第4話 幻聴

過去の記憶に這うように昔を思い出していると、


「ミカ、お帰りなさい」


父の声が聴こえた。もちろん、幻聴だ。ふと、辺りを見回すと、よく父と来ていたあのスーパーの前にいた。ここで学校帰りに父と待ち合わせ、食材を買っていたのだった。


このスーパーが私達、家族の解散原因と言っても過言ではない。


私の家は、父が俳優で、母はお金持ちの家の出で生粋のお嬢様、そんな二人の間に生れた私の三人で構築されていた。物心がついたばかりの頃は、家にお手伝いさんが沢山居て


「ミカお嬢様、お父様がまた活躍されてますわよ」


よくお手伝いさんが、物心つきたての私に媚びを売っていた。


我が家もいわゆるお金持ちだった。


父はトレンディー俳優として数々の作品で主役をはったりした。しかし、翳りは早々に見えてきた。二枚目の宿命、次から次へと同じ路線の二枚目俳優が現れる。気付いたときには、スケジュール帳は真っ白になっていた。


憧れの父がどんどんと家に居着くようになり、家計の苦しさから幾度かの引っ越しをすることになった。なにより辛かったのは、父が卑屈になり私や母の目を見ず、物静かになってしまったことだった。


程無くして、家計を支えるために母がパートを始めた。しばらくすると、一つ二つと増やし、三つ掛け持ちで働き始めた。


それでも母は、父の仕事を応援して


「私は、演技をしてるときの春馬君が好きなの」


文句もいわず、父を支えていた。ある日、


「あの、木村さんのご自宅で間違いないでしょうか?紅葉新聞の者ですが」


母のパート先からだった。


「娘さんですね。お母様は御在宅でしょうか?夕刊の時間が迫っているので来ていただかないとなんですが」


母はいつも通り一時間前に出ていったはずだった。


母は、大通りを渡って一本横路に入ったところで倒れていた。いわゆる、過労だった。すぐに病院に搬送されるもその後、母と私が会話を交わすことは無かった。


逆に、それから父は毎日外出をしていた。ハローワークに行くようになっていたのだ。一般企業に就職し、俳優は完全に廃業した。


小学生になった私は、例のスーパーで父と買い物をするようになっていた。唯一、一日の中で父と会話出来る時間で私はこのスーパーに来るのが大好きだった。


今思えば、家では廃人同様、部屋を真っ暗にしてずっと一点を見ていた父がこのスーパーでは普通に戻ったのか分かる気がする。このスーパーは、夕刊を配り終わったあとに、母がパートしていたスーパーらしい。父は、母を感じることで自我を取り戻していたのだろう。

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