大切なもの(6)

 時間を取られ過ぎない依頼をこなしつつソルトリの街まで移動する。この時期ともなると、人口の多い都市じゃ浮かれた空気が漂うのはどこも同じじゃん。


 四人と二匹と三羽の皆でお祭りを楽しみながら過ごしてる。出てる露店の数がいつもと違うから、街全体を包む匂いが比べものにならない。そりゃ誘惑は多いよな。

 そんな雰囲気を味わいながらが変わる深更を待ってる。


「そろそろですね?」

「もう来るのよ」

「どきどきしてきちゃった」

 まだ教会の鐘は鳴ってないぜ?

「ここは人が多過ぎるから開けた所で待っていようか?」

「そうですね。どこからでも見えるはずですもの」


 雑踏から離れて、少し薄暗いが皆で集まっていられる一角に陣取る。わくわくとした空気の中、待っているとホルツレインでは主流のルミエール教会の鐘が鳴り響き始めた。

 それと同時に夜空に光の饗宴が映し出される。雇われた光系の魔法士が工夫を凝らした光輝ブリリアントを舞い踊らせてるんだ。ここが晴れ舞台と言わんばかりに、様々な色の光球が夜空を彩ってる。最高の雰囲気じゃん。


「ティム! フェル! こっちこっち」

 ほら、もっと綺麗なもんがあるぜ。心がこもった、な。

「何なに?」

「何でしょう? え?」


 俺の背中の上でカッチが腕輪を二つ差し出している。ノインが目を盗んでそっと渡したものだ。

 しっかりと磨かれた銀は夜空の光球を映し出し、多色の輝きを宿してる。こりゃ見事な演出だな。


「カッチから大切な二人に贈り物よ」

「素敵だろう?」

「あ……、ほんと?」

「ええ、こんなに素敵な……」


 フェルは両手で持って目の前で見入るようにしてる。ティムはそっと抱いて目を瞑る。二人の瞳から涙があふれだした。


「いつも優しくしてくれる友達にって」

「魔石にしたのは君たちの将来のためだろうね。二人が行商を始めれば、時には魔法具を起動させる魔力が足りなくなることもあるだろう。溜めておければ便利だもんね」

「カッチ!」


 背中が軽くなった。あいつはもう二人の腕の中だからな。あとはもう通訳だけしてればいい。


「あなたが大切なのはティムのほう! 夢のためなら身体がつらくたって、命の危険にだって耐えられる! でも、本当につらくても頑張れるのはあなたが癒してくれるから! 森で仲間と暮らすほうが気儘なはずなのに、ティムと一緒に居てくれる友達のお陰なんです!」

「カッチ! カッチ! フェルは君が大好きなのよ! これくらいで良いかなって思うことがあっても、大切な友達と美味しいものを食べたいって思うと頑張れちゃうのよ! ずっと一緒なのよ!」


 間に挟んだカッチに二人は頬ずりしてる。さも愛しげに、大切なものを慈しむように頬をこすりつける。

 カッチは涙に濡れる頬を舐めるのに忙しい。嬉しくてしょうがないんだろう? 頑張った贈り物がこんなに喜ばれたんだからな。


 かけがえのない友達同士で見上げるピカピカの夜空と腕輪は一生の宝物だろう。


   ◇      ◇      ◇


 ティムたちの時間にしてあげようと少し離れた所に移動した。


 ラウディと二羽は飽きずに瞬く夜空を眺めてる。こいつらは目がいいから、俺よりもっと綺麗に見えているんだろうな。


 二人の様子に満足した相棒は、光の饗宴に照らされる二人と一匹を眺めながら頷くと、傍らの木箱に腰を下ろした。その足元に寝そべる。俺も満足だぜ。


「十八歳、おめでとう」

 気が利くな、ノイン。

「へ?」

「せっかくめでたい夜なんだから、君にも贈り物」

 気障な言い回しだが、要するに平等にってことだろ?


 横に腰掛けて右手を取ると中指に指輪を通す。唖然としたままの相棒の指には、暗い路地に燐光を放つ指輪が填められた。


「これ……」

「そんなに高価なものじゃないから気にしなくていいよ。燐珠りんじゅの貝殻を加工したものだからね。ただ、着けておくと良いかな。土台のミスリルリングに魔力経路を開いておいたら固定されて、魔法の威力が増すからさ」

 そんなのはこじ付けだろ?

「君は指導者についていないから、こんなコツを知らないんだよね?」

「それはそうだけど、綺麗……」

「もちろん君に似合うだろうと思ってたんだ。やっぱり素敵だね。紫の燐光は君の薄紫の髪と同じ。絵になるよ」

 確かに似合うな。

「ありがとう。大切にするね」

「嬉しいね」


 リーエはノインに身体を預ける。瞳が光を反射するのは潤んでいる所為なんだろう。感動してるんだな。

 憎らしい演出だが感謝するぜ。相棒には人の情が必要だ。


   ◇      ◇      ◇


「本当はこんな感情を持ったらいけないんだよね」


 翌朝、ラウディたちに干し肉を与えながら相棒は俺に話し掛ける。


「ノインはきっとどこかの貴い血の家の方。いずれは家に帰らないといけないんだと思うの。親しくしていただいているからってこんな想いを抱いたら駄目。もし口にしてしまったら困らせてしまうわ」

 得体が知れないところはあるな。

「でも、この想い、大切にしたい。わたしの中にも芽生えた感情なんだから」

 捨てることはないぜ。もっと自信を持て。


 俺への感情とは違うものだと言わんばかりに膝をついて額を合わせながら告白すると鼻にキスをする。

 解ってる。嬉しい時も悲しい時も俺だけは傍にいる。だから精一杯生きてみろ。


 今朝のリーエは甘酸っぱいぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る