第18話:妖精、散る
女子寮。妖精の園。
「待って」
メイの透き通るような声が辺りに響く。
「あなた達は、なぜ夜中に女子寮に来ているのですか」
すでに寮内からは何事かと窓を開けているこちらを窺っている生徒もいる。
その生徒達に聞こえるように。今のこの状況を教えるように言葉を紡いでいく。
「いきなり攻撃を仕掛けて、望ちゃんを再起不能にまで陥れて、何が目的ですか」
メイの一言に、ずりずりと望を引きずり去ろうとしていた駕籠が立ち止まる。
望の瞳はすでに光を灯しておらず、絶望に彩られているようだった。
その姿を見た生徒達が窓から悲鳴を上げている。
「……なあ、俺、周りに見られながらっての結構好きなんだけど。先に味見ってのは駄目かな?」
メイのそんな言葉に、周りの光景に嗜虐心をそそられたのか、玲が寮内へと向かう入り口から、メイに向かって舌舐めずりをしながら近づいていく。
「次にと考えてただにが……いいだによ。後で楽しむだに」
「さすがっ!」
せめて、水地かカヤが戻ってくるまでの時間稼ぎができればいい。
駕籠の、望に対する行為は止められないかもしれないが、せめて女子寮への侵入だけはなんとしても避けたい。
メイはそう思いながら、近づいてくる玲へと向かい立つ。
結果としては成功ではあるが、自分の危機が去っていないことには変わりない。
「じゃあ、そう言うことで!」
シャンッと、錫杖が鳴ったような音がし、玲の右腕から再度の刃物が飛び出した。
メイが玲に向けて糸を射出する準備を整える。
「待て。俺が楽しんでいるところだ」
そこに解が言葉を挟む。
「え~、解の旦那ぁ、いいだろぅ? なんだったら2人で相手ってのもアリだろ?」
「俺はそういう趣味はない。終わった後に楽しむつもりだ」
「げ。解の旦那って死姦趣味なのか」
「違う。……動けなくした後に楽しむって意味だ。戦った後は昂ぶるからな」
2人の会話も聞いていられず、メイはすかさず男達に向けていた右腕を横にすばやく振る。
バスッと、しんしんと降る雪が切れる。降り積もった新雪が重いものに押しつぶされたように形を崩す光景に、男達はその異様さに危険を感じ、メイから距離を置く。
「……それ以上近づかないでください。何の用があるのかは知りませんけど、退いてください」
メイの威嚇に、2人はそれぞれ違う表情を見せた。
玲はこの先のお楽しみへの笑み。
解はこれから起こる戦いへの笑み。
解が、まずは動いた。
目の前にナイフを振るうと、びんっと音がして限界まで引き絞られた糸がたゆむ。
解はメイが糸使いだと認識していた。
見えないくらいに薄いが突っ込めば人の体など簡単に切断されるほどには硬い糸。
雪を撒き散らす、または降り続いた雪が切れる箇所を見極めることで、張り詰められた糸の位置が把握できた。
「なぁるほど! 罠仕掛けてたのかっ!」
玲が時間差で空へと飛び上がる。
メイは糸を切り裂いた解のナイフの上に飛び乗り高く跳躍。
跳躍先に待ち構えていた玲の顔面に鋭い右蹴りを放つがカタールに阻まれ失敗。
一瞬の制止の間にカタールを左脚で蹴りあげ、腕を振るい寮の壁に糸を括りつけ、玲の胸部を右脚で蹴り、玲の体を支点として解へと急降下していく。
あまりの機動の速さに驚く解の目の前に降り立つと、解のナイフを回し蹴りではたき落とす。地面にナイフが落ちる前に掴み取り、空中にいる玲へと投擲。
空中で身動きのとれないはずの玲は空中で浮いていた。
『疾』の型を応用し、風の力を使って浮いていたのだ。
ただ、それくらいのことは出来るのは、最初の強襲時には分かりきっていた。
不自然に宙に飛び上がり、制止して向かってきた時に、何かしらの技術を使っていなければあのような動きはできない。
玲は自分に向かってきたナイフに慌てながらカタールの刀身で軌道をずらす。
その間に解が懐から予備のナイフを取り出し斬りつけてくる。
脳天を切り裂くように振り上げられたナイフに、糸を巻き付け寮の壁に括りつけた糸と連結。
寮の壁の糸を引き戻すと、ナイフと共に解が引っ張られる。
解もすぐに気づいて靴底に隠したナイフを引き出し薙ぐように蹴りを放つ。
メイが慌てて回避行動を取るが、胸部に掠り衣服が切り裂かれる。
解が持っていたナイフを離すが、その時には解は玲の目の前に引き寄せられていた。
猛スピードで近づいてくる解を玲が抱き締めるように受け止める。
2人がぶつかりよろめくことを確認して、メイは次の機動の為に腕を振るい、辺りの木々に糸を括りつけた。
その一瞬の隙に、解の脇下から黒い棒状の筒がぬっと現れていたことに気づくのが遅かれる。
短い音が鳴り、硝煙の匂いとともに小さな物体が筒から飛び出した。
メイの右腕に着弾すると、金属と金属がぶつかるような音が鳴り、メイの脚が衝撃で大地から離れた。雪かき後の固まった雪場に突っ込み、衝撃が和らぐ。
「あ……」
すぐさま立ち上がろうと右腕に体重をかけるが、体を支えきれず、再度雪の中に顔を埋めてしまう。
筒――銃から飛び出した銃弾が右腕に当たったことは分かった。支えきれなかったのは折れているからとも理解はできたが、激痛や雪場に突っ込んだときに脳を揺さぶられたのか、思考能力が低下して、頭が正常に働かない。
寮内から上がる悲鳴やメイを心配する声。この状況にただメイを応援するしかない少女の声が耳に聞こえるが、それに対して何も返すこともできなかった。
「ふざけた真似しやがって!」
玲が倒れこむメイの右腕に向かって風を切り裂く音が聞こえるほどの鋭い蹴りを放つ。
メイの悲鳴が上がり、地面に右腕を抑えてうずくまる。
「お~、いい声出すじゃねぇか。いいねぇ!」
玲がさらに振り被って右腕を蹴りつけると、メイの右腕が肘から先が逆に曲がった。
何もできず、少女達の悲鳴が空しく響く。
「……!!」
声にならない叫び声があがり顔が歪む。
玲は周りの声やメイの声に興奮が止まらない。
何度も右腕だけを蹴り続ける。
解は、その光景を呆れたように見つめていた。すでに、メイには興味がなくなっているようだ。
駕籠はメイが倒れたことで望への行為へと勤しもうと再度望の髪を掴みあげながら、かちゃかちゃと音を鳴らしだす。
「あ…ぅ…」
玲がメイの右腕を掴み、足が地面に着かないように持ち上げた。
すでにメイの右腕は骨が完全に砕けて紫色に腫れ上がり、今にも骨が内側から飛び出しそうなほど歪な形に変形している。
寮内の少女達は、震えながら耳を押さえ、目を閉じて音と目から読みとれる情報を遮断しようとする行動しかできない。中には固まって凝視することしかできない少女達もいた。
「いいなぁ、いいなぁ! 綺麗な顔が痛みに歪むっ!」
メイの顔を笑いながら見つめ、にたにたと玲が頬を舐めまわし始める。
メイが心底嫌そうな顔をし、その顔に抵抗の意思が現れた。
とっさに、メイが左腕で男の喉を掴む。
その腕を渾身の力をこめて引き剥がすように真横に振った。
聞き慣れない音が響く。
「ぐぅ!」
油断していた玲は、いきなりの激痛に思わず唸り声を上げ、メイを投げ飛ばす。
メイの右腕が曲がるはずのない方向に曲がり、バリッと鈍い音がして、肉を突き破って骨が飛び出した。
着地と同時に玲の足を払ってすかさず離れると、玲は無様に地面に尻をつき、喉を押さえて蹲る。
メイの受けたダメージも多大で、激痛に動きが止まり、その場に右腕を抑えて蹲っていた。
ぽたぽたと、真っ白な大地に赤い血化粧が施されていく。
「に、逃げなきゃ……」
痛みで意識が朦朧としながら呟き、寮内の少女達に示すように入り口を指すその指は、血と肉が付着し、男の喉に深く食い込んだことを物語っていた。
「それはできないな」
入り口に――指差した先に解が立っていることに気づく。
メイの表情が一気に崩れた。
「……派手にやられたな、素人相手に。……大丈夫か?」
まったく心配した様子のない解がメイの行動を制している間に、玲は首を負傷した喉に華月の証明であるバンダナを巻きつけて止血し、ふらふらと立ち上がる。
「この女、ここで俺が殺してやる……」
所々聞こえにくい声。喉に深刻なダメージを追ったようだった。
メイは左腕を男に向ける。左手から四本の細い光が姿を現し、その光がメイの前に壁を作り出す。
「……てめえの糸なんざ簡単に見切れるんだよ!」
その言葉を残し、メイとの距離を一気に縮め、いとも簡単に細い光の壁を引き裂く。
「あ――!」
思わず出た声は途中で途切れ――
後頭部を掴まれ雪で埋まった地面に顔面から叩きつけられ、メイから言葉が失われる。
「死ねよ」
その言葉とともに、玲は高く掲げていたカタールをメイの首めがけて振り下ろした。
ざくっと、斬れる音が辺りに響き、ボールのように物体が飛び上がる。
少女達の悲痛な叫びが、女子寮に木霊する。
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