第5話:弓鳴りの水
カヤが質問攻めから開放されたのは、歓迎会が終わり静かになったときだった。
先ほどまでのうるささとは違い、静寂の食堂のバルコニーで、ちびちびと残り物のジュースを飲みながらため息をつく。
歓迎会のはずだ。
なのに、なぜ俺が片付けを??
こぞって管理人の仕事が今から始まるとか壮大な物語のように語って去っていったのか。
とはいえ、すでに片付けは終わっており、今はのんびりとしているわけだが。
「さっきから、ため息ばかり……」
そう言いながら、カヤの隣の手すりに少女が寄りかかる。
「メイ……か」
「うん」
メイは微笑を浮かべてカヤを見つめる。
5年も会わなければ印象も変わるものだな、とカヤはメイを見て思った。
カヤの知るメイは、いつもカヤの後ろを纏めた髪を揺らしながら必死に追いかけてくる可愛らしい少女としか覚えていない。
そういえば、こいつの父親も殺人許可証所持者だな。それに、こいつの――
「そう言えば、結局茜の彼氏とやらは来なかったな」
嫌な思い出が過る。
カヤは思考を遮るために、歓迎会に呼ばれておきながら来なかった茜の彼氏のことを思い出す。
「あ、そうですね。茜ちゃん楽しみにしてたのに……」
「まあ、来られて、もし俺の敵だったら血の海と化すからそれはそれで来ないほうがよかったのかもな」
苦笑いを浮かべ、カヤはぐいっとジュースを飲み干し煙草に火をつける。
「それは、ないです」
「? 会ったことあるのか?」
「うん。会ったことあります」
「ふ~ん…そんなにしょっちゅう来るのか?」
「ん~……そんな来るわけじゃ――」
「うおおおお! 遅くなった! どこだ新しいかんりにーーーーーん」
そんな叫び声がメイの言葉を遮る。
「ばんっ!」と勢いよく食堂のドアが開いた。
なんか、うるさいのが来た。
「お、メイちゃん久しぶり~。新しい管理人ってどこ?」
食堂に入ってすぐメイの姿を見つけた男は軽く手を振りながら食堂のバルコニーへと歩いてくる。
「え、あ、私の隣に……」
あまりにも勢いがよかったためかメイは返事をうまく返せず、言葉の代わりに自分の隣にいるカヤを指さす。
「この……面倒な声……相変わらずだな」
カヤはため息をつきながら振り返る。まだ吸い終わっていない煙草を携帯灰皿に捨て、うるさい男の姿を確認する。
ぼさっとした整っていない髪型を後ろで束ねた、優しそうな顔立ちをした男だった。
後ろでまとめた髪はそこまで長髪というわけでもないが、正面からでもわかるように左右に花開くように開いている。
顔の中でも印象的なのは、両眉毛の上にぽつんとホクロが一つずつあることだった。
「あんたが新しい管理人かぁ。俺は……」
やっとカヤの姿を確認できたのか、男のへらへらとした笑顔がカヤの顔を見て一瞬で凍りついた。
「――うおぁぁぁぁぁぁぁっ!」
男の叫び声が寮中に響き渡る。
あまりの大声にどたどたと走る音が聞こえてきて食堂のドアがまた勢いよく開く。
「なになに!? 何かあったの?」
「誰か来たの!?」
ぞろぞろとまた食堂に少女達が集まり始める。
そこにはすでにメイだけの姿があった。
いや、実際にはメイだけじゃなく、もう二人いる。
それはあまりにもすばやく動いているため、姿が確認できなくなっていた。
「てっめぇ! いきなり攻撃してくんなっ」
「いや、逃げないと絶対俺をボコるだろ!」
「俺をなんだと思ってんだ!」
「おっさんだ!」
「誰がおっさんだ! バカ揃って同じこと言ってんじゃねぇ!」
「うお、今お前『俺の茜』を馬鹿にしたなっ! 許さん!」
「何が俺の茜だ! いいから逃げるなっての! って! 投擲すんじゃねぇ!」
男の会話は聞こえるが、そこに男の姿は確認できない。
確認できるのは時々光る閃光と金属がぶつかり合うような音。そして細い針が時折地面に突き刺さるだけ。
「え、どこから聞こえてるの?」
その細い針はあまりにも細いためか、または今この食堂に電気がついていないためか、少女達には確認できていなかった。
「なになに~? 何かあったの?」
少し遅れて風呂上りだったのか、タオルを頭に巻いた茜が登場する。
「お、俺のお姫様が登場――ぎゃぁっ」
茜の声に反応して男の動きが一瞬鈍り、情けない声と共に男の姿が地面にたたきつけられる。
「いってぇ……何するんだよっ永遠名!」
「お前がいきなり逃げるからだろっ」
数秒遅れ、カヤの姿も食堂の机の上に現れる。時おり雲の隙間から見える月の光に反射しているのか、『糸』のような細い光がカヤの指先から男の体に向かって巻きついている。その糸で逃げないように捕縛したようであった。
「もうっ! 二人ともいい加減にしてくださいっ!」
メイのそんな声と共に食堂の電気が点く。
「あっ、み~ちゃん来たのねっ♪」
「おお! 俺の茜! 助けてくれっ!」
茜がぱたぱたっとスリッパの男を鳴らして『み~ちゃん』と呼んだ男に近づいていく。
「み~ちゃんなんて呼ばれてるのかっ」
茜がみ~ちゃんに抱きつこうとしたので焦って自分の指から出ている『糸』を戻す。
『糸』は触れる者を切り刻む、カヤが仕事の際に使う暗器だ。
み~ちゃんも、茜が近づいてきて抱きつこうとした瞬間顔を強めたが糸が収納されていきほっと安堵の表情を浮かべる。
「おじさんっ、み~ちゃん苛めないでっ」
「苛めてねぇっ! くははっ」
み~ちゃんにいちいち笑いがこみ上げる。
『おじさん』という不名誉な言葉も、今は許せた。
「そうだそうだ、苛めるな」
「くくくっ……今日から俺もみ~ちゃんって呼ぶ」
「カヤちゃん……大人気ないです」
「お前もカヤちゃんなんて呼ばれてるじゃねぇかっ。俺もお前のことカヤちゃんって呼ぶからなっ」
「気持ち悪いわっ!」
「おっさん、師匠と知り合いだったのか」
そんな言葉と共に、食堂の入り口付近から少女達を掻き分け、デフォルメされたパンダのような犬のような物がプリントされたパジャマを着た望が、背中にすでに眠りについている美冬を背負いながらカヤに近づく。
「師匠? み~ちゃん、弟子なんかとってるのか」
「こいつ、ほんとにみ~ちゃんって言う気か」
「師匠も相変わらず大声だな。うるさくて、うざくてみんな集まっちゃったじゃないか」
食堂に集まる、いまだ状況のわかっていない少女達を指差しながら言う。指差すときに背中に美冬を背負っていることを忘れていたのか手を離してしまい、美冬が「ふぎゃっ」と声を出して地面に落ちる。
「う…うざいって……赤阪君。カヤちゃんを祝いに来たのに泣くよ俺は」
茜の胸に顔を埋めて泣き真似をし始めるみ~ちゃんを「よしよし♪ おじさんも望も冷たいね~」とか言いながらみ~ちゃんの頭をなでている。
カヤがぴくっと、おじさんという言葉に反応するが、彼氏の前で殴るのもどうかと思ったので抑えていると、茜はにまっと、「してやったり」的な笑いを浮かべた。
「お前もちゃん付けで通す気か」
「お前がみ~ちゃんなんて呼ばなければいわねぇぞ」
み~ちゃんもにまっと「してやったり」的な笑いを浮かべる。
二人揃って「小突きたくなってきた」。
「わかったよ……久しぶりだな、水地。これからお前が茜に会いに来る度に俺に会うことになるだろうけど、その度に逃げるなよ?」
「障害があるほど恋は燃えるのさっ」
「俺は障害か……」
水地。それが男の名前だった。
カヤにとっては親絡みで見知った友人でもあり、『思い出』の共有者。共にチーム組んで協力しあった仕事仲間でもある。
B級殺人許可証所持者、久遠水地。コードネームは『水鳴』。
『弓鳴りの水』という、唯一B級殺人許可証所持者で弐つ名を持つ男だった。
どうやら、この場所には妙に許可証所持者が集まるらしい。
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