第2話:休暇をとるまで
「ただいま……」
「おかえりなさい、カヤ君」
「ああ」
自分の名前をリビング横を通り過ぎる時に呼ばれ、カウンターキッチンに座る男に反射的に返事を返す。
「どうでしたか? 仕事のほうは」
「面倒……親父は何であんな小物の殺しを俺に――」
そうカウンターに座る男を見て答える。
絶えず微笑を浮かべる、俺の父親だ。
俺の持つ殺人許可証を作った『高天原』の『三院』と呼ばれる統率者であり、俺と同じSS級殺人許可証を持つ。
『紅閃光の修羅』
俺の父親の『弐つ名』を聞けば、裏世界では誰もが死を覚悟するほど有名だ。
「――早いですから」
そう言うと、俺にいつも通りの微笑を向ける。そもそも、親父の微笑以外の顔を見たことがない。
「……。だからって、こっちの身になってみろ。一週間で20件も仕事したの、取得してから初めてだぞ」
「僕が取得したときは毎日そうでしたよ」
「……」
親父の時代では高天原の当時の三院――その頃は四院と呼ばれていた――の一人が暴走して表を征服しようとしていたらしい。
そんな時代を生き抜き、その暴走を止めたことで生きながら伝説とまで言われている親父『達』の時代の話はいつも怖い。
怖いし、長いし。特に世界樹事変に至っては教科書にも載る程の偉業でもある。
俺にはありえないハイペースであり、それを普段からしていた親父の時代のことを考えると、背筋が寒くなると共に恐ろしいとも思う。
ブラック企業――といっても企業ではないが――も真っ青レベルの世界だ。
「親父の時代と一緒にするなって……
とにかく、だ。これで約束通り、しばらく休ませてもらうからな」
「ええ、いいですよ」
親父は俺に御苦労様と声をかけ、作ったばかりのコーヒーを自分の隣の席に置く。
座れ、の意味が込められた行動だとすぐにわかる。何か話があるのかと思いながら親父の隣に座る。
「何か予定でもあるのですか?」
「別にない。ただ単に暇が欲しいだけだ」
実際のところ、仕事――主に殺しだが――に嫌気がさし、仕事をする気がないだけだ。
「いいですねぇ。
……僕が現役の頃は仕事を無理やり押し付けられて、休んだ記憶が全くないですよ。ああ、今思い出しても……春さんの横暴には……あ、なんかふつふつと怒りが」
親父はそんなことを言いながら笑顔を絶やさず、俺からコーヒーカップへと目を移しコーヒーを口に含む。
『春さん』という人の話をする時の親父は、嬉しそうでもあるが、なぜか最後は怒りに満ち溢れることが多い。
春さんには会ったことがあるが、そんなに変な人ではないのに……。
4年前。
殺人許可証を取得したときに知った親父の裏の顔。
自分は人を殺して手に入れたお金を使って育てられていた。
そして、自分も同じ道を歩み、もう元には戻れないとわかった時、どうしようもなく苛立った。
仕事だけに身を任せ、群がる敵を殺し続け、気付けば裏世界で恐れられるほどの存在となり……
今思うと幼稚なことをした、と思う。しかしそれでもいつも思う。
俺はこれでよかったのだろうか、と。
今更変えられないことは分っているし、わからないほど俺は馬鹿でもない。
別の道を歩むことはできた。なのに俺はそれを選ばなかった。ただそれだけの話。
親父がこの仕事を選んだ理由も知っている。そしてそのお金で育てられたとはいえ、裕福な暮らしを甘んじていた俺が『汚れているから』と一人で思い、そんな理由で苛立つこともおかしいのもわかっている。
でも……
殺人許可証を手に入れ、人を数え切れないほど殺して――
「ふぅ……――」
コーヒーのほのかな湯気が、殺しの仕事後の俺を暖かく包んでくれる。
親父が作ったからか、それとも、自分の中にある『思い出』がよみがえるからか……。
(はい。寒いでしょ?)
ふと、記憶が頭の中をよぎった。
優しい微笑を浮かべながら、俺に自販機で買ったコーヒーを差し出す女性。
俺が自らの手で殺した、守るべき大切な人――。
こぽこぽと静かな音を立てるコーヒーメーカーの音で、我にかえる。
「――……そんなこと俺が知るか。親父は運がなかっただけだ」
思い出したくもない。悪夢のような、俺の、大切で忘れたい思い出……。
「……そう言われると、本当に言い返せないのが悔しいですね」
親父は、暖かさを秘めた微笑を浮かべ、コーヒーを口に含む。
いつの間にか握り締めていたコーヒーカップは温い温度で俺の手を温める。
……思ったより時間が経っていたようだ。
「……何もすることがないなら、骨休めに田舎のほうでのんびりしてみては?」
「……田舎?」
「ええ。いいところを紹介しますよ。どこでもいいですが、田舎という単語を使うのもどうかと思いますがね。そう言う所は自然が多くて静かで。空気も美味しく……のんびりできるのが何よりいいですね」
親父は、微笑は絶やさないがその表情の中に微細な憂い気を浮かべ、言葉を続ける。
「……まだ、忘れられないのなら……」
全てを見透かしているような親父の表情。
相談しなくても、親父は全てを知っている。
「……嫌な親、だな」
コーヒーを口に含みながら、俺は笑いながら親父に言う。
親父はその言葉にも、やはり微笑を絶やさず俺の言葉を待つ。
「……ま、気が向いたらな……」
思わず漏れた笑みを浮かべながら、俺はそう言い、最後の一口を飲む。
過去に負った心の傷を癒すかのように休暇を求め……。
そして俺は、とある雪の降り積もる町に足を運んだ。
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