバードーズ、飲酒喫煙、リストカット。彼女は確か私の一つ上の学年だったろうから、コメント欄にはひどい言葉が並んでいるときもあった。彼女はそれを読み上げ、興奮状態でヒステリックになることも多々あった。何が目的でそんな配信をするのか、深夜帯にスマホなんていじっていないであろう大人たちは、きっと怪訝な顔で、世の中のゴミでも見るような顔で、そんな疑問をいだくのだろうか。私は彼女の気持ちが痛いほどわかる。だから、その大人たちを怪訝な顔で見返すだろう。彼女が診断された正式な病名こそ知らないが、振る舞いからするに、双極性障害とかそんなところだったのではないかと見当をつけていた。彼女の配信に集まる者は二分される。彼女のように何か心に病名を付けられた者と、ただインターネットで何かネタになるものを探し興味本位で煽ってくる者、この二種類だった。しかし、私はどちらでもないところで浮遊していた。

 私は彼女がうらやましかったのだ。こんなことを言っては失礼なのは重々承知している。彼女は対人関係で揉めたのがきっかけで精神を病むようになり、精神科にお世話になったそうだ。私が毎日鬱っぽいのは何があったからとかではないし、精神科に足を運んだことすらない。彼女はよくカミソリで腕を血だらけにしていた。彼女がスマートフォンのカメラを血で濡らし、画面が薄く赤く染まったあの日の配信を私は覚えている。その次の日の配信で、リストカットの跡が店長にバレて、アルバイト先をクビになったと言っていた。私は、学校の先生や友達にすら、悟られるのが怖くて、小さな裁縫用の針でぷつぷつと小さな赤い穴を左腕に作ることしかできない。こうすれば、虫刺されや、かぶれ等の症状に見える。そして何よりも、彼女は自ら命を絶ったのだ。私は、今、現に生きている。こんなにも死にたいと思いながら生きている。何もかもが情けない。

 私が彼女を特別な存在として見るようになったのは、もうひとり別の女の子の影もある。その女の子も精神疾患を患っていると自称していた女子学生だった。彼女は、その行為こそSNSアカウントに載せないものの、前述したような行為について詳細に叙述し、SNSに載せていた。私は彼女の発信する情報を、少なからず信じていた。しかし、蓋を開けてみると彼女は大げさな文面と、加工した画像でSNSを切り貼りしていたようだ。というのも、彼女を知った半年後くらいに、彼女は彼氏ができたという報告とともに、めっきりそのアカウントに姿を現わすことはなくなった。それを知ったとき、私はとてつもない虚無感に襲われた。彼女は「似非」だったのだ。わたしの信じていた、仲間だと思っていたのは全て虚構だったのだ。そして彼女は、精神病である自分を演じ、それに酔っていただけだったのだ。彼女の苦しみに共感し、同情していた自分がバカバカしい。そして何よりも彼女はの人間で、私はの人間だという事実が辛かった。

 自殺した彼女はこんな私を見て何を思うのだろうか。死にきれない残念な奴だと思うだろうか。死ぬことが怖いのかとからかわれるのだろうか。別に私は死自体が怖いわけではない。私という存在がこの世界に生物として死んでしまうだけのことだと思うし、やり残したこととして思い浮かぶのは、私が実現できる範囲の超えたものばかりだ。やりたいことがあるのに叶えられない方がどう考えても私にとっては苦しい。その半永久的に思える苦痛と、首を吊る、電車に撥ねられる、一酸化炭素に包まれる苦痛を比べたなら、どちらがより自分にとってしんどいものかは一目瞭然で。ただ、私はそうして自殺したとしても、死にきることはできない。私が死んだ後も、「彼女は生前…」「死因は病気や事故じゃなく自殺で…」と人々の間で話されるのだろうから、それがどうしても怖かった。死んだって、みんなの記憶から、この醜くてどうしようもない私はいなくならない。私という存在を完全にこの世からなかったことにできたらいいのに。

 私は結局死にたいのだろうか。消えたいのだろうか。見えている未来は全く明るくないし、待ち遠しくない。でも、こんなちっぽけな一晩くらい乗り越えてやりたいのだ。こんな考えを巡らせている夜、彼女は決まって配信をしていた。今晩はあるだろうか。もう帰ってはこないのだけど。

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