―その男が起こす滅び―
俺は、目の前で起きた出来事を、信じられなかった。
銀色の煌めきは俺の周りの仲間を捕らえ、あっさりと輪切りにしていく。
俺も咄嗟に隠れていなければあのように切り裂かれていたのだろう。
仲間は次々と立ち向かい、光の残滓とともにばらばらと固形物と化していく。
それを起こす、男と思われる悪魔のような背後には、燃え盛る炎があった。俺達の拠点としているこの屋敷が、燃えているのだ。
その激しく燃える炎が逆光となっているがために男の姿が黒いシルエットにしか見えない。隠れているせいもあるかもしれないが、だが、今は出ていこうとさえ思えないほど、その男は圧倒的だった。
あまりにも突然。
あまりにも理不尽に。
その悪魔は突如やってきて、屋敷でいつものように殺しの仕事を終えて寛いでいる仲間達を次々と屠っていく。
俺達は殺し屋だ。
裏世界でも名のある殺し屋としての自負もある。
でなければ、A級ランクの殺し屋、組織としてもAランク認定を裏世界でも得られるわけがない。
そんな俺達を、ただ、つまらなそうに腕を振るうというたったそれだけの動きで圧倒する。銀色の光が煌めき、辺りには血飛沫が舞い、仲間達はいとも簡単に肉塊へと姿を変えていく。
ことんっと、近くにコロコロと転がり壁にぶつかる丸い物体が視界に入った。
それは、つい数時間前まで俺と今日の殺しの仕事について話していた仲間の一人。
その、頭だ。
斬られたことに気づいていないのか、なぜそこにいきなり視界が移動したのか分からないのか。
隠れている俺を見つけると不思議そうな表情を浮かべると、自分に起きた事象に気付き、声を出した。
逃げろ、と。
声とともに口から溢れ出した赤い液体は、地面に小さな湖を作り。最後は残りカスを涎のようにつーっと、口の端からこぼれ落とす。
目から生気が消え、死んだ魚のように瞳が光沢を失う。
俺も、隠れていなければああなっていたのだろうか。
異変を感じてすぐに隠れ、今は仲間達が次々と殺されていく断末魔の声を、光景をただただ目を閉じ耳を塞いで時が過ぎるのを待つだけしかない。
何が、裏世界の殺し屋だ。
何が、ただ人を殺すだけの簡単な仕事だ。
人は簡単に死ぬ。
ただ、それが自分の番になっただけ。
そう思って仲間達に加勢しようとするが、体はがたがたと震え、足は言うことを聞かず。
俺はこんなにも弱かったのか。
俺はこんなにも臆病だったのか。
俺はこんなにも薄情だったのか。
俺は――
「ずいぶんとまあ……派手にやってくれたもんだ」
久しぶりに聞いた声。
我等の団長の声だ。
戻ってきていたのか。
団長がいるなら、何とか生き延びれそうだ。
信頼のおける団長の声に、勇気が湧いてくるのを感じた。
団長の加勢をしようと辺りから仲間が駆けつけるような足音が聞こえる。
俺も加勢すれば、少しは仲間達の助けになるかもしれない。
「お前が、この組織のリーダーか?」
団長に返された声は、まだ若そうな男の声だった。
「お前は、殺し屋か?」
「殺し屋だと、思うか?」
「変わらんだろ。……殺人許可証所持者か」
「そうだな。お前等を殺すことには変わらんな」
少し、会話がずれたやり取りが聞こえる。
まだ、今は出るタイミングではない。
奇襲だ。
俺に今求められるのは、男の隙をついて団長が有利に立つための一撃だ。
そう考え、自分の獲物であるナイフを握り直し、相手が動く瞬間を待とうと、動きやすい体勢になるため体を持ち上げようとしたときだった。
辺りに、形容しがたい現象が起きた。
辺りの空気が一斉に消えたかのような。
辺りの炎が、ゆらゆらと揺らめく体躯を止めたかのような。
辺りの炎の光が一瞬で途絶えたような。
目の前の光景が、黒一色で塗りつぶされたかのような感覚。
体を漆黒の闇に食い尽くされたかのように、俺の心に、隙間から入り込んで塗りつぶして――
――恐怖、が俺の心に侵略してくる。
「……生き残った奴等、意識のあるやつは、今すぐ逃げろ」
団長の声が聞こえる。
「足止め程度ならしてやる。今は、逃げろ」
逃げろという、団長の声が聞こえる。
俺はとっさに隠れていた場所から、一歩、また一歩と、屋敷から遠ざかるように後退していく。
団長が視界に見えた。
団長の周りには、大量の残骸が。
人の、塊が。
ばらばらに切り刻まれた人が、ばら蒔かれていた。
「ひっ」
死ぬ。殺される。
あれは、団長を助けに合流した仲間たちだ。
声が聞こえないと思ったらすでに死んでいた。
逃げる。
団長が言ったから逃げるんじゃない。
俺が逃げたいのだ。
死にたくないから逃げたいのだ。
「……人を散々殺しておいて、自分は死にたくないから逃げるか」
若い男の声が聞こえた。
逃げる俺に言った言葉なのだろう。
好きなだけ、いくらでも言うがいい。
俺は、死にたくない。
それが、俺達――
裏世界で殺し屋組織として名を馳せた、『華月』の、壊滅にも等しい大打撃を被った、一年前の話だ。
俺は、この男を、後で自分の死とともに知ることになるが、それはまだ先の話だ。
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