第6話:管理人のお仕事
「――ちゃん、起きてください」
「あぁ?……」
自分を呼ぶような声で眠りから覚める。
メイだと気づくのに、まだ覚醒してない頭でも時間はかからない。
「……何だよ……眠いんだ。眠らせろ。ついでに寒いんだ。やっぱり眠らせろ」
制服姿のメイを一目見て、すぐさま毛布を被って寝に入る。
「カヤちゃんは今日から管理人ですよ」
「管理人?……」
メイの言葉に、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと状況を思い出す。
見事なまでに、自分の現在の臨時職を忘れていた。
それと共に父親への怒りも湧いて出てきたが、今日からというか、昨日からすでに仕事をしていた気がする。
「……そう言えば、俺は今日からここの管理人か」
「起きてくれないと、管理人失格です」
「あ?」
目覚めの一服をしようとライターの火をつけたとき、訳の分からない言葉を聞かされ、持っていた煙草を落としてしまう。
「朝御飯。カヤちゃんが作るんです」
「何で俺が――」
「ここでは、管理人が作る方針です」
言葉を遮られ、思わず黙る。
「……んで、こんな時間か……」
腕時計を見ると、午前5時を指していた。
カヤが自主的に起きる時間ではない。
「私が起こしに来ないと、寮のみんな、朝御飯なしでしたよ?」
「……親父の奴……こんな面倒なところを紹介しやがって……」
「ほらほら、早く朝御飯作らないと」
そう言いながら、メイは毛布をカヤから奪い取り、近くに畳み始める。
「行きましょう?」
早い時間だというのに、微笑を浮かべるメイに苦笑いを浮かべるしかなかった。
・・
・・・
・・・・
食堂。
綺麗に片付けされた調理場――片付けたのはカヤ自身だが――で、カヤはふと気づいた。
「……一つ聞いていいか?」
「はい?」
「50人分、作れと?」
「はい。だからこんな時間です」
メイは微笑みながらあっさりと言う。
その微笑にこんな時間に起きてよく眠くないなと思った。
「……間に合う? いや、正直、間に合わないだろ?」
「私も手伝います。でも、何とか、です」
ため息をつき、煙草を一服しようとする。
言い出すと言うことを聞かないことは、長年メイと付き合って痛いほど知っている。
「カヤちゃん、煙草なんか吸わないでください。作らないといけないんですから」
いつの間にか、どこからか取り出したエプロンをしたメイが、白いリボンで髪を結びながらそう言う。
「煙草は俺の命だ」
「はいはい。後でいいですから……」
そう言いながら、どこからか取り出したエプロンをカヤに着せていく。慣れた手つきだった。
管理人が不在のときによくみんなに着せていたのだろうか。
エプロンなぞ自分でやれるのだがと思いながらも任せてみる。
正面から背後の紐を蝶々結びにしようとしているためか体が密着した。
「んしょ……はい、できました」
子供っぽい言葉が出たのは自然にだろう。カヤの記憶にあるメイと変わらない一面を見て、笑みがこぼれる。
「? カヤちゃん? 面白いことでも?」
「……いや、さてと、始めるか……」
「?」
「っと、その前にもう一人、助っ人を呼んでこい」
その言葉と共にカヤの管理人としての長い一日が始まった。
「管理人さん♪ 行ってきま~す♪」
「はいはい。さっさと行け」
そんな相変わらず楽しそうな茜やその他の女生徒等の声に、面倒そうに言葉を返し、彼女達を煙草を吸いながら見送る。
「……朝から元気な奴等……」
「そうだなぁ……若いっていいねぇ……」
空を見上げると、雪はいまだに降り続け、外を白く染めあげている。
男が二人して、のんびりと煙草を吸いながら空を見上げている。
「なあ、水地。ここはいいところだ。……けどなぁ……」
「……けど?」
カヤは吸い終わった煙草を携帯灰皿に捨て、また新しい煙草を吸い始める。口の中に広がる煙をふっと吐き出すと、空に広がる灰色の雲が追加された。
「……面倒なところ、だな……」
「それは……お前が管理人なんかやるから」
「そうだが。朝早く起きて飯作るなんて面倒すぎだろ」
「おい、そのためだけに俺は愛するハニーとの幸せな眠りの時間を起こされたわけじゃないよな?」
「お前のその言葉はあえて無視する」
カヤは少女達のいない時間に、管理人として寮内の掃除をしなくてはならない。
寮内のすべての通路の掃除。階層ごとのトイレの清掃。脱衣場と浴場と大浴場の清掃。洗濯場の清掃に台所と食堂の掃除。そして外の雪かき。さらに、決まった時間の夕食の支度。夕食を作るにあたっての材料の買い出しや更に厄介な風呂焚きにくべる薪の用意――この寮の風呂は、火を絶やさないように薪をくべることが必要で、住人が入っている間は、焚き場から動くことができない――等々、やるべきことがたくさんあった。
これだけの仕事を一人で毎日のようにこなそうとすればストレスは溜まるだろう。おまけに、望から聞いた前任者のことがあったにも関わらずいまだに警戒心の薄い少女達を見ていればよからぬことも考えてしまうのは何となくわかった。
もっとも、まったくもって少女達に興味がないのでただただ面倒なだけだが。
「……時間もないし……やる、か」
「おい、俺に対する何かお礼の言葉とかないのかね。朝食を一緒に作った台所の戦友であるこの俺に」
「ああ、ありがとうな。ついでにさらにこれからも手伝え」
「それは遠慮しよう」
互いに煙草を携帯灰皿に捨てる。カヤは「仕事多すぎだ」と、面倒という意思を声に出して寮へと戻っていった。
・・
・・・
・・・・
……疲れる。
そう思いながらも、自分の手際のよさに感服しながら、寮外の雪かきが終わり管理人室で煙草を吸っていた。
「……あとは、飯の材料、だな」
そう呟くと、カヤはため息をつく。
何だかんだで職務を全うしようとする真面目さはあるカヤであった。
「……許可証所持者が何でこんなこと……」
「他の奴らが知ったら大爆笑ものだな。裏世界で名だたる『閃光の二重影』様が掃除、夕食の買出しとか、俺でも笑えるわ」
「だよなぁ……でもお前もみ~ちゃんはねぇだろ、『弓鳴りの水』様」
「そこはほれ……愛の為せる技ってことで」
一緒に煙草を吸う水地は笑いながら答える。しかし「み~ちゃん」という弱みを握られ、仲間達に言い触らせないことが残念だった。
「とにかく、お前も手伝え。しばらくここにいるんだろ?」
「あ~、まあいいけど。ここにしばらくいることも合ってるし」
男二人は煙草を吸いながら、静まり返った寮内――禁煙である――を歩き、自動販売機でホットコーヒーを買って外へと出る。
外はいまだに雪が降り続いている。いつ降り止むのかわからないその雪を見ながら、まだ時間もあることもあり、カヤはまた降り積もって白い化粧のされた近くの岩場の雪をどかして座る。
雪が積もってひんわりとした岩に少し顔をしかめるが、それでもずっと立ち続けるよりはましだった。
しばらくすれば体温で岩も温まるだろうと思いながらもコーヒーに口をつける。
「……お前、何か俺に用があってここにいるんだろ?」
煙草に火をつけ一服。
空を見上げ、空高く広がる雲に向かって新しい雲を煙で作りながらカヤは水地に言う。
「ん……まあ、な」
「ここに俺がいることは知らなかったとしても、少なからず何か用があるからこうも纏わりつくんだろ。俺が手伝えと言ったこととは別として、だ」
「ん~……永遠名。お前、休養中だろ? 律儀に俺にメールきてたし。しばらく仕事とか、やらないだろうし」
言いにくいのか、水地はぽりっと頬を書きながら、カヤの作った雲を見つめながらそう言う。
「なんだ? 厄介な仕事でも抱え込んだのか?」
「いや、そういうわけじゃない」
「じゃあ、なんだよ」
水地の仕事はカヤの殺しとは違い、主に遺跡発掘と探求に絞られている。人を殺すことよりも、遺跡の発掘は難易度が高い。
ただ、このご時世、そこらかしこに遺跡が転がっているわけではない。
水地はカヤと同世代の許可証所持者だが、カヤよりもランクが低いのはそのことが起因していた。
「まあ、いいよ。お前はゆっくりと休養しておきな」
そういうと、水地はカヤの隣の岩の雪をどかし、カヤと同じように岩に座る。
「遺跡絡みか?」
「だから、お前は仕事のことなんか考えるなって」
「お前が言わないから気になるんだろ」
「気にするなって。俺はただ愛しい彼女の側にいたいだけだ。それと、永遠名という敵対しても勝てない敵が俺の物に興味をもたないようにしたいだけだって」
ぶるぶると想像したのか、水地は顔を真っ青にしながら震える。
冗談にしてはとてもリアルだった。しかし、ふと思い出せばここは極寒の雪の中だ。その中で動きもせずに煙草を吸いながらじっとしていれば寒くなるのは当たり前だった。
「安心しろ。からかうことはあっても断じてそれは、ない」
「からかうのかよ。それは俺だけに許された特権だぞ? からかうならメイちゃんをからかえ」
「あいつはからかい飽きた」
「聞きようによってはエロい」
「そう思うのはお前だけだ」
「当たり前だ。俺はエロいぞ」
「勝手に言ってろ」
水地に呆れ、ため息をつきながら空を見つめると、着いてからずっと降り続ける雪が視界に映る。
「……休みとってなかったら…今ごろは人を殺してただろうな」
「……だったらここに来てよかったろ。安らいでいて、二日間だけでも、それでも忘れることができたのなら、いいことだろ」
「……忘れてはないがな」
そう、たった二日。時間で考えるならまだ一日も経ってない。
とても長く感じる一日だ。ここ最近こんなにも一日が長く感じることなんてなかった。
このまま、忘れていきたい。殺人許可証を所持していることも……思い出も……。
「いいよな、こんな時間……」
空を見上げながら、目を閉じる。こんなにも安らいでいる自分を不思議に思い、自然と笑みが零れた。
「カヤちゃん?」
カヤの思考はそこで途切れ、誰かが目の前に立っていることに気づく。
学校へと向かったはずのメイであった。
「……早いな」
「お昼で終わりですから」
「そう、か」
気づけば、カヤの手には火の消えた煙草が握られていた。ふと思うと、管理人としての仕事を終わらせたのが11時過ぎ。約2時間は座り続けていたことに気づき、苦笑いがこぼれた。
カヤはコーヒーの空き缶の中に煙草を捨て、煙草をまた吸い始める。
「何か考え事でも?」
「いや……何となく、な」
「あぁ~! 雪だるまのお兄ちゃん!」
「……は?」
メイの後方で美冬が子供のような声でカヤを指さす。メイはその言葉に笑いながら面白そうにカヤを見る。
「管理人さん♪ 楽しい?」
「ほぼ埋まってるけど、大丈夫か?って、師匠も雪だるまだし」
「み~ちゃん! そんなことしてて大丈夫なの!? 寒くない!?」
「愛の為せる技さ」
さらにどこからか現れた茜や望に畳み掛けるように言われ、自分の状況を知る。
『水地だるま』はそのままとてとてと擬音付きで器用に歩いて茜に近寄っていく。
「お前、器用すぎだろ」
「だから、愛の為せる技だっての」
「お前は何でも愛で纏めようとしてないか?」
一方の『カヤだるま』は思いのほか体に纏わりついた雪が重く、動くことができていない。まさに、雪だるまそのものだった。
「寒い、な」
「当たり前だろ。そんなところで何してたんだよ」
「いや、まあ、水地とこれからのことを、な」
「この馬鹿師匠と何話し合うんだよ」
「ば、馬鹿って……赤阪君、君は直球すぎだ」
「おじさんって、考え事すると雪に埋まるんだね♪」
「あ、茜っ……!」
失言に、水地が息を呑んだ。
「だ、誰が……」
茜の失言にぴくっと眉が動き、怒りが湧き上がってくる。
「誰がおじさんだぁぁぁっ!」
雪だるまが勢いよく立ち上がり、大声が響き渡る。
こんな日常も、悪くない、な……。
じゃれあいながら、カヤはそう思っていた。
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