14 嵐の中で輝いて

 多数決で負けちゃった少数派の人たちはどんな気持ちなんだろうか。

 嫌なことなのに絶対にやらなきゃいけないんだもの。きっと、不満だらけでしょうね。

 

 王党派の人たちにとって、王様を処刑されたのは到底受け入れない事実だった。だったからこそ、抵抗した。

 それが、ダンデの反乱と言われる、フランクの東側で起きている大きな内乱よ。

 

「先生、あのリオンの街を、本当に『壊滅』させなければならないの?」

「それが、国民公会の出した判断だ……あの街を全て壊し、リオンをこの国から抹消しなければならない」

(同族殺し、粛清。人間らしくてよいではないか!)


 夜も更けた、暗雲立ち込める大都市リオン。ウィント大聖堂を有する、敬虔な信徒の多い商業都市。

 南の海へとつながるモラウ川を近郊に発展したその都市は、フランク第三の都市としても有名だった。

 

 今は王党派の軍がリオンに立てこもり、それを革命軍の兵士達が包囲している状況。大砲を敷き、にらみ合いが続く。

 篝火が真っ暗闇を赤く照らし、心を押しつぶすような戦場独特の緊張感が漂う。火薬の匂いが鼻について嫌だわ。


 けれど、今は革命軍が劣勢に陥ってる。包囲しているけれど、包囲させられている状況だそうな。


「ああ、そうだ。あそこにいる王党派共を殲滅するのが俺達の仕事だ」

「ボナパルト少佐……」


 レオーネ・ボナパルト少佐。リオン攻略を任された、若手の砲兵士官らしい。黒い癖っ毛と鷲の鼻の冴えないおじさん。

 ヘレナ島出身の……いわゆる田舎者。フランク人っぽくはないし、背は小さいけど。妙な威圧感のある指揮官さんだわ。

 最初に私と会うやいなや、とても不機嫌になって舌打ちしてきた。

 苛立ちを隠すこともなく、小馬鹿にするように、私とエミール先生に怒りをぶつけてきた。

 

「ダンデ以降、俺はずーーーーっと、王党派を追い続けてきた。

 新兵揃いの革命軍を連れ回して、指揮能力皆無の政治将校や派遣議員にもお膳立てしてよぉ……ここまで上手くやってきたんだ。

 なあ、この俺の気持ちが分かるか?」

「閣下の獅子奮迅の働きはセリュリエ大佐からお聞きしております」

「そうさ、俺は貴族共をぶっ殺して成り上がるために頑張ってきた。今が出世のチャンスだしな。

 それをなんだ……若造と魔物憑きのガキ2人だけを“増援”って送りつけるったぁどういうことだ!!!」


 口に含んだ木のパイプを歯で食い折り、更に怒りを加熱する。怒るのも当然だと思うから、私達はなんとも言えなかった。

 こちらの戦力は歩兵17000に騎兵1000。砲は30に魔術師は30、竜騎兵は70。

 対してあちらは歩兵14000と騎兵800と少ないけれど、魔術師は50、竜騎兵は100と多い。

 制空権は相手が握っていて、魔術師は強固な防壁魔術で都市全体を要塞化しているのが実情らしいわ。

 

「王党派の連中はこっちよりも練度の高い竜騎兵を揃えている。加えて、魔術師もだ! 腐っても貴族上がりだからな!

 制空権はとられてるからうかつに攻められないし、魔術陣地によって張られた魔法障壁は砲弾だって通さねえ。

 対してこっちには竜騎兵も、大砲の火力も、魔術師の数も不足してる! 陥落なんざ無理だ!

 しかもよぉ、ちんたらしてたら王党派の援軍が着ちまうんだぞ! だから、あれほど砲をよこせと―――」


(我が娘よ、言ってしまえ)

「私一人でも、あの街を焼き払えます」


 私の自信に対して、少佐は更に青筋を立ててみせる。そして、無理くり抑えた笑顔で私に投げかけた。

 

「お嬢さん、そのような獣の体一つで何をなさるのでしょうか? まさか、怪物に変身して街を襲うとでも?

 そのような綺麗なお洋服で、社会科見学にピクニックに来ただけなのでしょう? ええ、そう言えよ、なあ?」

「事実を言ったまでです。なら、証明して見せてもよろしいでしょうか? おじさま?」

「……マジなんだな?」


 一瞬にして表情が変わったことにはびっくりしたけど、この人がただの怒りん坊じゃないことは分かった。

 もちろん、私だって嘘をついたわけじゃないし、出来ることがあるからこそここに来たんだもの。

 都市を一望しやすい丘の上に陣取ってくれてたからちょうどよかった……確かに、竜騎兵があたり一面を警戒してるわね。

 

「あそこにいる竜騎兵が邪魔なんでしょ? じゃ、すぐに落としてあげます」

(指をさせ。ただ、念じるだけだ。他愛もない)


 この尖った爪ではペンすらろくつまめないけれど、雷を落とすのはそれよりも簡単だわ。

 ふよふよと飛ぶ竜騎兵を指先で示し合わせてから、ただ力を込める。

 あの頭上に力の奔流をイメージし、ほとばしる青白い電気を溜め込んで。荒れ狂い波打つ光を―――撃つッ!

 

「おい、一体なにを――――」


「疾り散れ、暗雲より枝分かれた一筋の雷光、木っ端を討ちて止まわん!『須臾の電光』!!」


 ゴロゴロゴロ………ゴォオオオオオンン!!!

 

 怒号と共に轟いた白い稲光は、確実に赤い竜騎兵を撃ち抜いた。

 黒焦げになった竜と人間の体がゆっくりと都市へと落ちていく。余りにも呆気なくて、実感があまりわかない。

 だから、その近くで動きを止めて狼狽していた竜騎兵も狙って撃ち落とした。

 

 ゴォオオンン!!!っと音がなれば、また猟銃で打たれた雉のようにあっけなく黒い塊が落ちていったわ。

 人間ってこんなにも弱い生き物だったんだ……私は簡単に人を殺せてしまうんだわ―――なんて楽しいのかしら。

 

『なんだ、あれ……ただの雷じゃ………ない?』

『魔法じゃないのか? けど、雷を召喚できるほどの大規模術式は確認されてないぞ!


 雷を落とすなら、あの規模なら1週間は準備が必要なはずだ!』

 

「あは、あハハハは!」

(人間とはこうも脆くなったのか。つまらぬ……だが、余興にはなる。我が娘よ、思う存分遊ぶがいい)


 唐突に落ちる雷に周りの人間が不安げな声を荒立てる。

 綺麗に隊列を組んでた革命軍歩兵の人たちは空を見上げて呆然としているわ。

 都市部にいる王党派の人たちはどんな気持で空を眺めているのかしら? とても絶望していてくれると嬉しいのだけど。

 

『狙われてる……散れ! このままでは的にされる! なんだっていうんだ………これはッ!?』

(気づいたところで遅いわ! ガッハハ! 我が娘に怯えろ、すくむがいい!)

 

 ゴウン……ゴォオン、ドォオオオン!! ガォオオン!!

 異常な状況で警戒を強め、散開を初めてるけど無意味だわ。だって、竜が飛ぶ速度と雷の落ちる速さでは圧倒的に違うもの。

 さっきまで悠々と飛んでいた竜たちは怯え、竦み、逃げ惑い。けれど、雷に打たれて燃え尽きて死んでいく。素晴らしいわ!

 

「やめろ! これ以上はこちらの兵も怯える!」

「軟弱なのね。ツマラないわ。それに、まだ羽虫たチがわらワラと残ってイルし。

 ほラホら、早クオ逃げなサイナ! 逃サナイけどネッ!」


 容赦なく振り落とす雷が阿鼻叫喚の図を夜闇に描く。フランクの精鋭たる竜騎士がちり紙のように燃え尽きていく。

 また1騎、また1騎と。ボロ雑巾のように雷に切り裂かれて、轟音が鳴るたびに死んでいった。

 

「死ね、死ネ、シネ、シネェ! アッハハハハ! ヒャッハハハハハ!!」

(ハッッハハハハ!! これが、これがミーシャ、我が娘よ! 破滅を与えるのだ!)

 

 周辺諸国にフランクの竜騎兵ありと言われた、あの勇ましい男たちは私のこの手で蕾のように詰まれていくのよ。

 この戦場をいとも簡単に描くことの出来る私は、強い優越感でのぼせてしまいそう。今、この戦場では私が一番偉いのだから。


(己の力を誇れ! 示すのだ! 破壊によってもたらされるのは純粋なる力の格差だ! 生命としての格の違いだ!

 我が娘よ、お前はこの世界の誰よりも尊い! この世界でもっとも選ばれた存在なのだ! 愚民どもに教えてやるのだ!

 



 お前が世界を統べる魔王であることを!)


 


「ミーシャ、止めるんだ……自分の力をおもちゃにしちゃいけない。自分の品位を下げちゃダメだ」

「………私に人殺シヲサセルクセに、そのヨウナコトをおっシャルのデスね。私はチャント仕事をシテイルだけデす」

「もう十分だ。命令を聞くんだ……」


 せっかく楽しくなってきたのに、先生が水を差す。この興奮はそんなもので冷めやしないのに。

 なんでそんな悲しげな表情をするのか、私には理解できないわ。こういう時って、怒鳴りつけるものじゃないのかしら?

 もっと、もっと殺したい。この力を振るい、暴虐の限りを尽くしたい。この感情に正直になりたいだけなのに。

 

 先生は、先生はなんで私の邪魔をするの!?

 

「私ハ魔王でス、先生! だから、私はモット人間ヲ殺す使命ガアルノ! コノ気持チガ、先生ニオワカリニナラレテ!?」

「ミーシャは人間だ……力の、暴力の欲に飲まれそうになっているだけの心の弱い人間なんだ」

(耳を貸すでない、我が娘よ。お前は―――)


「コのバケモノの体デアル私ガ人間ゴトキナワケナイデショ!? 私ハ、私ハ人間に戻レルワケガナインダワ!」


 簡単に人を塵芥のように消し飛ばせる私が人間な訳がない。矮小な存在である人間な訳がない。

 この両手も、耳も、力も。私は今の今まで、人間モドキでしかないと思い続けてきた。


 でも違う、私は人間モドキじゃない。魔王なのよ! 人を恐怖に陥れるだけの存在なの! 人を支配する存在よ!


「ミーシャ、君はまごうことなき人間だよ。人間の心を持っているから、そうやって力に溺れるんだ」

「力に溺レル……私ハ」

「人間は権力を持てば腐る! 堕落する! 当たり前のことだ! 僕は政治でも戦場でも同じものを見てきた!

 でもね、その力に溺れたままじゃダメなんだよ! 本当に強い人間は、力の怖さを知ることから始まるんだ!」

「ウぅ……ケド、私ハ人間ジャ、アリマセン………」


 今、自分がやっているのは、アリを潰すことと同じ。確かに、それは無意味なことだわ。

 けれども、私が人間であるかどうかは別。圧倒的な暴力を持ち、人を殺すことに喜びを得るバケモノなのよ。

 だめだ、私はまだ人間に心残りがあるというのかしら……魔王の力をもっと知らしめてやりたい興奮も残っているわ。

 

「アカイア山荘で過ごした日々は嘘じゃない。不器用だけれど、一緒に穏やかに生きられたじゃないか。

 あの日々を思い出してくれ……僕を含めて、君を一人の女の子として受けれいてくれた人たちのことを。

 どんなに罪を犯したとしても、人間である誇りがあれば戻ってこれるんだ……ミーシャ、君は人間だ」

「偽リノ、偽リノ平穏ダッタとシテモ……?」

「決められた自由は不自由でみっともなく感じるかもしれない。でも、僕はその中で暮らしていたことが好きだよ。大好きだ」

「………私モデスヨ、先生。忘テナンカ、イマセンヨ。ダカラコソ、戻レルノカワカリマセン。


 私ハモウ、タクサン人ヲ殺シマシタから。何ノ躊躇もナク、楽シンデ殺シタンデス。後悔はしてマセン」

 

「それでも僕は、ミーシャが好きだよ。笑っている君が好きだ。普通の女の子と変わらない笑顔のミーシャが好きなんだ!

 草原を駆け回る君も好きだ、美味しいパンケーキに舌鼓を打つ君も好きだ。人を殺して笑う君も……好きだ。

 

 美しくても、可愛くても、醜くても、残酷でも。すべてを含んだ、ミーシャだから好きなんだ!」

 

 告白って言うのかしら、それは……先生は本当に、私のことが好きでいてくれるの?

 人殺しが楽しいと思える私にもそう言ってしまえるの? ああ、狂っているわ。

 

「私ダって、私だっテ好キデスヨ! 私に優シクしてクレタ人ガ好キデす、大好きでス!

 私は人間でアッタ自分が嫌いなわけジャナインですヨ! 私は、私は……人間でありたかっタ」


 優しさを否定しきれない時点で、私はなんとも愚かなバケモノなのかもしれない。

 けれど、そんな不完全な自分でも、目の前で泣きながら私を止めようとしてくれる人を、好きな気持ちは偽れなかった。

 

 私はそっと手を抑えて雷を落とすのを辞めた。

 そして、いつ落とされるかわからない雷に怯える、狂乱に満ちたリヨンの街をじっと眺めてみたわ。

 豪雷で燃え尽きた竜騎兵、約40騎。敵竜騎兵の4割は削ったと思う。相手の士気を折るには十分だって。

 死体から湧きだつ黒煙がゆっくりと暗雲へと飲み込まれていくのを、心を空っぽにして眺めた。

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