#18 店主と艦長
「ヤン、まさかまだここでバーをやっているとは驚いたよ。嬉しいことだがね」
「こっちこそ驚いたよ。いや、驚きましたね、まさかこんな内陸にまで海軍将校殿がお越しになるとは」
ヤンはよそよそしく返し、すでに乾いているグラスを拭き始めた。
「そんな態度とられるとはな。20年前とはいえ友人なんだ、昔のように話そうじゃないか」
「そうですね、しかしこっちも仕事なもんで」
「固い事言わないでくれよ、こっちも話しにくい」
「そう言われましてもねぇ」
「ヤン……」リーはどこか寂しそうに呼びかけた。
「分かったよ冗談だ。そんな顔するなよ。改めて久しぶりだな、リー。しかし、今は戦争中だろう。海軍はどうした?」
グラスを拭く手を止めてそう聞くと、リーはバツが悪そうに苦笑を浮かべた。座ってもいいかと聞くので、カウンターに座るといいと返す。
彼はカウンター席にゆっくりと腰を下ろした。彼は癖なのか胸ポケットから翼の装飾のついたペンを取り出ししばし眺めた。ふとそれを握りしめた後それを元の場所に戻した。それからようやく彼は重い口を開いた。
「予備役に、送られたんだ」
「……なんだ、やっぱりそんなことか」
「え?」
リーは頓狂な声を出して、ヤンを見つめた。
「君は昔から人民解放軍の現体制に不満を持っていたからね。どうせうちの一個空母艦隊が壊滅した時に、君が難癖つけたかなんかで
リーは目を丸くしてヤンを見ていたが、やがて可笑しそうに笑い始めた。
「はははは!やっぱりなんでもお見通しだ、さすがは千里眼と呼ばれただけはある」
「今はもう一般市民だ。軍人じゃないんだから軍人時代のその呼び方は嫌だね。それに─」
ヤンが本格的な否定に入ろうとしたところで、再び店内に誰かが入ってきた。丸っこい体型をした常連客……ワンだ。
「いや〜実は今日休みで家の片付けしてたんだけど、思ったよりも時間がかかってねぇ、来るの遅くなっちゃ…た……あ、」
どうやらワンはリーに気づいたようだった。こりゃ失礼、と言ってワンは2つ開けてリーの隣に座った。
「どうもワンさん。紹介しますよ、こちらは私の旧友の
2人は会釈をし、その後ワンは何かを思い出すように唸り始めた。
「あ!思い出しましたよ、あなたあのリーさんか!テレビで拝見したことありますよ、空母艦隊の駆逐艦“廊坊”の艦長さんだ!壊滅したと聞きましたが生きていらしたんですね。良かったですよ。にしてもそんな方がヤンさんと友人だったとは。それでなぜここに?」
ワンは畳み掛けるように話した後、こりゃ失礼、と興奮気味だった息を整え始めた。その間に2人が話す。
「へぇ、テレビにも出てたんだね」
「知らなかったかい?まあ見たって見なくたってどうだっていいんだがね」
リーはワンに向き直った。
「ああそれで、彼とは実は海軍学校の頃からの中でね、実に優秀な人材だった」
「私の話なんていいんだ、君の話だろう」
「それもそうだな。……しかし」リーは辺りを見渡した。そしていない誰かに聞かれないような小さな声でヤンに尋ねた。「ここの辺りには盗聴器だのなんだのはないよな?」
「当たり前じゃないか!」ヤンは自信ありげに答えた。「そんなもの設置してもいいことないし、それに誰かが設置しても気づくさ。感は冴えてるんでね」
さすがだよ、とリーが笑って呟きワンに向き直る。
「本当は軍事機密な気がするんだが、まぁお偉いさんがたの意向なんて知らんし、私も愚痴りたいんだ。話そう、南沙諸島海戦の顛末を。そして、なぜ私がここにいるのかも」
そしてこう付け加えた。
「しかしここは飲み屋だ。何も飲まず食わずとはいくまい。マスター、奢るから私と彼と君の分、とっておきのを3つ頼むよ」
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