#21 南沙諸島海戦、迎撃

 戦闘開始から数時間が経過し、戦いは激しいものとなっていた。


「対艦ミサイル探知!アクティブ・レーダー・ホーミングARHで多数接近、方位2-5-6!」

 CICにて電測士からミサイル接近の報があった。


「対空戦闘、迎撃開始」


「迎撃ミサイル発射、1番、2番、3番目標に順次発射!」

 私の迎撃開始という言葉を聞いたチョーが詳しく目標を選定し指示を出した。


「敵艦隊の座標特定まだか」

 レーダーや通信を司る船務長のポウに尋ねた。


「味方無人機が現在特定中」

 確認ののちポウが報告した。


「無人哨戒ヘリ、狩人1が敵潜水艦を捕捉!方位0-1-4、距離20キロ、深度200」

 無人機による索敵を担う観測士から報があった。


「艦級は?」


「音紋からアムール型と推定」


「通常動力型か。狩人1で敵潜水艦をマークし続けろ。絶対に逃がすな」


「3番目標の破壊に失敗!さらに接近!」


 モニターで外の様子を見るとミサイルが迫ってくるのが目視で確認できた。


 チョーが卓を叩き、

「レーザー起動!墜とせ!」

 と低く叫んだ。


「対ショック姿勢、衝撃に備えろ!」


 しかし、ミサイルは加害範囲外で破壊され、“廊坊”には微弱な揺動があっただけだった。


「アムール型から魚雷発射を確認!二本が本艦に接近してきます!方位0-1-4!」

 観測士が悲鳴に近い声で報告した。


「デコイ発射。同時に回避運動。艦橋操舵手、速力あげ、取舵一杯。船務長、艦隊に連絡。魚雷接近、注意されたし」

 私は落ち着いてインカム越しに指示を飛ばし、艦隊に向け、注意を勧告した。


 十数分後、魚雷は迷走し、自爆した。さらに数分後、味方無人機が敵艦隊を捕捉したと連絡があった。しかし、その報告を読み上げたポウは敵の数を言う手前で言葉を詰まらせた。


「どうした?」


「て、敵は2つの艦隊に分かれて、艦艇数は後方のインド海軍を中心とする艦隊は“ヴィシャル”と駆逐艦2隻、ベトナム籍のフリゲート1隻とコルベット3隻。前方のマレーシア海軍を中心とする艦隊はマレーシア籍の駆逐艦1隻とフリゲート・コルベット各4隻づつ、ミサイル艇3隻、そしてベトナム籍のフリゲート・コルベット各1隻づつ、ミサイル艇3隻です」


 私は思わず目を見開いた。主力艦隊だとは思っていたが、まさか、現在敵と相対している我々の艦艇数の2倍近い戦力を当てていたとは。加えて、固定翼機の数だけで言うなら、敵の空軍も協力しこちらを上回っているではないか。いくら性能がこちらの方がいいとはいえ、これでは……。


 私は頭を振って邪念を取り払った。私の責務は艦長として、その艦隊を守り抜くこと。それ以外は考えないことにした。他は司令官殿がうまくやってくれるだろうと信じることにした。……正直信じる気はさらさらなかったが、今は従うほかない。


「対艦ミサイル探知!ARHで接近、数は……16、方位2-6-9」


「そのデータは他の艦にも伝わっているな?ならば、我々は1番から5番を担当する。そう伝えろ」


「わかりました」


「迎撃ミサイル発射、1番から5番に向けて順次発射。電子対抗手段ECMでの妨害も忘れるな──」


「狩人1の通信途絶。撃墜されたと思われます」

 チョーが迎撃を指揮し始めた直後、観測士が淡々と絶望的な状態を伝えた。


「……では、アムール型は?」


「ロストしました」


 私は目を瞑った。対潜範囲が狭まればそれだけ危険が増す。私はゆっくりと目を開けた。


「ソナーに注意を払え。奴は、奴らはすぐそこに──」


「魚雷探知!数は3。1番方位2-3-5、2番方位2-6-9、3番方位1-4-3」


「……!右舷にデコイ射出。左舷にはジャマーを投射しろ。速力落とせ」


 ここじゃ死ねないぞ、と心の中で呟いた。


 その後しばらく“廊坊”は重い不安に飲まれていたが、敵の魚雷は迷走した挙句、自身の命を使い果たし自爆した。なんとか危機を脱したようだった。しかし、未だ戦場であることには変わらない。


 正午はとうに過ぎ、14時30分を回ろうとしていたそのとき、この海戦で最悪の報告を聞いた。


「“山東”より入電。バラバグ海峡より侵入してきたとされる敵の別働隊、以後バラバグ艦隊と呼称、がミスチーフ礁基地を急襲。また、ミンドロ海峡より侵入したとされる別働隊、以後ミンドロ艦隊と呼称、も基地攻撃に参戦。基地防衛部隊に被害あり」


「……“ヴィシャル”艦隊は陽動だったか。どうりで波状攻撃が多いわけだ」


 ミスチーフ礁基地は、ファイアリー・クロス礁から西に250キロほどにある南沙諸島最大の海軍基地であり、現在我々がいる西部区域のファイアリー・クロス礁基地と、ついこの間までいた北部区域のスビ礁基地と合わせた南沙諸島三角防衛区域スプラトリートライアングルの東部区域を担っていた。


 そこが、パラワン島の北東部と南西部に位置するバラバグ・ミンドロ両海峡から侵入してきた別働隊から奇襲を受けた。こちらの防衛戦力の主力が“ヴィシャル”に食いつくのを分かっていたのだ。ミスチーフ礁基地は南沙諸島最大とはいえ、その防衛戦力はフリゲート1隻とコルベット3隻、そして飛行隊が1個あるだけだ。対して、フィリピンやインドネシアを主力とするであろう別働隊はその戦力を凌駕する。基地が陥落するのも時間の問題だろう。そうすれば我々ファイアリー・クロス礁の戦力は2正面作戦を強いられる。


 ……勝てるのだろうか。


 ……まあ、これらの戦略を打ち立てるのは我らが司令官殿だ。司令官の命令1つで南沙諸島の未来が決まり、我々の生死も決まる。私はただ、指示に従うことしかできない空母艦隊の1艦長に過ぎない。


 私は翼を模した装飾のあるペンを強く握りしめた。掌が少し痛かった。

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