第四章 メタリッカーは非難される(1)

 目覚まし三つの音で、アリスはしぶしぶ目を覚ました。

 昨日はあれから、結局眠ってしまったらしい。いつのまにか濡れていた目元を片手で擦る。

 大きく溜息。

 あんな風に言い逃げして、今日は銀次と顔を合わせにくい。多分銀次の方は、なんでもないような顔をしてアリスの前に現れるのだろうけれども。いつもみたいにびしっと隙なくスーツを着こなして、それでいて飄々と尋ねてくるのだろう。お嬢様、今日のご予定は? なんて。いつもみたいに。

 向こうが気まずさをひきずったりしないだろうというのは、ある意味とてもやりやすい。

 だけれども、それはそれで腹がたつ。なかったことにされたようで。

 もう一度ため息をつくと、体を起こした。

 ふっと見ると、車椅子が倒れてた。そういえば、昨日乱暴に扱ってしまったのだ。これは自分一人では対処が難しい。

 自分にうんざりしながらも、枕元の電話に手を伸ばす。内線で優里を呼び出した。


 目覚ましの音で、銀次は目を覚ました。

 眠い目を擦る。昨日は結局殆ど眠れなかった。

 頭を軽く振って、眠気を追い払う。

 あんなことがあって、アリスと顔を合わせ辛い。

 もっともそれは多分向こうも一緒だし、意地っ張りでプライドの高いアリスのことだ。銀次よりも強く、気まずいと思っているはず。

 できるだけこちらがなんでもないようなフリをしてあげないとな、と思う。

 顔を洗い、目を覚ますと、いつものビシッとしたスーツに着替える。これもある意味、銀次の戦闘服だ。背筋をしゃんっと伸ばす。

 鏡の中の自分は、多少顔色は悪いものの、いつもと同じように立っていた。これなら大丈夫だろう。

 気合いをいれると、部屋を後にする。

 さて、車のチェックをして、お嬢様に今日の予定を聞いて。頭の中で計画を立てていると、

「ぐっ」

 腹部に痛みを感じ、足を止める。廊下の壁に片手をつくと、息を整える。

 この感覚は、Xが現れた感覚だ。

 ああ、くそ。朝から、旦那様は元気でいらっしゃる!

 内心で毒づくと、駆け足で玄関に向かう。

「銀次さん!」

 途中で優里とすれ違う。よかった、シュナイダーに連絡する手間が省けた。

「シュナイダーさんに連絡して、お嬢様には適当にごまかしておいてください」

 一方的にそれだけ言うと、屋敷を飛び出す。入り口のところに止めてあったバイクに飛び乗ると、Xの気配を頼りに現場に向かう。普段は車なのにこんな時だけバイクなんて、つくづくヒーローじみているよな、なんて思いながら。


「ありがとう、優里」

 優里の手を借り、着替えて車椅子に落ち着いたアリスは、微笑みながら礼を告げた。

「いいえ。珍しいですね、お嬢様が車椅子を倒すなんて」

「あー、うん」

 昔はいざしらず、今ではスムーズにベッドへの移動ぐらいできるのだが。いかんせん、昨日は荒れていた。

「何か、ありました?」

 しゃがみこんだ優里が顔を覗き込んでくる。

「銀次さんと」

 なんて答えようか迷っている間に、あっさり畳み掛けられた。

「う……なんで、白藤ってわかったの?」

「アリスお嬢様のことならお見通しです」

 にっこりと優里が笑う。相変わらず、無駄に綺麗な顔をしていらっしゃることで。もっとみんなの前で笑えばモテるだろうに。

「ちょっと……。ねぇ、優里。優里もさ、何か私に隠し事していない?」

 悩みつつストレートに探りをいれると、

「優里がお嬢様に隠し事をしているとしたら、それはお嬢様のためを思ってのことですよ」

「それ、言外に隠し事しているって認めたよね?」

「さあ、どうでしょう?」

 うふふと、優里が笑う。そのまま立ち上がり、アリスの背後に回ると、失礼しますと手押しハンドルに手をかけた。

「ひとまず、朝ごはんにしましょう」

「ねえ、はぐらかさないでよ」

 首をひねり、優里を見るが、

「優里が隠し事をしているとしたら、お嬢様のためを思ってのこと。ですから、優里が隠し事をしているとしても、優里の口からは言えません。お嬢様のためにはなりませんから」

「禅問答みたいなことを言う……」

 釈然としないが、これ以上何を言っても話してはくれないだろう。諦めて前を向きなおる。

「そうそう、銀次さんですが、急にシュナイダーさんにお使いを頼まれて、今はちょっとお留守なんです」

「あら、そうなんだ? 朝から大変ね」

「ええ、本当に」

 そんな話をしながら、食堂に向かう途中で、膝の上の携帯電話が音を立てた。

「あら、警報ですの?」

「そうみたい」

 Xが出現した時の警報だ。画面を確認するが、自宅からは距離がある。だが、

「あ、取引先の近くだ」

「あら、それは心配ですね。まだこの時間ですから、出社されている方はあまりいらっしゃらないと思いますが」

「通勤途中の人はいるかもね。ごめん、優里。団欒室に向かってもらっていい?」

 食堂にはテレビは置いていない。中継をやっているのならば、確認したい。

「かしこまりました」

 優里はスカートの裾を翻すと、方向転換する。

 団欒室のテレビをつけると、案の定、朝のニュース番組でメタリッカーの中継が行われていた。

 今回のXはコウモリのような形をしている。空を飛ぶので、なんだか厄介そうだ。ひらひらと逃げるXにメタリッカーが翻弄されている。

「あらあら、防戦一方」

 アリスの横に立った優里がつぶやく。

 メタリッカーはコウモリに苛立っているように見えた。どことなく、動きが荒い。

「大丈夫かな」

「なんとかは、すると思いますよ」

 心配でつぶやいたアリスの言葉に、ひょうひょうと優里が答えた。

「え、根拠は?」

「正義のヒーローはこんなところで負けません」

 どこまで本気なのかわからない顔で優里が言う。しかし、なんだってみんなメタリッカーを正義の味方でヒーローだと信じているのか。アリスにはよくわからない。だって、何を考えているのかも、どこの誰なのかもわからないのに。

 そうこうしている間に、メタリッカーは腹部についているデバイスを操作して、銃のようなものを取り出すと、コウモリに向かって撃った。何発か続けて。

 その弾はコウモリの羽に当たる。バランスを崩したコウモリが地面に落下し始める。

「あ!」

 コウモリが落下するその場所に、ランドセルを背負った一人の少年がいた。なんだってこんな朝早くに。

「危ないっ」

 思わず身を乗り出して叫ぶが、当然画面の向こうには届かない。

 少年の上に、コウモリが落ちる。二つの影が地面に崩れ落ちる。

 画面の中のメタリッカーは、どこか動揺したようにアリスには感じられた。落下したコウモリに駆け寄ると、持ち上げて、宙に投げる。そのまま、またデバイスを操作して、いつもの光る剣を取り出す。自分も地面を蹴って飛び上がり、空中でコウモリを斬りつけた。

 コウモリ型のXは塵になって消える。

 それを見届けることもせず、地面に着地すると倒れている少年に駆け寄る。

 少年はどこかから出血しているようだ。

 メタリッカーは少年のそばに膝をつくと、軽く声をかけるような動作をする。少年のランドセルを外し、怪我の部位を心臓よりも高く上げるようにしているようだ。

「……正義のヒーローって、救命救急措置もできるの?」

 なんとなく、場違いな感想をもらしてしまう。

「まあ、いざという時のために講習でも受けているんじゃないでしょうか?」

 優里がしれっと言葉を返す。

 メタリッカーは、撮影をしているカメラの存在に気づいたようだ。荒い手招きでスタッフを呼ぶ。声は出していないがジェスチャーで、救急車を呼ぶよう要求しているようだ。

 撮影スタッフの方では、若干このまま撮影を続けるべきか迷っているようで、彼らの会話が入る。

「撮影なんてほっといて、さっさと行かないと、見捨てたって叩かれると思うんだけど」

 とはいえ、これが放送されているということは、誰かがもう救急車を呼んだ可能性もあるわけだが。いや、それともみんながそう思って連絡していないか。

「優里、この場所わかる?」

「さあ。優里はあまりお屋敷より遠いところに疎くて」

「だよね」

 アリスも同じだ。救急車を呼びたくとも、曖昧な情報で連絡すべきではないか。悩んでいる間に、テレビからサイレンの音が聞こえてきた。ああ、よかった。やっぱり誰かが呼んだようだ。

 サイレンの音が止まり、しばらくたって救急隊が走ってきた。それを確認すると、メタリッカーは走り出して、画面から消えた。

 それを追うようにして、画面も暗転し、スタジオに戻る。スタジオのキャスターは男の子の心配をしていた。本当、無事だといいのだけれども。

「それにしても、あのテレビスタッフ。撮影を優先したマスゴミとかって叩かれるんじゃないかな。大丈夫かな」

「さあ、どうでしょう?」

 だが、アリスの心配はある意味では杞憂で終わり、ある意味ではもっと最悪な形で発露することになった。

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