阻む風(1)

 街道を進む相棒と俺は、もうしばらく進んだらノインやティム、フェルと別れることになってる。


 ティムとフェルは商会を起業することになってて、商業ギルドに申請するんだけど、その前に北辺府に立ち寄る予定。二人の起業は北部獣人ごうに大きな変化をもたらすと予想されるので、その報告と北辺爵の斡旋状による円滑な手続きを望んでいるのさ。

 ノインが北辺爵アムレ・エレインに伝手があるので、面会のうえで今後を協議する気らしい。


 獣人娘たちは協力を惜しまなかったリーエの同行を願ったのだけど、北辺府のある都市エレインに入るのは難しいと思ったんだ。

 なにせ獣人郷が今の暮らしを手に入れて六十ほど。それまでは魔獣と食うか食われるかのぎりぎりの生活をしていた奴らじゃん? まだ記憶を残している年寄りもいるだろうし、語り聞かされた世代が今の社会を作ってる。

 そいつらが俺を見たら何と思う? 過激な反応を示したって仕方ないと相棒は主張したのさ。俺もそう思う。だからここで別れて俺たちは獣人郷と接しないようにゼプル女王国の赤燐宮を目指すって決めたんだ。


「考えは変わらないのよ?」

「うん。ちょっと無理だと思う」

「獣人の生活は変わっているのですから、思想も変化を見せているのでは?」

 過去の痛みはそう簡単には抜けないだろ?

「思想っていうより感情の部分なの。魔獣が怖ろしいって感じるのを容易く改めるのは難しいの」

「ファーマンみたいに過激思想に至らなくとも、胸の内に残る痛みは簡単には拭えないね」

「ノインはリーエの意見に賛成なのよ?」

 勘のいいこいつのことだからな。

「僕もお別れしたいって思ってるんじゃないさ。ただ彼女の気持ちも解るだけ」


 頭の冴えを見せるこの雄の意見に二人も納得せざるを得ないだろう。


「ね? もう二度と会えないって言ってるんじゃないの。わたしだってまた会いたいし、会いに行くつもり。冒険者登録は解除しないんでしょ? だったらメッセージのやりとりはできるじゃない」

「でも、リーエにはフェルたちのお仕事の手伝いもしてほしいくらいなのよ。ティムとも話してたのよ」

「はい。商取引を間近にしていたあなたの感性はティムも頼るに足ると思っていました。ですが、あまり無理も言えませんね。友達を苦しめたくありません」

 そう言ってくれると嬉しいぜ。

「応援してるわ。それに二人を赤燐宮まで付き合わせるわけにもいかないよね?」

「いえ、一度は行ってみたい場所なんです!」

 おお! まあ、それならいつかは会えるじゃん。


 会う場所が赤燐宮になるか、また他かなんて分からない。それでも約束は永遠だろう?


「お腹の赤ちゃんには、お父さんに会わせてあげたいですし」

「それは無責任だね、キグノ。ティムがかわいそうだよ?」

 何言い出しやがるんだ!

「どういうこと、キグノ?」

 冤罪だ!


 尻尾を下げて先っちょをぴょこぴょこ振るが認めてくれない。


「あんなにティムを誘惑しておいて、こんな時だけ知らんぷりするのですか? ひどい……」

 無茶言うな! どうやって俺が人間を孕ませられるっつーんだよ!

「ちゃんと責任取ってもらわないと困るのよ!」

 お前ら、俺をどうしたい!

「はぁ……。キグノがこんな浮気者だなんて思わなかったわ」

 溜息つくな! まるで俺の嫁みたいな発言もやめろ!

「まあ、こんなもんかな」

「ええ、冗談はさておき」

 傷付いたぜ……。


 三人は手を繋ぎ合って輪を作る。見つめ合って誓いを交わす。


「また、どこかで、必ず」

「うん、絶対なのよ!」

「絶対ですよ……」

 お前が一番に泣くのかよ、ティム。

「大好き……。二人とも……」

「リーエも大事な家族なのよ……」


 最高の友達ができて良かったな、相棒。


 お前も元気にしてろよ。

「げんきなの。またけづくろいしてあげる」

 ああ、楽しみにしてる。俺もしてやる。

「それはかんがえものなの」

 そう言うなよ、カッチ。


 じゃあ、思う存分堪能しておくぜぺろぺろ。


   ◇      ◇      ◇


 良かったのか?

「ん、ノインのこと?」


 俺がじっと見つめていると、相棒は何を言いたいのか気付いたみたいだ。

 別れは妙にさらっとしてた。あいつは「気を付けて。良い出会いを」って言っただけだったさ。それでいいって思ってるようだ。

 俺にしても、あいつとはまた会えるような気がしてる。というか、思い出したように顔を見せるのがノインって雄だ。


「わたしね、決めたの。一度距離を置いてみるって。この想いは本物だって思ってるわ。でも、確かめてみる」

 そうか。

「もし、会いたくてつらくてどうしようもないって思ったら会いに行く。彼ならメッセージには応えてくれるはず。その時はこの想いを全てぶつける。ノインが困るかもなんて関係ない。それで駄目だったらきっぱりと諦められるから」

 分かった。俺は傍で見てるよ。


 何があろうと、誰かにお前を託すまでは俺は傍にいる。全力を以ってしてお前を守る。それが親父さんへの誓いであり、俺の望みだからな。


 何の心配も要らないぜ、相棒ぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

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