週末、少女は魔王になる

如何ニモ

プロローグ 週末、私は魔王になるの

 からりとした青空が照りつける風光明媚な港町のナドレ。

 カモメが鳴き、水面は穏やかに揺れ、海を渡るガレー船が旅立っていく。

 白い漆喰のレンガ造りの家が建ち並ぶ、避暑地としても有名なフランク共和国でも有数の観光地。


 その離れにあるアカイア山の高山帯にある山荘に私は住んでいる。木造建築を活かした、爽やかな作りの館だわ。

 昔は王国の別荘の1つだったアカイア山荘は、今では共和国の持ち物。僻地にあることから秘密の会合を行う場所でもあった。



「エミール先生、お花の輪っかをありがとう」



 緑あふれる高原に咲く、色とりどりの華を編んだ冠を首にかけてくれた。

 青いスミレや白のエーデルワイス、黄色に咲いたタンポポ。春ののどかな天気に、私は心を落ち着かせていく。

 

 エミール先生はとっても優しくて度胸がある人。

 茶色い短髪と凛々しいお顔、軍人らしく鍛えた体がとってもかっこいいのよ。


「ミーシャ、とっても似合うよ。立派なお嬢さんだ」

「ふふ、エミール先生は冗談がお上手なのね」

「冗談じゃないよ。ミーシャは僕にとって、可愛い妹みたいなものだから」


 穏やかな風が私の頬を撫でると同時に、先生も私のあみあみのピンクの長髪を撫でてくれる。

 その柔らかいお手手の感触は優しく、とても気持ちが良かったわ。

 

「この幸せがずっと続けばいいのにね」


 ぼそりと呟いた私の声に、先生は慈しみて込めて抱きしめてくれた。

 

「ミーシャ、君には幸せになる権利があるよ。ミーシャは普通の女の子なんだから」

「でも、私はバケモノだわ。みんな、私を嫌がるのよ」

「僕はミーシャのことを嫌いになったりしない。こんなに優しい子なのだから、いつか他の人も認めてくれるさ」


 山荘のみんなは最初、私に対して冷たい視線を送ってきた。それは仕方ないことだと思うの。


 だって、私は怪物の姿をしているのだから。

 

 鋭い刃の歯並びに、クマのように大きく膨らんだ手。

 虎のシマシマ尻尾、コウモリの耳に目は血染めに染まったこの体は、人間とは到底思えない姿だわ。

 僅かに残った、私の人間としての容姿が更に不気味さを増しているのだろう。

 例え人の足が生えていても、例え女の子の顔をしていても、例え胴体が年相応だとしても。それが逆に私を惨めにしていく。


 でも、最近は私のことを1人の人間として見てくれることが多くなった。

 

 それもこれも、エミール先生が私に無償の愛をくれたからなのかもしれない。

 

「先生、私。この自由を守るためなら、魔王になってもいいと思う」

「君を利用している僕が言うのはおこがましいのかもしれない。

でも、ミーシャが普通の女の子として人生を歩めるのなら、そうしたほうが良いと思う。偽善者だと笑ってくれ」

「そんなことないわ! これ以上の幸せを私は望まないもの。

 きっと、望んでしまったら、魔王である私に悲観し続けれなならないもの。そっちのほうが悲しいわ」

「ミーシャ……本当にすまない」

「先生まで悲しい顔をされると、私の心がとっても痛いの。

 だから、笑って。私が魔王になっても、先生だけは笑ってほしいの」


 全てをえぐり取るこの両手では、先生を抱きしめ返すことは出来ない。

 だから、頬をこすり合わせる。人間の温かい体温を直に感じた。

 きっと、これが優しさなのかもしれないわね。

 

「このお花畑も、この澄み切った青空も、立派なお屋敷も。

 美味しいご飯も、暖かいお風呂だって、全部全部、守りたいの。私の大事な世界なんだから」


 仕立て屋さんに作ってもらった特注の青いワンピースと白いシャツ。

 この大きく膨らんだ両手では服を着るのにも一苦労だわ。

 足元から服を着て、留め金やボタンで体に貼り付けるように着るの。

 おしゃれが出来るなんて、監獄に居た頃では考えられなかったもの。

 

「私、自由を守るためならなんだってする。魔王になっても、私は後悔しないわ」

「その自由は、自由と呼べるのか。僕には分からなくなってしまったよ」

「先生、これはなんと言おうとかけがえのない自由なのよ。

 自由は自分で得なければならないの。先生が教えてくれたことよ」


「僕は自由のために戦ってきた。王政を終わらせ、革命によって共和国を作った。

 でも、その血みどろの革命によって得られた自由は、とても業の深いものだ。

 自由・平等・博愛。その言葉を信じて戦った……」


「大丈夫、私は先生のことが大好きだもの。先生は優しくて誠実で、きっと天国に行けるわ」


 私は絶対に天国に行くことは出来ないのだろう。だって、私はこの世界に厄災を起こす魔王なのだから。



「今このときが私にとって天国だわ。だから、この小さな領土を守るの。地獄に落ちるその瞬間まで」

「ミーシャ……」



「あの仄暗い監獄から私を救い出してくれたこと、ずっと感謝しているんだから。先生、本当にありがとう。



 だから先生、私は魔王になる。どんな犠牲を払っても、人を傷つけても、殺し尽くしても。私はこの自由を愛するわ」



 先生にもらった自由を、この幸福を得る代償を払う時が来た。それがこの国と交わした契約なのだから。

 でも、私にもためらいはあるわ。だから、この先の未来が血染めに染まったとしても、私は大罪を背負って戦う。

 

 

 

 私は魔王。週末、私は魔王になるの。





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