脱法彼女☆シャブ江さん
眼精疲労
プロローグ シャブ江、降臨
十二月二十四日、クリスマス・イブ。
この日、人々は何を想起するだろうか。
無邪気な子供はサンタクロースを、その子の両親は子供の笑顔を。
色気づいたガキは恋人を、想い人を。
恋人同士は、互いを、互いの未来を。
まあ、とにかく、幸せな夜だった。
この世界に愛されている人間にとっては。
この世界の大部分を占める人間にとっては。
俺? 俺はまあ、そっち側ではない人間だ。
この世界に愛されているとは到底思えず、この世界に今ひとつ馴染めないような人間。
クリスマスという行事を楽しめない立場の人間であることは、断言できる。
故に、クリスマス・イブ……とりわけこの国においてのこの行事については、こう言ってやりたい。
うるせえふざけんなクソがリア充爆発しろ(死語)。
はいはい、あんたたちは幸せでようござんしたね。俺みたいな孤独人間のことも少しは考えろってんだ馬鹿。
そもそもクリスマスは恋人同士じゃなくて家族で過ごす日だろうが。原作(?)リスペクトしろアホ。
それともなんだ、
『これから家族になるからオッケーです♡(笑)』
とでも言いたいのか。ぶん殴ってやりたい。
何が聖夜だ性夜じゃねえかこの野郎どうせラブホは満室なんだろ?
『ラブホいっぱいだね……♡』
『じゃあ、俺の部屋に来る?♡』
『……うん♡』
なんてやりとりでもしてるんだろクソども。色気づきやがって。そんなにやりたけりゃ寒空の下で青○でもしとけ!
……少し取り乱してしまった。
ストレスで頭がおかしくなっているみたいである。
世間が幸せなオーラに包まれると、孤独な人間は、その孤独を一層濃くしてしまう。
太陽が光を増せば、影はその分色濃くなるのだ。
俺も、その一人だ。
にも関わらず。
「やあやあやあやあ! こんにちわー!」
キンキンと、耳の内側から声が響く。
俺の部屋には、俺しかいない。誰かが入ってきた痕跡もない。窓も扉も開いていない。
さらに言えば、俺の周囲には誰もいない。
自室の机に転がるのは、ストローと、白い粉。
ビジュアル的には、どう考えてもアレである。事実、そのアレな粉を俺は吸引していた。
俺の視界に広がるは、前述したピンクのもやもやと、色とりどりの幾何学模様。
幾何学模様は、常時その様相を変化させ、時折、翼の生えたピンク色の象が飛翔していたりする。ケミカルでミステリアスでエキセントリックに楽しい光景だ。
まあ、要するにラリってるわけである。多少。
だから、このピンクのもやもやも、そして俺の耳の内側から響く声も、まやかしに違いない。
というか、そうじゃなかったら怖い。
ピンク色のもやもやが、キンキンとうるさい声で続ける。
「私の名前はシャブ江! キミをめくるめくトリップの世界に連れてきたよ!」
シャブ江と名乗ったピンク色のもやもやは、そう言ってにっこり笑った。
輪郭がぼやけているので、笑ったかどうかなんてわからないはずだ。でも、俺はシャブ江が笑ったように思えた。……混乱しているらしい。
というか、めくるめくトリップの世界って何だよ。今も十分その世界に足を踏み入れているよ。怖いよ。
まあ、それはさておき。
俺はその声を聞きつつ、常時よりいくらか鈍磨した頭脳で考える。
ああ、これがシャブをキメるときの感覚かぁ、と。
危機感や常識も、ラリってるようだった。
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