掌編小説(Break Art)

C*D

第1話 春

 よく晴れたある春の日の昼下がり、小高い丘の上の1本の樹に妖精が現れました。いえ、もしかしたらそれは女神だったのかもしれません。それほどまでに”彼女”は気高く美しく優雅でした。


 休憩のための木陰を求めて丘を登ろうとしていた私の、すぐその先の樹の下に忽然と。本当に忽然と何の前触れもなく姿を現した”彼女”に、驚き、戸惑います。ひょっとして私が気が付いていなかっただけで、実はずっとそこにいらっしゃったのでしょうか。こちらのことなど視界にも入っていない様子です。


 白や赤や黄色の小片を風に揺らす花たちが”彼女”のまわりを踊るように舞っています。青や緑の小鳥たちが”彼女”の持つ竪琴に寄り添うように集まり、その音色に彩りを加えています。”彼女”は柔らかな微笑みを浮かべながら、流れるように弦を弾き、あまつさえ小鳥のうちの一羽と軽やかな口づけを交わします。


 私はその光景に見惚れてしまい、声をかけることすらもできません。これは夢か幻でしょうか。それほどまでに美しい赤毛のように光るブロンドの”彼女”と彼女を取り巻く神々しささえ感じるこの光景に。


 あぁ。


 私は。


 今ここに。まさに今ここに。人生の使命を得たのだと気づきました。彼女の姿を世界中の人々に届ける使命を。今はまだ持てる技量の全てを尽くしても描きえぬ姿を、いつの日か。いつの日か必ず届けることが私の使命なのだと。




 1888年、ムハがアカデミー・ジュリアンに通う直前のことでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る