第五話 ダウナー・ダウンフォール
屋上に到着した。空は雲がかかっており、星なんてものは見えない。
俺はとっくに凍えきっていた。
「どう? 楽しかった?」
シャブ江が問う。先ほどまで見えていたシャブ江は、今はもう、見えなくなっていた。
「…………楽しかったよ。後のことを考えなければ」
「そうだね、そう。君は君自身の手で、これまで君が築いてきたものを破壊したんだ」
シャブ江は冷ややかに言い捨てた。
「……そうだな、ぐうの音もでない」
明日以降、どうやって生きればいいのだろうか。
間違いなく会社はクビだし、下手したらわいせつ物陳列罪やら、器物破損やらで、捕まる可能性がある。
ある、というか濃厚だ。コーラを飲めばゲップが出るくらいには確実だ。
ことここに至って、俺は自身の未来にさらなる絶望を深めていた。
自身の現状に絶望し、薬物の力を頼りその絶望を刹那的な快楽で晴らそうとしても、結局は絶望。
どうしようもない。
「どう? 今どんな気持ち?」
シャブ江は嗜虐的に問う。
「……………………最悪だ」
俺は素直に返した。
「そう。……で、これからどうするの?」
シャブ江の問いに、俺は答えに窮する。
「どうするって言われても……」
俺が言葉に窮すると、シャブ江の言葉が俺を飲み込む。
「そうだね、『どうしようもない』と君は答えるだろう。『どうしようもない』、『仕方ない』、なんて言って、まるで自分は悪くないかのように、君は振る舞う」
シャブ江が、俺をなじる。俺は、その声に、カチンと来た。
「……俺だって!」
怒気を孕んだ声が、意識せず出てしまう。
「俺だって、なんだい?」
「…………俺だって! こんなことになるとは思ってなかったよ!」
それは、粉を吸ってからの話ではなく、今日ここに至るまでの話。
今日ここに、独りで居る理由についての話だった。
「俺だって! 本当はこんなところに居たくない! 誰かと一緒に、この夜を過ごしたかった! 温もりが、欲しかった! でも駄目だった! 初めて出来た恋人は、俺を捨てて違う男と寝やがった!」
鬱屈した感情が、尖った言葉となって次々と溢れてくる。
「俺は、まだなのにっ、まだだったのに!」
「へえ、つまりヤりたかったと」
シャブ江が呆れたような声を出す。
「そりゃあ、やりたいかどうかって言われたら! やりてえよ! やりたかったよ! けど、それよりももっと、もっと大事なのは」
あいつと笑顔を交わし合った日々を思い出す。
あいつは俺と付き合いたいと言って、俺と数ヶ月過ごして、俺を捨てた。
俺を捨てる一ヶ月ぐらい前から、あいつは俺に笑顔を見せていないような気がする。
「……俺は、信頼できる誰かと一緒にいたかった。独りは、嫌だった。それが、一番だ」
少なくとも、この夜は。
俺は恋人と共に過ごしたかった。
恋人でなくとも、友人と過ごしたかった。
けれど、その両方とも、俺には許されない。
そう思うと、憎悪が粘性の炎となって、俺を燃やす。
「そもそもクリスマスだからなんなんだよ!」
真っ暗な虚空に、俺は吼える。
「クリスマス? 聖なる夜? は、適当な理由をつけてやりたいだけじゃねえのか!」
この空の下、愛を交わし合う不特定多数の奴らに向けて、吐き捨てる。
「どうせこの賑わいも商業主義の産物さ! 誰もかれも、クリスマスの意義なんてどうでもいいに決まってる! 騒ぎたいから騒ぐ! それだけのくせに!」
双眸は、彼方で輝くイルミネーションを睨んでいた。
「そもそも、恋人がいるから偉いのか!? どうして孤独じゃいけないんだ!?」
「それはね」
そう言ったところで、俺の言葉をシャブ江が遮る。
「……それは?」
「ああ、まあ最初から返してあげようか」
見えないシャブ江が、小さく嘆息した音が聞こえた。
「まず、君の元恋人があなたを捨てて同僚を取ったのは、実に単純な話。あなたに魅力がなかったから。あなたよりも、田中の方が魅力があった。だから彼女は、自身の意思に従いあなたを捨てた」
シャブ江の言葉は、欠片の憐憫も無い。ただ冷徹に、俺を分析し解剖し、欠点を露出させていく。
「次に、彼女があなたとヤる前に別れたのは、単純。あなたをそこまで受け入れていなかったから。あなたは、彼女にとってその程度だったということ。言うなれば、一時の寂しさを紛らわすための代替品」
「あなたが彼女と一緒に過ごしたくても過ごせないのは、あなたが彼女に捨てられたから。この夜誰とも過ごせないのは、あなたが人として欠けているから。だから、誰もあなたと関わりたがらない」
「商業主義の産物であろうが、宗教的行事であろうが、それをいくら吐き捨てたところで、あなたが孤独な事実は変わらない」
「あなたの中でどうなのかは知らないが、この社会では孤独でいることは褒められたことではない。恋人が居ることが望ましいとされているし。友人は多い方がいいに決まっている。少なくとも、皆無よりはずっとマシ」
「そして少なくとも、社会はあなたのような、恋人も友人もいない、誰とも親しい関係を築けず、劣等感ばかりを重ねる面倒な人間より、そうじゃない人間の方を重宝している」
「そして、この社会が恋人、配偶者のいる人間を普通の人間として扱っている以上――、ああ、これは人間が遺伝子を後世に残すという本能を持つ限り、恐らく普遍にて不変の法則だろうね――、あなたのような独りの人間は、色眼鏡をつけて見られるに決まっている」
「あなたは、変わり者、可哀想、人間性に問題がある、寂しい人、将来的に孤独死しそう……なんて思われているんだよ。いつも、みんなに。あなたは、それらの欠点に薄々気づいていて、それを改善しようとはしていないけれど」
「端的に言うね。あなたはこの社会のあぶれもの。歯車をしている、のではなく単なる歯車でしかない。そして、今日。歯車ですらなくなった。では、あなたという存在の存在価値はどこにある?」
「……それは」
シャブ江の切り裂くような言葉の数々に、脳内がぐちゃぐちゃにされている。殺意を含めた怒りすら覚えそうなそれらの言葉を聞いて尚、俺の股間は怒張していた。
いや、先ほどよりも、さらに怒張していた。
頭がおかしくなったのか、それとも変態なのか。
俺自身、判然としない。
「答えに窮するのが答えね。あなたは、自身の人生を生きていない。独立独歩の気概もなければ、付和雷同し流れに任せる柔軟さもない。全てが中途半端だ。そのくせに、文句ばかりは人一倍」
「誰がそんな人間を愛してくれる? 誰がそんな人間と一生を添い遂げようとする? 皆無だ。そんな人間は皆無」
シャブ江は嘆息し、最後にこう切り捨てる。
「現状、君を愛し、信頼してくれる人など、この地上のどこにもいない」
「……やめてくれ!」
シャブ江の言葉の数々は、俺の心に深く突き刺さり、抉るように傷をつけていく。
見えない血液が、俺の体から流れ落ちていく。
足元の感覚が不鮮明になる。
にも関わらず、股間は怒張し続けていて、我ながら実に情けなかった。
「死んじゃいなよ」
シャブ江が、短く言った。
「死んじゃいなよ」
シャブ江が、もう一度言う。
俺は怒りなのか、悲しみなのか、それとも別の感情か。よくわからない感情を持てあます。
視界が黒くひび割れる錯覚。脳の中にもそのヒビが及んで、思考にノイズがはしる。
ばきりばきりと、耳の裏で何かが割れる。
そしてシャブ江ではなく、俺の声が響く。
「死んじゃいなよ」
それが、合図だった。
「ぐ、」
俺は言葉にならない呻きを漏らしつつ、一歩進む。
さらに、もう一歩。
ビルの果てが近づきつつある。
視界には、人工の光が灯っているのが見えた。
あの光の一つ一つには、その下に人間がいる。あるいは、人間のつがいがいたり、人間の家族がいたりする。
そこには、きっと感情の交わりがある。人と人の、繋がりがある。
そして、俺の頭上に光は灯らない。ただ、孤独。
シャブ江は言った。
俺は孤独を貫けず、群れもできない半端ものだと。
その通りだ。……俺が生み出した幻覚なだけあって、俺のことをよく分析出来ている。
シャブ江は、こうも言った。
『死んでしまえ』
と。
それはおそらく、いやきっと、俺自身が俺に求めていること。俺の心が求めていることなのだろう。
死。
その一文字が濃厚に浮かぶ。
死、即ち終わり。
俺という生命が、その存続を途絶させること。
俺という、全くもって非生産的で非効率な連続体が、終焉を迎えること。
死を想像する。
厳粛で絶対的に冷徹で、それでいて、温もりのある布団のようにも思えた。
永遠に覚めない眠り。
それはそれで、悪くないかもしれない、と思う。
薬品の影響かどうかは、もう知らない。
「死ぬか」
「そうね」
「死ぬしか無い」
「その通り」
俺の言葉に、シャブ江が嬉しそうに同意する。
「……どのようにすればいい?」
俺の問いに、シャブ江は淡々と返す。
「簡単なこと。このビルから飛び降りれば良いのよ」
「なるほど、その通りだ」
俺は言われた通りにする。
ただ、と思う。
粛々と落ちるのは、少し華やかさに欠ける。
なので、もう少し派手にいきたい。
下がりに下がったテンションも、下がりすぎたらアンダーフローするらしい。
ことここに至って、俺は明るく死のうとしていた。
元恋人と友人は俺を見捨てた。
全裸で街を駆け回った。弊社ビルを原付で破壊した。
人生は、粉々の残骸となって、俺の背後で転がっている。
怖い物などあるものか。
「う、ひひ」
笑ってみせようとする。不器用で不細工な笑いが漏れたと、自身でもすぐわかった。
その笑いに、燃料を投下する。
「う、ひひひひひひひ」
ダンダン、とその場で足踏みをする。脚の裏の感覚は消え失せていた。
「うひひひひひひひひひひっ、キキキキキッ!」
高笑いをしつつ、俺はかけ始める。
端へ、果てへ、終わりへ。
全ての救済へと。
俺は全裸でダッシュする。全力の全裸ダッシュだ。
股間の竿と玉が揺れる。寒風を全裸で切り裂く。
亀頭を先頭にして、俺は駆ける。
そして。
「うっひゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は奇声を叫び。
地面を蹴り。
跳ぶ。
屋上の柵が、目前から眼下へと移動する。それは、周囲の景色も同様に。
先ほどまで足下にあったものは、後方へと去る。
たった今、俺の脚を支えるものはない。俺を重力から止めるものはない。
虚空を踏み続ける。
眼下、その彼方には、冬の冷気に晒され切っているであろう、アスファルトが見えている。
落ちるな、と思った直後、体の芯から浮遊感に包まれる。
本能的恐怖で、全身の力が抜けた。
推進力もいくらか消え失せ、無駄な足掻きにも関わらず、俺は脚を踏み出そうとし、手で虚空を掻く。
無論、それらの行為は無為に帰す。
落ちる。
落ちる落ちる。
落ちる落ちる落ちる。
落ちて。
死ぬ。
確定的な死を、落下の浮遊感は俺に教えてくれた。
髪が逆立ち、意識せずとも目からは涙がこぼれる。鼻からは水が垂れ、口からは涎がこぼれる。
全身の力が抜ける。ひたすらに怖い。
にも関わらず。股間は、未だ怒張していた。
アスファルトが、先ほどよりも近くなっていた。少し離れたところに川がある。あそこに入れば助かるだろうが、悲しいかな、距離が足りない。
それに、特段、助かりたくもない。
後悔しているか、と言われれば後悔している。
何に、と問われれば、この行為に、そして自身の人生に。
何を達成するでもなく、誰かの何かになれるわけでもなく、ただ生きて、その他大勢以下の何かに成り下がった人生に、後悔している。
そして同時に、これで終わるのだ、と思った。
日々の勤務で疲弊することもない。
誰かに裏切られることもない。
孤独でいることを苦悩することもない。
他人を嫉むこともない。
将来について煩悶することもない。
そう考えると、終わる、ということは楽に思えた。
アスファルトが近づく、あれにぶつかれば、最後。
全て、終わり。全て、救われないまま、救われる。
そう思うと、力が抜けた。
視界に、雪片の白が入り込む。
白と言えば、ああ。
怒張している股間に意識をやる。死を覚悟した瞬間、俺の本能は最後の抵抗を試みた。
俺は何もしていない。俺の本能、俺の遺伝子にプログラムされたシステムが、それを実行する。
今日はホワイト・クリスマス・イブ。空からは、白が舞い落ちる。
その白に、俺の白が加わる。
雪が、亀の頭を撫でた。
「あっ、あっ」
声が漏れる。そうなると、あとは早かった。
「あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
自然に、叫びが漏れた。
おそらく、先ほどからずっと怒張していたせいもあるのだと思う。
俺は絶頂を迎え、俺の息子からは俺の息子となるはずだった液体が、大量に放出された。
普段では考えられない量である。
通常、射精の際に出てくるものは、スプーン一杯分らしい。
しかし、今は違った。まるで小さなコップをひっくり返したような量が、一気に放出される。
まるで在庫一掃セールである。閉店間際のセールである。
風で竿が揺れる。俺の体は、これが最後と、遺伝子情報を四方八方にまき散らしていた。
閉店セールは少しでも黒字を作ろうとする行為であるが、俺の閉店セールは、俺という人間の赤字をさらに増やしているようにしか思えない。
けれど、まあいい。
大変気持ちよかった。
俺の童貞カリバーンは、その役目を終える間際に、最高の快楽を俺にもたらしてくれた。
それで充分だ。
アスファルトが、近づく。アスファルトを構成する粒の一つ一つが視認できるような気がした。
死ぬ。
これまでで一番、死を意識する。
死にたくないという気持ちと、死んだら楽になれるという気持ちがせめぎ合い。
最後に。
「……寂しいなあ」
という呟きが漏れた。
俺は寂しかった。
友人も恋人も、俺を裏切り去ってしまった。
たった独りの、ホワイト・クリスマス・イブ。
そしてその夜、俺は孤独に落ちて死ぬ。
きっと朝まで、こんな場所には間違いなく誰も来ない。
死んでなお、しばらくは見向きもされない。
そんなこのクリスマス。この人生。
死に際、仮に誰か来て欲しいか、と言われれば、答えはノーだ。なぜならば、知人がほとんどいない。田中と元カノを除けば、あとは仕事上のつきあいのみの人ばかりだ。
田中と元カノを挙げたが、別に田中と元カノが良いわけではない。あいつらは、嫌いだ。
正直に言えば性病にでも感染して性器にブツブツでも出来てしまえ、と思う。
だから、あいつらはどうでもいい。
けれど。
最後の最期に、こんな孤独を感じながら逝くのは嫌だった。
先ほどまでのテンションと大違いである。これが賢者タイムだろうか。
「生きたいかい?」
シャブ江の声が聞こえる。その声に、俺は正直に返す。
「生きたいかどうかはわからない。けれど」
生きることは苦しいし、悲しいことばかりだ。他の人はさておき、俺の人生なんて収支で言えば、今も、そして仮に生き続けていたとしても、赤字なのだろう。
けれど。
俺の本能が告げている。
「死にたくない」
と。
「あっはは、君は、馬鹿だ、心底馬鹿だ」
シャブ江が、俺の中にある無意識の化身が、俺を責める。
「この期に及んで死にたくない? 今更そんなことに気づくのかい?」
シャブ江が愉快そうに笑いながら言い放つ。
直後、俺の目の前に、シャブ江の実像が現れた。幻聴だけでなく、幻覚を伴ったシャブ江だ。そして、どうしてかしらないが、その幻覚は温もりを帯びているような気がした。
「実に馬鹿だ。馬鹿すぎて笑いが漏れてしまう」
笑えよ、と思った。
「馬鹿に免じて、一つ良いことを教えてあげよう」
なんだ。
「今日はクリスマス・イブだ。めでたい日だ」
だからどうした、そんなこと知っている。
「だから」
シャブ江が小首を傾げ、可憐に微笑む。
そして。
シャブ江は俺のことを抱きしめ、口づけた。
俺のファーストキス相手が、まさか幻覚相手になるとは思わなかった。
ただの幻覚に過ぎないシャブ江。しかし、その口唇の感触は、幻覚とは思えないほどに現実的である。
終わりの際、夢現の境界が、おぼろげに変質しつつあった。
シャブ江は俺から顔を離し、微笑み、口を開く。
「だから、奇跡が起こる」
シャブ江がそう言った直後、何かが俺の体に叩きつけられる。
それはアスファルトではなく、風だった。
強烈なビル風が、一迅の豪風が、刹那、吹く。
俺の体は、浮遊感ではなく、重力のベクトルが変わったことを感じていた。
風が強く吹き、俺を横へ、横へと動かす。それと同時に、多少の浮遊感。
落下によるそれではなく、実際に浮いているための浮遊感だ。
ぐるり、と俺の体が風で舞い、回転する。
視界が激しく変化する。
気がつくとアスファルトが離れており、その代わりに――。
「み、水ぅ!?」
漆黒の水面が、目の前にあった。会社のすぐ近くにある、川。
俺は慌てて体を丸める。直後、水面に叩きつけられたことによる痺れるような痛みが広がり、俺の体を冷え切った水が包み込む。
痛みと冷えで、視界がチカチカする。
まるで、意識のスイッチを素早くオン・オフされているみたいだった。
けれど。
生きていた。
俺は生きていた。
さっきまで、俺は死ぬと思っていた。死ぬつもりだった。死ぬ運命にあったはずだ。
しかし、生きている。
どうしてか、と考えれば、奇跡が起こったとしか思えない。
シャブ江は言った。奇跡が起こる、と。
その奇跡が、俺を生かしたのだろうか。
この聖夜、温かい夜、冷え切った水の中で、そんなことを考える。
俺は、生きてしまった。
生き損ない、死のうとし、死に損なった。
しかし、今日の狂乱により、俺の人生は残骸と化した。
これから、どう生きようかと思う。
漆黒の中で、目を見開く。
今俺のいる場所は、市街地の中にある、ドブ川とまではいかないものの、汚いことには違いない川の中だ。
普段なら入りたくも無い場所だが、今はそれが何故か心地好い。温もりすら感じる。
このまま、一眠りしたくなる。
目を閉じて……。
いやいやいやいや、それは駄目だろ。
低体温症の症状が如実に出ていた。雪山で『寝たら駄目だ、死ぬぞ』ってやつだ。
俺は慌てて、水の中から出ようとする。上を目指し、もがく。
光の無い水の中は、どこが上なのかわかりにくい。
けれど、まるで俺を引っ張り上げるかのように、浮力が効いている。
俺はその浮力に従い、手足を動かす。
明日からどうしようか。
きっと仕事はクビになるだろう。友人と恋人は失ってしまい、孤独だ。
ならば。
発想を転換する。
仕事は新しく探せば良い。それは、友人と恋人も然り。
スクラップアンドビルド。それは全てに適用できる法則であろう。
壊れたならば、新たに作れば良い。
明日から、いや、今から、新しい友人、恋人を作ってみよう。
手始めに、最初に話しかけた人と、親しくなる努力をしよう。……その前に、服を着なきゃだけど。
そんなことを思い、俺はほくそ笑む。
薄い水の膜が割れ、俺は思いきり空気を吸い込むのであった。
〇
川からやっとのことで這い上がる。
寒さに凍えるけれど、俺の中にはほんの少しのわくわくとした気持ち。
これから、どのような人間関係を作ろうかと思い、胸が躍る。
まず、さっき考えていたように、最初に話した人と……。
「あのー、お兄さんちょっといいかなー?」
声が聞こえてきたので、振り向く。
「あのね、ここらで変質者がいるって通報があってね」
俺に最初に声をかけてくれたのは、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます