短編
喪
afternoon tea
「20歳になったら、コーヒーが飲めると思ってた」
紅茶に砂糖を入れながら彼女が言った。
「コーヒーだけじゃなくて、ビールとか。ピーマンとか」
「ピーマン嫌いなんだ」
「苦いもん」
「さいで」
「とにかく、大人になったらなんでもできて、なんでも楽しめて、自由なんだと思ったの」
「違ったの?」
明日は彼女の、大人2歳の誕生日だ。大人1歳は楽しめなかったのだろうか。
「……19歳の時、20歳になるのが凄く怖かったの。なんとかもハタチ過ぎればただの人、って言うでしょう。本当に、こわかったの」
彼女はちょっと微笑んで見せた。先ほどの疑問をぶつけてみる。
「21歳は、楽しくなかった?」
「楽しかったわ。楽しんだもの」
紅茶に砂糖を足しながら彼女は肩をすくめる。
「子供じゃできないことをたくさんやったわ。遠くに行った。友達と夜更かしもした。働いてお金を貯めて、好きなコスメも買った」
「じゃあ」
「それって、自由だと思う?」
「うん」
「私も思った。私は自由だなって。でも違うの、そうじゃないの。私の中で大人っていうのは、自由な人のことじゃないの。年金とか、就職とか、手取り、年間休日、ローン、転職、そういう超具体的な呪いを背負った人を大人っていうの」
「呪いなの?」
「忘れると死ぬもの」
「なるほど?」
「子供だって年金のこと考えてるかもしれないけど、それは識っているだけでしょ。真剣に向き合ってるならその子はもう大人」
隣にある窓はステンドグラスになっている。その向こうから陽が差し込んで、彼女と紅茶を明るく照らした。
「私は、大人になりたかったんじゃないの……」
ステンドグラスはその模様を明るく彼女と彼女の後ろの壁に映し出した。まるで、彼女ごと壁に磔にしたように。
「私は、自由になりたかったの」
大人になった彼女はそう言って、苦々しそうに砂糖の多い紅茶を飲み干した。
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